第6話 嘘

「お嬢様の匂いが微かにするのですが、そこの不審者、お嬢様がここに来なかったか?」

「だれが不審者ですか……」


 布団の中で不死宮さんは口元に人差し指を当てて、しーっ、と言ってきた。


「き、来てないですね」


 バレないか内心バクバクだが、俺は頑張って平静を装った。

 看護師シイナは少し目を細め、疑いの視線を向けてきた。


「お嬢様の匂いがするのは気のせいでしょうか。嘘は吐いていないですよね。もしあなたの嘘でお嬢様が傷ついたら、問答無用で殺しますよ」

「お、脅しですか」

「脅しではありません。事実です」

「なるほど……」


 本当のこと言おうかな。

 と、そんなことを思った。けど、ふと布団の中を見てみると、不死宮さんが言わないでっ、と小刻みに首を振っていて、ただひたすら可愛くて仕方がなかった。


「今なら、本当のことを言えば許してあげます。お嬢様はここへ来ましたか?」

「……来ました」


 俺がそう言った時、不死宮さんは俺の足をパタパタと叩いてきた。口元をムッとさせていて、とても不機嫌そうだ。


 ただ勘違いしてほしくないのが、これから俺は本当のことに嘘を塗り重ねるということ。


「正直でよろしい。お嬢様はどこへ?」

「すぐに出て行って、どこにいるかはわかりません」

「そうですか。全く……お嬢様はやんちゃなんですから」


 看護師シイナは額に手を当てて、やれやれと肩を竦めた。


「もしまたお嬢様が戻って来られたら、すぐにそこのナースコールを鳴らしなさい」

「あ、はい」


 ここにいるんだけど……。


 それから看護師シイナは病室を出て行った。


「もう! びっくりしたわ!」


 バサッと勢いよく布団を持ち上げて出てきたのは、真っ白な髪の毛をした吸血鬼こと不死宮さん。

 不死宮さんはぷっくりと頬を膨らませて、ちょっぴり怒っているようだった。


「どうしてあの人にバレたらダメなの?」

「だって、連れ戻されちゃうもの。せっかく歩けるようになったのよ、またあそこに戻るのは嫌。私は外に出てみたいの」

「言えば出してもらえるんじゃ」

「パパが許してくれないわ……だから、光里にお願いがあるの」


 そう言って不死宮さんは俺の左手をそっと掴んで、少し強めにぎゅっと握ってきた。

 もちもちした触感に包まれて、俺は顔が熱くなるのを感じた。それに心臓がバクバク鳴っているのがよく聞える。


 そんな俺を他所に、不死宮さんは口を開く。


「私を外に連れ出してほしいの」


 と、月明かりに照らされて、不死宮さんは俺の手をクイクイと引っ張る。


「今から?」

「そうよ。早くしないとシイナに見つかっちゃうわ」

「深夜だよ。さすがに危ないような……」


 万一に怪我でもさせたら、俺は確実に殺される。もしかしたら殺されるどころでは済まされないかもしれない。


 どうにかしてお父さんに許しを貰ってからの方がいいような気がする。じゃないと俺の身が危なすぎる。


 けれど不死宮さんが俺の想いなど知る由もなく、ベッドから降りて立ち上がった彼女は、こっち、と言わんばかりに手招きして、


「シイナが来る前に行きましょう」


 無邪気に笑うのだ。


 仕方ない。

 どうせ殺されるのなら、不死宮さんとデートしてからだな。


 俺は棚に置いてあった鞄から財布を取ってポケットにしまい、不死宮さんと共にこっそりと病室を後にした。



 

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