親子

 僕は飄々としたその天才が放ったという言葉に、思わず唾を飲み込んだ。


「何を……したんですか?」


「そんな殺人鬼を見るような目で私を見るんじゃない。別に誰かの命を奪ったわけでも、超強力な殺人兵器を作ったわけでもない」


 男は僕の緊張感のある眼差しをひらりと受け流し、コンビニの外に設置されているゴミ箱の方へと向かった。

 僕たち2人しかいないこんな世界でもちゃんとゴミ箱にアイスのゴミを捨てるところから、この男が決して悪い人じゃないということが分かる。


「じゃあ、一体何を……」


「……私がこのパラレルワールドのシステムを作った目的は、あくまで核実験や災害演習などの大規模な実験場が欲しいという政府からの要望のためだ。つまり、を作ることが私の使命だったわけだ。しかし私も科学者の端くれ。研究意欲を抑えることはできなかった」


「……といいますと?」


「私は世界のコピーを作るシステムを開発した後、研究を続けて、世界線を移動するシステムまでも作り上げてしまったのさ」


 男は目線を宙に向け、星のない暗闇を仰いだ。


「……え? それで追放されたんですか? でも、そのコピーした世界に移動するためには、世界線を移動するシステムが必要になるじゃないですか」


「ああ、説明が悪かった。コピーした世界は、正しくは別の世界線では無いんだ。私がもといた世界をAとすると、A'といったところか。だからコピーさえできれば移動は簡単なんだ。で、私がその後作ったのが、AからBに移動するシステム。私がいた世界から、君たちの世界のような文明も歴史も全く異なる世界に移動するようなシステムだ」


 その説明で、何となくだが世界線を移動することのヤバさがわかった。歴史も文明も異なるのだから、違う世界の人間が少し干渉するだけでも、多大な影響がもたらされるのだ。


「まあでも、開発しただけだったら無期懲役程度で済んだんだ」


 男がいた世界にも無期懲役はあるのか。


「私は、そのシステムを使ってしまったんだ」


 男はハハハッと笑い飛ばしたが、その目の奥に光はなかった。


「その時に、当時7歳だった息子を巻き込んでしまい、あの子を……違う世界線に置き去りにしてしまった」


「えっ……」


 淡々と話すその口調から、この男はもう諦めたんだなと思った。きっと、やれる手は全て尽くして、何度も嘆き、悲しみ、沢山の人から罵倒されて、全てを受け入れたのだ。


「……とまあ、私のつまらない身の上話は置いといて、君が元の世界に帰る方法を教えようじゃないか」


「っ……! はいっ!」


 僕たちはコンビニの駐車場を後にして、事の発端である××駅のロータリーへと向かった。


「さて、君が元の世界に帰る方法だが……、それは至ってシンプルだ。今から約5時間後の午前6時、あの時計の真下で、こちらの世界に来た時と全く同じ動作を行えばいいだけだ」


「午前6時ぴったりにお辞儀するだけってことですか?」


 僕はロータリーのバス停から時計を指さしている男に向かって、そんな簡単な方法でいいんですか? とでも言わんばかりの視線を送った。


「なんだ疑ってるのか? その方法でこっちに来れたんだから、何もおかしいことはないだろ。この世界の管理人であるこの私が言うんだから間違いない」


 男はそう言ってわざとらしく胸を張ってみせた。


「……あなたって、この世界の管理人だったんですね」


「あれ? 言ってなかったっけ? 私はこの世界に迷い込んだ君みたいな人たちを、元の世界に帰す役目があるんだ。それを100年続けたら、元の世界で暮らす許可が下りる」


「100年って、そっちの世界では寿命までこっちの世界よりも長いんですか……」


 僕は男がいた世界の医療技術の発達に感心しながら、「じゃあこの男も、俺たちの世界の年齢に照らし合わせるとまだまだ若い方なのか」と思い、男の全身を品定めするかのように見回した。


「いや、私の世界でも人間の平均寿命は90行くか行かないかってところだよ。つまり懲役100年ってのは死ぬまで帰ってくるなってことさ」


 男は笑ってみせた。


「あ、ちょっと待ってて」


 男は何か思い出したのか、バス停を離れ、近くのマンションのエントランスに入っていった。そして1分ほどで帰って来て、俺の手に何かを渡した。

 これは……グローブだ。


「私と、キャッチボールしてくれないか?」


「キャッチボール……? え、いきなり?」


 男は、さっきまでの「何でも聞きたまえ」といった新入部員が入ってきた時の部活の先輩のような態度とは一変し、急に僕の下手したてに出るような物言いをしてきた。


「嫌だったらいいんだ。でも、あと5時間も暇だろ? だから少しだけ。……どうかな?」


「別にいいですけど」


 別段断る理由もない。強いて言えば少し眠かったが、こんな状況で悠長に熟睡できるほど、僕は肝の据わった人間ではない。

 こうして僕たちは、車も人も野良猫もいないロータリーで、真夜中のキャッチボールを始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る