第8話 拗ねた琴乃さん

 不死宮さんの素直さに、病室を脱出することはできなかった。

 非常口を先回りした看護師シイナに捕まって、不死宮さんは病室へと戻され、俺は妹尾さんに担がれて病室へと連行されてしまった。


 朝日が眩しくて目を覚ますという、理想的で優雅な起床はあるわけもなく、左腕にピリッとした痛みを感じて目を覚ました。

 少し目眩がする中で、目を開ける。まず見えてきたのは、大きな体で、次に極太の腕だった。

 その腕の隣には台車があり、その上には赤い容器が三つほど置かれているのが見えた。


「あ、起こしちゃったね」

「へ? 妹尾さん? な、何やってるんですか」

「ちょっと動かないでね、ずれると痛いよ」


 左腕には採血用の針が刺さっていた。


 そうか! この目眩は俺が寝ている間に採血してたからか……って貧血起こすだろ! 殺す気か!


 そして俺の血を採っていたのは、昨日の夜に俺をここまで担いで来た妹尾さんだ。

 4本目、5本目、と、俺の血液量を無視して採血は進められていく。


「ちょっと妹尾さん、干からびます……」

「大丈夫だよ、君は特別だから」

「誤魔化してないですか? 本気で干からびますよ! ちょっと頭がくらくらしてきてますし……」


 貧血で倒れるというより、採血されすぎて死にそう。

 やがて採血は終わり、結局、手のひらサイズの採血管を7本分も採られてしまった。

 お陰で左腕はビリビリと痺れ、気持ち頭が働かないような。ベッドから動きたくないし、喉乾いているけど、ジュースを買いに行く気力も湧かない。


 俺が呆然と天井を眺めていると、病室の扉がガラガラと開く音がした。妹尾さんが帰ったのかと扉に顔を向ける。

 眉間に皺を寄せた看護師シイナが、険しい表情でツカツカと歩いて来ていた。俺が横になるベッドに来るなり、腰に手を当てて冷たく見下ろしてくる。


「お嬢様を何とかしなさい。あなたでなければ、お嬢様が顔を出されない。朝食もお召しになられていないし、このままではお嬢様が餓死してしまわれる」


 険しい表情が一変し、看護師シイナは心配そうな顔で胸に手を当てた。

 俺は俺でよくわからなくて、というか、不死宮さんが顔を出さないってどういう状況なのか? 全く想像できないんだけど。


「えっと俺、何をすれば、とりあえず不死宮さんのとこに行った方がいいですかね」

「そうですね、本当はお嬢様の寝室に人間の男を招くのは不本意なのですが、案内します」


 この人、俺に厳しいよな。不死宮さんの寝顔を撮ったことまだ根に持ってるみたいだし、まぁ、盗撮というか勝手に撮ったのは俺が悪いけど、でもそのあとスマホの画面割られてるからね。

 そう言えば、不死宮さんに直してもらったよな。手品の一点張りだったから、あれ以上は何も訊けなかった。やっぱり、吸血鬼だから特殊能力でもあるのかな。


 俺は看護師シイナに案内され、6階の角にある病室にやって来た。扉の隣には、不死宮琴乃と書かれた札が掛けられていた。

 看護師シイナが扉を開けて中に入る。俺も後に続いて入る。病室は俺が使っているのと変わりはなく、ベッドも同じだった。

 ところで不死宮さんが見当たらない。

 そう思っていたら、看護師シイナはベッドへと近づいて行き、少し膨らんだ布団に向かって優しく声をかける。


「お嬢様、来てくれましたよ」


 看護師シイナの声に反応して、もごもごと動く布団。あの中に不死宮さんがいる。不死宮さん何やってるの……。

 俺は看護師シイナの隣に立って、同じく声をかけてみる。


「不死宮さん? どうしたの?」

「……光里……?」


 不死宮さんは布団を少し下げて、ひょっこりと顔を出した。

 どこか拗ねているような目付きで見つめてくる。

 あまり見つめられると、照れてしまうじゃないか。


「あの、朝食食べてないって聞いたけど、お腹すくよ」


 俺はあり得ないくらい採血されたから、お腹どころか血が空いているが。

 なんてことを考えていると、不死宮さんはボソリと言う。


「食欲がないわ」

「でも食べないと……本当にどうしたの不死宮さん? 昨日、脱走しようって言ってたのに」

「無理よ、そんなこと、私には無理だったの」

「無理って、確かに非常口の鍵を堂々と借りちゃったらダメだけど、こっそりやれば何とか」


 と、そこまで言って俺は隣から威圧的な視線を感じ、額に冷汗を掻いた。

 俺も俺で、堂々と脱走の計画を立てようとしてどうするよ。


「光里には迷惑をかけたわ。もうすぐ退院でしょ」

「えっ⁉ そうなのっ! 何も聞いてないんだけど……」

「血、いっぱい摂られたでしょ、そろそろ退院よ。だからもう、光里とも会えないわ」

「不死宮さん……」


 不死宮さんとは数回しか話したことも会ったこともないけど、今日の不死宮さんはやっぱり拗ねている。


「お休みなさい」


 不死宮さんは再び布団をかぶってしまって、それから何度か声をかけたけれど、ぴくりとも反応しなくなった。

 何があったのか訊けずじまいで、俺は、不死宮さんに嫌われてしまったのか。なんて嫌なことを考えてしまった。


 


 

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