第5話 吸血鬼

 初めてかもしれない。

 自分が食われる立場になったのは。


 艶やかな白髪の不死宮さんに、あろうことか寝込みを襲われ、首筋を舐められたかと思ったら、いきなりそこを嚙み千切られるという暴行を加えられてしまった。それにもかかわらず、彼女は少し不服そうに眉を潜めて「不味いわ」と言ったのだ。


 もう俺の口が塞がることはないかもしれない。


「光里は、吸血鬼って知ってる?」

「え、どういうこと……あれだよね、血を吸って、十字架とかニンニクとか太陽の光に弱いとか、何かと弱点のあるやつ」

「多過ぎよ。十字架見ても怖くないし、ニンニクは臭いがちょっと好きじゃないけど……陽は好きよ。よく日光浴してるもの」


 彼女の口振りは、まるで自分が吸血鬼だと言っているようなものだった。

 というか、血を舐められたところで薄々そんな気がしていたのだけど……もしくはカニバリズム系の人かと。


「不死宮さんは吸血鬼ってこと?」

「そうよ。本物よ」


 どこか偉そうに不死宮さんはにやりと微笑んで、胸を張る。


「本物と言われても……」


 俺の知る吸血鬼はもっとこう、牙が生えていて、黒いマントを翻しながら、青白い顔で迫ってくるイメージがあるというか。

 でも、俺の下半身に跨る吸血鬼こと不死宮さんは、何というか可愛らしい。にやっと微笑んだ口元から鋭い牙が覗いているけど、怖いとは思わない。


「本物の吸血鬼を見た感想は?」

「えぇ、感想って言われても」

「ないの? 本物よ、嘘じゃないわよ、御伽噺とかではないのよ」


 不死宮さんの顔が徐々に迫ってくる。


 美しく輝く紫色の瞳に、間近でじっと見つめられ、俺は目のやり場に困った。

 これは、何か言わないとどけてくれないかも。


「なんか……思ってた吸血鬼と違うなって」

「あんなのは偽物よ、私たちとは程遠いわ。吸血鬼なんかじゃなく、化け物よ」


 不死宮さんは不満そうにそう言った。


「あんな青白くないわ。それに、棺の中で寝たりしないもの」

「そうだよね……」


 って待てよ、不死宮さんが本物の吸血鬼だとしたら、あの看護師もそうなのだろうか。人とは思えないほど怖かったし。あっちの方が正真正銘の吸血鬼だったりして。


「不死宮さんの他にも、吸血鬼っているの?」

「いるわ」

「どれくらい?」

「たくさん」

「あの赤い髪の看護師も?」

「シイナのこと?」


 俺が頷くと、不死宮さんは迷うことなく「そうよ」と言った。


「私のことをお嬢様って呼ぶ者は全員吸血鬼よ」

「え、それって……」


 確か妹尾さんもお嬢様って言ってたよな……。


「献血の協力ってそういことだよね」

「もちろん。いきなり齧りついたらビックリしちゃうでしょ」

「いやあの、俺いきなり噛みつかれたんですけど……」


 今もなお首筋が痛いのは、不死宮さんが噛みついたからだ。


 当の本人は、少し悪いと思っているのか、申し訳なさそうに口を開く。


「そ、それは、確かめたかったのよ。光里の血の味を」

「血の味って鉄みたいな感じじゃないの?」

「人それぞれ違うわよ。甘い人もいれば、辛い人も、苦い人もいる。光里のは、とにかく不味かったわ」


 俺の血の味でも思い出したのか、不死宮さんは苦い顔をした。


 俺だけ不味いって、抽象的過ぎるんですけど。


「でも、不思議よ」


 そう言って不死宮さんはベッドから降りて立ち上がると、その場で真っ白な病衣を靡かせるようにくるりと華麗に回った。


 そんな彼女の表情はとても嬉しそうで、笑みが零れて仕方がないといった感じだった。


「自分の力で立ってるのよ。光里の血を飲んでからずっと」


 俺の血ってそんな効果あったっけ? と首を傾げたくなるが、不死宮さんの嬉しそうな顔を見ては、そうなのだろうと納得してしまう。


 と、そこで、不死宮さんは突然回るのを止めて、病室の扉へ耳を澄ませ始める。


「どうしたの?」

「しーっ」


 不死宮さんに人差し指で静かにと頼まれて、俺はぐっと口を噤んだ。

 真剣な顔をしている。さっきまで笑っていたのに、どうしたんだろう。


「この足音……」


 しばらく耳を澄ませていた不死宮さんは、何かを感じ取ったのか、小走りで近づいてくると、俺のベッドに潜り込んできた。


「ちょっ、不死宮さん⁉」


 二人用のベッドではないので、不死宮さんの体が密着してきて……柔らかいものが当たってる……。


「光里、しばらく隠れさせて」

「え、ちょ……」


 不死宮さんは俺の右足を抱いて布団の中に体を埋めた。

 ちょうどその時、ガラガラと病室の扉が開いた。


 月明かりだけが照らす薄暗い病室内でも、美しく輝く赤髪を靡かせて、


「お嬢様がこちらに来られたような気がしたのですが」


 そう言いながら、看護師シイナが入って来た。

 


 


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