第3話 修復

 まさかこの病院の娘さんだったとは……。

 

 でも何でこんな時間に病院なんかいるんだろう。俺と同じで入院してるとか?


 そんなことを考えていると、いつの間にか手にあったはずのスマホがなくなっていて、気がつけば看護師シイナの手元にあった。


 何勝手に人のスマホを取ってんだよっ。


 もしかして消去するつもりか、学校の奴らに自慢しようとしてたのに。


 だが、看護師シイナは、ナース服のポケットからスマホを取り出すと、俺のスマホと何やら連動させて……。


「お嬢様を盗撮した写真は消させてもらいました」


 と、スマホを投げてきた。


「お、おいっ」


 放物線を描いて飛んでくるスマホを、バスケ部の俺は余裕でキャッチ、できなかった。

 ボールとは違って細くて小さいから、気づいた時には足元に落下していた。


 慌ててスマホを拾い、壊れていないか確認する。

 まず、画面に少しひびが入っていた。

 このやろう……。

 目立った外傷はそのくらいで、電源はオンオフでき、画面動作も問題はなかった。

 液晶のひび割れで済んでよかったぁ、と安堵するも、そもそもスマホを投げるなと言いたい。


 看護師シイナは、スマホ画面を見てうっとり顔を綻ばせている。


 そんな彼女に不死宮さんは言う。


「シイナも消さないとダメよ」

「何をおっしゃいますか、私は何も」

「寝顔の写真、消す前にスマホから送ったでしょ」

「違います。写真を消す方法を検索していただけです」


 明らかな嘘だ。

 それは不死宮さんもわかっているようで、看護師シイナに手を伸ばす。


「貸して」


 不死宮さんにめっぽう弱いのか、看護師シイナは渋々とスマホを彼女に手渡した。


「やっぱりあるわ私の寝顔」


 そう言って、恐らく写真を消しているのだろう。スマホを返された看護師シイナは、とても残念そうにしていた。


 スマホ画面の天罰が早速落ちるとは……。


「あなたも貸して」

「え、俺? さっき消されてるよ」


 ちなみに写真を消しても、数日間は保管されているのだが、丁寧なことに、その写真までも完全に消去されてしまっている。


 その上投げられ落下し、画面にひび割れが入った。

 これ以上俺のスマホに何をしようというのか。

 

 けれど、警戒する俺を他所に、不死宮さんは言う。


「写真じゃなくてスマホの画面、ひび入ってるでしょ、直してあげるわ」

「直せるの? どうやって」

「お嬢様、それはなりません。あの不審者はただの人間ですよ」


 まだ言うか。ってかただの人間ってどういうことだよっ。


 ものすごく失礼なことをハキハキしゃべる看護師シイナ。俺のことなど全く気にした様子はない。


「でも、シイナがスマホを投げたりするから」


 看護師シイナは何も言えず、ただ黙って頷くばかり。


「変なことしないから、スマホ貸して」


 ひび割れた画面を直せるというのだから、渡してもいいけど、さらに画面を割って、買い替える理由ができたねってサイコじみたことを言わないか少々心配。


 まぁ、とりあえず渡してみるのだが。


 俺は不死宮さんにスマホを手渡した。それを受け取るなり、彼女は小さな手のひらで画面を隠す。


 手品でもしそうな雰囲気で、


「んっ!」


 と、念力でも込めるのかという声を上げた後、ゆっくり手を開くと、画面に入っていたひびが直っていた。


「うそっ⁉」

「手品よ、凄いでしょ」

「どうやって?」

「手品よ」

「いや、え? 手品なわけないよね」


 手品だったら種があるはずだし、こんな綺麗に直るはずがない。俺は返されたスマホを満遍なく見たが、手品とは思えないほど、完璧に、というか新品同様に直っていた。


「本当にどうやったの?」

「だから手品よ。こういうの得意なの。それより、献血やってるから、協力してくれると嬉しいわ」


 誤魔化されてる……。

 

 不死宮さんはんんん~と背伸びした。


「いっぱい日を浴びたし、また眠くなってきたわ」


 俺の驚きを返してくれ、と思うほどの気持ちよさそうな欠伸をする不死宮さん。それから彼女は、看護師シイナに抱きかかえられて、ベンチ横の車椅子に乗せられる。


 足が不自由なのか……だから座り直すときちょっとぎこちなかったのか。


「光里、またね」


 明るい笑顔で軽く手を振る不死宮さんの後ろで、看護師シイナは俺のことを睨んでいた。

 突然名前で呼ばれてドキリとしてしまい数秒遅れて、俺も軽く手を振り返す。睨んでくるあの看護師は何とか視界に入れないように。



 それから病室に戻って直してもらったスマホを眺めていると、朗らかな笑みを浮かべた妹尾さんがやって来た。


「献血はどうかな? 協力してくれると助かるんだけど」

「あ、それ屋上で不死宮さんに言われました。協力してくれると嬉しいって」

「お嬢様に会ったんだね」


 妹尾さんはちょっぴり驚いて、細い目を見開いた。


 不死宮さんの頼みだし、痛そうだけど協力した方がいいよな。


 そして俺は、妹尾さんの不器用ぶりに悶絶することになった。お陰で針を刺した腕が青白くなって、ジンジンとひたすら痛かった。




 

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