第2話 不死宮琴乃
肩を叩かれ振り向くと、鬼の形相をした看護師が立っていた。
真っ赤な髪色で、肩まであるであろう髪の毛が逆立っている。
マジで怖い。
怖すぎて足が震えてしまい、おまけに声が出ない。
一体全体俺が何をしたというのか。
すると看護師が牙を剥き出しに、俺へ残酷な選択肢を告げる。
「四肢切断、皮削ぎ、どちらがいい? 3秒以内に答えなさい」
「ひっ」
なんでこんなに怒ってんの!
何だろう、不思議なことにこの看護師ならやりかねないと思ってしまう。
「俺が、何したって言うんです!」
声を振り絞って必死に抵抗する。
「何をした? ぶち殺すしますよ。可愛い可愛いお嬢様、愛おしくてたまらないお嬢様の寝顔を盗撮しておいて何を言いますか」
「そ、それは……」
ほんの出来心なんです、なんて火に油を注ぐようなことは言えるはずもない。
写真を撮っただけなのに……。まさかこんなことになると誰が予想できる?
ってかめっちゃキレてんじゃん。それにお嬢様ってどういうことだ? ここ病院だよね?
看護師から滲み出る殺意に圧されていると、後ろでゴソゴソと物音がし、その途端に看護師は穏やかな表情へ一変した。
何がどうなっているんだと、後ろを振り返る。
するとそこには、ベンチですやすやと眠っていたはず女の子が目を覚ましていた。瞼を擦りながら上半身を起こしたかと思うと、ぎこちない動作でベンチに座り直した。
そんな女の子に、素早く駆け寄る看護師。その動きが早すぎて、一瞬俺の横を風が吹いたのかと思った。
「おはよう、シイナ。日向ぼっこしてたら寝ていたわ」
「おはようございますお嬢様。それより、早くお逃げください。不審者です」
「ん? 不審者? どういうこと?」
女の子は首を傾げてよくわからないと言った顔を、シイナという看護師に向けた。
不審者とは十中八九俺のことだろう。現にあの看護師に睨まれている。
シイナの視線を辿ったのか、女の子が俺に気がつき、少し首を傾げた。
陽の光に照らされているからか、女の子の瞳は紫色の、まるで宝石のような輝きを放っていて、綺麗だった。
俺は珍しく緊張してしまい、何も言えずにいると、女の子が口を開く。
「もしかして不審者?」
無垢な瞳に見つめられ、俺はこの子の寝顔を撮ったのかと、罪悪感が湧いてきた。
違うとも言い切れず、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「う〜ん? シイナどういう状況なの? 全くわからないわ」
俺が何も言わない(言えない)から、女の子は隣のシイナに助けを求める。
「あの男はお嬢様の寝顔をにやにやと笑いながら盗撮したのです。変態です。不審者です。今すぐ殺しましょう」
もの凄い盛られてるんですけど……。確かに寝顔は撮った、でも、にやにやなんてしていない。ここはキッパリと否定しなければ。
「俺はにやにやなんてそんなこと──」
「本当なの?」
「え……」
否定しようとした俺の声を遮ったのは女の子だった。
「私の寝顔、撮ったの?」
だからそんな純粋な目で見つめないでくれ。否定しようにもできないじゃないか。
「にやにやは、してないけど、その、撮ったのは撮ったかな」
「どうして?」
「いや、それは、何となく……」
天使のように可愛かったから、なんて本人の前で言うほど羞恥心は捨てていないので、俺は適当に誤魔化した。
「こんなやつとお話ししてはダメですよお嬢様」
「シイナは気にしすぎよ。私、寝顔撮られても平気よ」
「ですがお嬢様……」
「それよりっ」
心配そうな顔をする看護師をよそに、女の子がキラキラした目でこちらを向いた。
「私の名前、不死宮琴乃っていうの。あなたは?」
「俺は、古瀬光里」
ふじみや……? この病院と同じ名前だな。それにお嬢様って呼ばれてるし……。いやまさか。
「この病院と同じ名前だね」
と、軽い気持ちで言ったのだが、不死宮は「私のパパが経営してる病院だから一緒よ」と平然に驚くべきことを言ってきた。
まじか。
俺この病院の娘さんの寝顔を盗撮したのか。
苦笑いを浮かべる俺の額からは大粒の汗が滲み出ていた。
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