違和感
「……異世界?」
僕は、人がいたことによる安心感と、心のどこかで思っていた"ほんとに異世界に来てしまったんじゃないか" という考えを第三者によって確定されてしまったショックで、3秒ほど思考が停止した。
その後、幼稚園児が知らない言葉をオウム返しするように、その男が言った単語を反復した。
「そう、異世界。いや、正確には、異世界っていうよりもパラレルワールドに近いかな」
黒いスーツを着崩していて、渋い低音ボイスが特徴的な長身の男は、雑誌コーナーの方へと足を進めながらそう言った。
「パラレルワールドって……あのSF小説とかでよくある、"並行世界" ってやつですか?」
「そうそれだ。話が早くて助かるよ。えーと……君はジャンプ読む?」
雑誌コーナーを物色しながら、その男は僕にそう聞いてきた。
「え? ジャンプですか? まあ、一応毎週読んでますけど……」
"一応" と付けたのは、僕の友達……まあ、今回の件については僕をこんな状況に陥れた張本人とも言える田中が、生粋のジャンプファンだからだ。連載作品は全て目を通し、アンケートも毎週欠かさず出している。
そんな田中に比べれば、僕のような気になる作品だけをコンビニの立ち読みで済ませるようなやつはジャンプ読者とは言えないのだろう。知らんけど。
「じゃあ、ほれ。この表紙に見覚えあるだろ」
そう言って男が僕へと投げた雑誌は、昨日発売のジャンプ最新号であった。昨日の塾帰りに、近くのコンビニで立ち読みしたので間違いない。
「まあ、これだけじゃ根拠は薄いだろうが、少なくとも君がつい1時間ほど前までいた世界と、なんら変わりない世界だということがわかっただろ。あ、あとそのジャンプ返して。あとから読むから」
そう言って男は僕の手からジャンプを回収し、左脇に挟んで店の奥へと歩いていった。
いや、あなたが渡してきたんでしょうが。
「まあ、つまりだ。わかりやすく言うとだな、この世界は"午前0時の瞬間に君以外の人間が消えた世界" ってなわけだ」
「え……」
僕以外が消えた世界……。
そのおぞましい響きに首筋から冷や汗が流れるのを感じた。そんな僕に見向きもせず、男はアイスのショーケースを開けて、ガサゴソと今度はアイスを物色し始めた。
「ちょ、ちょっと待って下さい。てことは、僕があの胡散臭い儀式を行ったせいで、僕以外の全人類を消滅させてしまった……ってことですか……?」
「ハハッ、自惚れるんじゃない。ここは異世界と言っただろ? 元の世界ではみんなちゃんと生きてるよ」
男の意味深な言い方のせいで、心臓をバックバック鳴らして今にも気が動転しそうなほどの罪悪感に押し潰されていた僕の発言を男は鼻で笑い、一瞬だけアイスから僕の方へ視線を向けて否定した。
「まあ、さっきのは私が君をからかうために言った嘘だ。いや、まあ あながち嘘ではないが」
「……どういうことですか?」
「午前0時に君があの儀式を行ったせいで、元の世界をコピーしたこの"分岐世界" が作られて、そこに君だけが送り込まれたんだ。だから君の体感でいえば、午前0時に君以外の全人類が消え去ったように思えるだろ?」
僕は理解が追いつかず、呆然と立ち尽くすだけであった。
それを見た男は、またしても僕に何かを投げ渡した。
「ほれ、この高そうなアイス、私の奢りだ。どうせならアイスでも食いながら話そう」
そう言って男はジャンプとアイスを持ってコンビニからスタスタと出ていった。
金払ってないから奢りもなにもないのでは? と思ったが口には出さなかった。
※
コンビニの駐車場の車止めの上に腰掛け、男と僕は横並びでアイスを食べている。横並びと言っても、隣の車止めに座ってるので1メートルほど距離はあるが。
「うお、この新発売のアイスうまいな。こりゃ何個か持って帰ろ」
僕は、男から渡されたソフトクリームのようなアイスをひと舐めし、さっきの男の発言について考えていた。
「……1つ質問してもいいですか? いや、1つと言わず質問したいことは山ほどあるんですけど……」
僕は頃合いを見て話を切り出した。
「ああ、いいよ。なんでも聞いてくれ」
面倒くさがられると思ったが、そんな僕の予想に反して、男はすんなりと僕が質問をすることを了承してくれた。
「さっき駅のホームとか、駅員室とかを見て思ったんですけど、この世界って……時間が止まってるんですか?」
そう言って男の方を見ると、男は少し驚いたような顔をしていた。
「へぇー。鋭いね、君」
「てことは本当に時間が止まってるんですか?」
「正確には違うがそう捉えてもらって構わない。しかし時間は流れているぞ。ちゃんと時計は機能しているだろ? 」
矛盾しているではないか。僕も最初はそう思ったが話を聞いていくうちに段々とわかってきた。
この世界は午前0時の時点で1度全ての物の動きが停止して、その後、時間だけが動き始めたそうだ。つまり、飛行中の旅客機は、空中で動きを止めているし、首都圏に行けば、車が規則正しく道路に並べられているような光景が見ることができるそうだ。しかし、このコンビニの自動ドアや、アイスのショーケースの蓋など、僕(またはあの男)が干渉したものは動かせるらしい。なので今僕が空中で静止中の旅客機に指一本でも触れれば、それは重力で墜落するというわけだ。
「そりゃまた ご都合主義な異世界ですね」
僕は突拍子もない話すぎて他人事のようにそう吐き捨てた。
「まあ、この世界っていうかこのシステムを作ったのは私だからな」
「えっ!?」
僕は驚きすぎて3分の1ほど残っているアイスを地面に落としてしまった。
「ああ、もったいない。高いアイスなのに」
「それより、作ったってどういうことですか!?」
僕は男の方へ身を乗り出して、食い気味に質問した。
「私はね、君らが住んでる世界よりも、文明が高度に発達した世界線の科学者だったんだ。これでも有名人だったんだぜ? それでアメリカ政府直属の科学者として働いてた時に、核兵器などの実験用にこの世界を作るように命令された」
こんな世界を生み出せるほどの科学なんて……この男の世界線ではどれだけ文明が発達しているのだろう。しかしそれを聞いて僕はある疑問が生まれた。
「じゃあなんで、こんなところでコンビニのアイス漁ったりしてるんですか? 天才科学者なんですよね?」
決して煽ってるわけではなかったが、男は少し傷ついたようにわざとらしく「うっ!」と胸を押さえた。
「追放されたんだよ、禁忌を犯したからね」
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