親子2

「じゃあ投げるぞ。ほいっ」


「ほいっ」と言いながら投げるなんて、休日に子供と遊ぶパパみたいだ。

 男の緩やかな投球は僕のもとまで届かず、ワンバウンドしてから僕のグローブに収まった。


「ごめんごめん。もうちょい強く投げれば良かったな」


 数十分前まで「世界線の移動」やら「世界のコピー」やら難しい話を語っていた天才科学者が見る影もない。

 しんと静まり返ったロータリーに、パンッというグローブにボールが収まる音が響き渡る。普段なら怒られそうなこんな状況に、ここが異世界だという恐怖を凌駕する背徳感が僕の体を伝った。


「……なんでキャッチボールなんですかー?」


 僕は20mほど離れている男に聞こえるように、少し大きめの声で語尾を伸ばしながらそう質問した。


「息子が大きくなったら…… 一緒にキャッチボールをするのが夢だったんだ」


 男の表情までは鮮明に読み取ることはできないが、その声色で大体の心情は伝わってきた。


「なんか……ごめんなさい」


「いいんだ。時々こうやって、君みたいにこの世界に迷い込んできた子供とキャッチボールできるからね」


 その発言で僕は1つ疑問が生まれた。


「君みたいにって……僕以外にもこの世界に迷い込んでしまった人がいたんですか?」


 僕はボールを投げる手を止めて、男の目を見た。


「ああ。私がこの役割についてから、君で10人目くらいかな」


 僕は10人という数字が引っかかった。もし本当に異世界に行けるということが僕の世界で広まったなら、もっと沢山の人が来るだろうし、午前0時に偶然あの儀式をしてしまい、偶然迷い込んだにしては人数が多すぎる。そこまで考えて僕はあることを思い出した。


「あのスレッドか……!」


「へえ、スレが立っているのか。どうりで迷い込む子供が多いわけだ」


 男はその言葉とは裏腹に、やれやれと言った表情ではなく、どちらかと言うと「してやったり」というような表情を浮かべていた。


「じゃああのスレは体験談だったのか……」


「いや、体験談じゃあない。元の世界に帰ったら、この世界で過ごした6時間の記憶は消去される」


「え、じゃあなんで……」


 なんであんなスレが立っているのか。戻るときに記憶が消されるのなら、この世界の情報が広まる手段はないはずなのに。

 男がグローブを頭の上で振って、ボールを催促する動作をしたので、とりあえずボールを投げた。


「まあ、あのスレを立てたのは私ってことさ」


 男はボールをキャッチすると、不敵な笑みを浮かべてそう言った。


「え!? じゃあ、敢えてこの世界に僕らを呼び寄せてるってことですか? それならスレなんかじゃなくて、もっとちゃんと発信すればいいのに……。あんなの子供くらいしか信じないでしょ」


 なに僕は悪行の共犯者になるようなアドバイスをしているんだ。


「だからいいんだよ」


 僕は意味が分からなかった。


「あなたの目的は一体……」


 男はスッと真剣な表情になり、手に握ってるボールを見つめた。そして落ち着いた声で言った。


「息子に会いたいんだ」


 その言葉を聞いて、全てが繋がった。わざわざスレを立てたことも、敢えて子供しか信じないような “スレ” という手段を選んだことも。


「息子さんは……ちょうど僕ぐらいの年齢なんですか……?」


「ああ……」


 その後僕らはキャッチボール続けた。

 その間に僕は男がいた世界の話を沢山聞き、僕の世界のことも沢山話した。

 ああ、それと、男に今までのワン〇ースの内容を話してあげた。どうやらこの世界は誰かが迷い込んだ時点で更新されて、その人が直前まで過ごしていた世界のコピーになるらしい。

 つまり今回で言えば、僕が来たおかげでジャンプが更新されて、コンビニのアイスも新発売がショーケースの中に並んだいうわけだ。

 なので男の中のワン〇ースは半年前で止まっていたらしかったので、そこから最新号までのあらすじを話してあげた。


 キャッチボールの後はコンビニに行って夜食をつまみ、車が走っていない道路に寝転んだり、線路を歩いたりして暇を潰した。そしてあっという間に時刻は午前5時30分を過ぎた。


「あと、30分でこの世界ともお別れかぁ。誰もいない渋谷とか行ってみたかったんだけどなー」


 ロータリーのバス停に戻ってきて、バス停の待合椅子に腰を掛けている僕と男。


「あまり違う世界に長くいるもんじゃない。それは世の理を反するからな」


 この男が言っても説得力は皆無だが、帰れるのであれば帰りたいというのも本音だ。


「ところでおじさんの名前聞いてなかった。僕はみなと。芦間湊。おじさんは?」


「私は田中 凌介りょうすけだ」


 田中さんか……。ん? 田中……? 僕と同じくらいの年齢の息子がいる……? いやいや、まさかそれはないだろ。


「ちなみに……息子さんのお名前は……」


「息子は奏羽そうわだ。田中奏羽」


 そのまさかであった。


「え……僕、田中奏羽の友達です……」


 僕がそう言うと、田中さんが片手でポーンポーンと宙に浮かせていたボールが、手からこぼれ落ちて地面にバウンドした。


「……それ、ほんとかい!?」

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