0時

 15分程度電車に揺られ、僕は目的地の××駅に到着した。改札を出るときに、駅員さんに補導されるんじゃないかと冷や汗をかいたが、特に何も言われることなく通過できた。

 駅舎から出ると、例のロータリーが目の前に広がっていた。


「……ここしかないわな」


 そのロータリーには、バス停とタクシー乗り場が1つずつあり、中央には申し訳程度に植えられたピンクの花と、膝ぐらいまで伸びた雑草が生えた半径2メートルくらいの花壇らしきものがあった。そしてその中心に金属製の柱が立っていて、1番上に丸いアナログ時計が付いていた。

 僕はロータリーを横切り、その時計の下まで歩いていった。柱の周りに生えている花を踏むのは心苦しかったが、周りに誰もいなかったのでそのまま踏み倒していった。


「それにしても、違う世界に行けるって……俗に言う異世界とかいうやつか? ラノベとかの」


 時計が付いている柱にもたれて、僕はそんな独り言を呟いた。周りのから見れば完全にイタい奴だが、周りに誰もいなかったのでセーフだ。

 少しばかり辺りを見渡し、スマホを確認してみると、時刻はちょうど11:59分に変わったところだった。


「やべっ」


 僕は少し焦って、身長を測るときのように柱に両方の踵を合わせた。


「いや、これじゃあ お辞儀できないか」


 僕は半歩だけ前に出て、再度真上に時計があることを確認した。そしてスマホのロックを解除して、iPhoneに元から入っている時計のアプリのアイコンに表示されている秒針を眺めた。


「あと20秒……」


 そう呟いた瞬間、僕は背中が冷たくなるような不安感に襲われた。

 そもそも僕は、異世界になんか行けない前提でここまで来たのだ。もし、仮に、万が一、異世界に本当に行けたとしたら僕は帰って来れるのだろうか。

 秒針はもう10時の角度をまわった。

 どうしよう、逃げるなら今だ。僕は足がすくんだ。

 あと3秒…2秒…!


 そして3つ全ての針が重なった。自分でもあまりよく覚えていないが、僕はその瞬間、確かに頭を下げていた。



 ……そして頭を上げて周りを見渡すと、そこには先程とは何も変わらない景色が広がっていたのであった。


「なぁんだぁ、おどかせんなよ……」


 僕はその場にしゃがみこんだ。さっきまでの冷や汗が嘘のようだった。


「やっぱりただのガセ情報だったんだな。田中にラーメンでも奢ってもらおう」


 僕は柱を掴んで立ち上がり、足元の踏み潰した花に手を合わせた。

 そしてまたロータリーを横切って、改札の方へと向かった。先程止められなかったとはいえ、今度こそ補導されるかも知れないと駅員室の方をチラ見しながら改札を通ると、運のいいことに駅員室には誰もいなかった。

 僕はホームのベンチに座って、改めて深呼吸をした。

 やっぱりオカルトの類は嫌いだ。こんな情報に踊らされて、寿命が縮むような体験をして、結局何もありませんでしたなんて割に合わない。僕はポケットからスマホを出して、田中に嫌味のLINEでも入れてやろうかと思ったが、ここであることに気づいた。


「……圏外?」


 僕はスマホの不調を疑い、腕を伸ばしてスマホを上の方でブンブン振ってみた。電波が拾えるかもしれないと思ってだ。

 しかし、スマホは一向に圏外のまま。


「なんだよこんなときに……」


 暇を潰す手段を無くした僕は、次の電車が何分に来るのかを確認しようと、ホームにある発車標(電光掲示板)を見た。


「ええと……各駅停車、12:08分か」


 さっきスマホを確認したときに見た現在時刻は12:05分。あと2分で電車が来る。

 僕は少し疲れたので、ゆっくりと目を瞑った。


 ※


 いつの間にか寝てしまっていたらしい。僕はポケットからスマホを取り出し、現在時刻を確認した。12:35分……30分も寝てしまった。


「まじか、早く帰らないと流石にまずいぞ。ええと、次の電車は……」


 僕は視線を発車標に移して絶句した。

 発車標に表示されているのは"各駅停車 12:08分発"という文字。


 電車が止まっているのか? いや、それなら電車遅延のお知らせが発車標に流れるはずだ。それさえも表示されていない。どちらかといえばこれは……まるで時が止まっているかのようだ。


「おいおい嘘だろ…」


 僕はスマホの時計を見た。12:36分。いや、時間はちゃんと流れている。じゃあこれはどういうことだ?

 僕はベンチから立ち上がり、改札の方へ走っていった。補導なんて構ってられるか、駅員さんに聞いてみよう。

 僕は改札の横の駅員室の中を覗き、「すみませーん」と声をかけた。しかし返事はない。


「すみませーん。どなたかいらっしゃいませんかー」


 ……返事どころかこの駅からは物音1つしない。駅員室の中を見ても、もう帰ったというわけでは無さそうだ。書類も机に置きっぱなしだし、鞄もある。それに、奥の机の上に、コーヒーがまだ中に入っているコップもある。


「どういうことだ……」


 僕は、駅員室側の改札がない所を無断で通って、駅の外へ出た。そして30分ほど前と同じ場所からロータリーを見渡した。


「何も……おかしいところはないよな。だって時計も動いてるし!」


 そうだ。実際に、ロータリーの中央にある時計はちゃんと動いているのだ。


 僕はロータリーから出て、道路へと走った。車は走っていない。


「あ、あれは!」


 コンビニだ! 道路の斜め向かい側、今の僕の位置から100メートル程のところにコンビニがあった。

 僕は道路を横断してそのコンビニまで走って向かった。そして中に入る。自動ドアはちゃんと反応した。

 しかしそのコンビニはもぬけの殻であった。


「すみませーん!!」


 僕はバックヤードにまで聞こえる声で叫んだ。しかし返事はない。


「どうなってんだよ……」


 ウィーン


「君が異世界に来たんだよ」


 背後の自動ドアが開き、男性の声がした。僕が勢いよく振り向くと、そこには40代くらいの男性が立っていた。

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