午前0時、××駅のロータリーにて。
まろにか
噂
今この電車に乗っているのは僕だけ。
僕は3号車目の丁度真ん中あたりの席に行儀よく腰をかけ、左から右へと絶え間なく流れる闇を眺めていた。
都会というほど都会ではなく、田舎というほど田舎でもない。片側の車窓からは生い茂る木々と深い闇しか見えないが、反対側の車窓からは町のネオンが遠慮がちに光っている。
僕が何故、もうすぐ日付が変わろうとしているこの時間に、1人で電車に乗っているかということを先に話そう。
※
今日の放課後のことだ。教室に残って、グラウンドで練習している運動部のけたたましいほどの掛け声をBGMに、僕ら4人はスマホであるスレッドを見つけたのだ。
「おいおい見ろよこれ。面白いスレがあるぞ」
4人の中で1番お調子者の田中が、教卓の前の席から身を乗り出して、黒板に落書きをしていた2人にそう言った。
「どんな内容だ。要約して伝えろ」
メガネをかけていて成績もトップの西田が黒板から目を離さずそう返す。
成績がトップといっても、あくまでこの4人の中でだ。学年で見ると、西田も中の下にすぎない。だから西田が描いている絵がトイレを我慢しているアン〇ンマンであることも何ら不思議ではない。
「いや、自分で見てみろって、ほら!」
田中が腕を伸ばし、スマホを西田の方へ向けた。
「ええと…“京王線の××駅のロータリーにある時計の真下で0時になった瞬間にお辞儀をすると誰もいない世界に行けるらしいww” ……って、これ絶対ガセネタだろ」
西田がメガネをくいっと上げて、そう吐き捨てる。
「いやいやわかってねーなぁ。たとえガセだとしてもこういうのは雰囲気を楽しむもんじゃねーか」
田中はそう言って、呆れたように頬杖をつき、そのスレを読み始める。
「でもこういうのって結構世の中に出回ってるよね。有名なのだと、"エレベーターで異世界に行く方法" とか」
バド部のマネージャーと付き合っている早瀬が、西田が描いているアン〇ンマンの顔を、勝手に猿のように描き換えながら言った。
「ほら見ろよ、アン〇ンマンドリル」
どうやらマンドリルの顔を描いていたらしい。
「………。でだ、これ今日行ってみねー?」
必死に笑いを堪えている西田をよそに、田中は早瀬の絵をガン無視して、不敵な笑みを浮かべてそう言った。嫌な予感がする。
「やだよ俺、今日塾あるし」
「おい西田。お前の塾は午前0時まであるのか?」
「いや、ないけど。塾の後に行くのはだるい」
「つれねーなぁ。じゃあ早瀬、行こうぜ」
早瀬はマンドリルの足元にロボット型掃除機を描き足している。
こいつのやろうとしてることがわかった。どうせアン〇ンマンドリルンバとか言い出すんだろ。
「おい見ろよ、アン〇ンマンドリルンb…」
「わかった。お前も行かねーんだな」
そうやって田中は食い気味に結論づけ、仕方がないといった様子で、1番前の列の窓際の席に座り数学の課題に取り組んでいた僕の方に目線を向けた。
「じゃあ
僕は円の方程式を求める手を一旦止めて、田中の方を見た。いや、見たというより少しばかり睨んだ。
「僕はオカルトの類は信じないんだ。行くなら田中1人で行ってきて」
「お前もかよー。なんだよお前ら、こういう時は "いいね! 行こ行こ! 俺カメラ持ってくよ! あ、じゃあ俺はお菓子持ってくね! それなら俺はサバイバルナイフだな! お前そんなの持ってるのかよ!" …みたいなノリになるのが普通だろ!? つまんねーヤツら」
よくそんな長いセリフを一息で言えたな。さすが水泳部。
「今どきそんな高校生いないって。わざわざそんなことしなくても、家でゴロゴロしてるだけで世界中の面白い動画が永遠に見れる時代だぜ?」
早瀬の言うことはもっともである。夜中に出ていくなんて、親にバレたら面倒くさいし、補導でもされたら内申に響く。
「んだよもう……。よしわかった、ジャンケンだ」
「何もわかってないだろうがバカ」
「ジャンケンで負けた1人が今日の午前0時にこのスレが本当かどうか確かめてくる。これで文句ねーだろ」
「いや、文句ないわけないだろ。俺らを巻き込むな。そんなに行きたいならお前1人で行ってこいよ」
西田と田中の掛け合いを横で聞いていた僕と早瀬も、西田の意見に賛成という様子で頷いた。
「いや、1人はちょっと……」
「もしかして田中くん、怖いんですかー? 怖いから俺らに一緒に行って欲しいんですかー?」
早瀬は気持ち悪い笑みを浮かべながら、弱気な田中を煽った。
「わあったよ! 1人で行けばいいんだろ。はいはいそーですか。冷たいヤツらだな、お前らは!」
そう言って田中は不機嫌そうに教室を去った。そして残された僕らも、各々のタイミングで教室を後にした。
※
午後9:30過ぎ、ベッドに投げ出していたスマホが鳴った。僕はシャーペンを手から離し、キャスターが付いた椅子に座ったままベッドの方に移動して、スマホを確認した。
『一生のお願いだ。俺と一緒に来てくれ。京王永山駅に11:30に集合。頼む、芦間の力が必要なんだ。』
それは、田中からのLINEだった。本当に往生際が悪い。僕はスマホを再度ベッドへ放り、机に戻って参考書を開き直した。
※
時刻は11:05分。僕はそろそろ寝ようと思い、机の上を軽く片付け、歯磨きに立った。
洗面所で自分の歯ブラシを取り、ホワイトニング効果がある歯磨き粉を付ける。口に含み奥歯で数回擦ると、途端に泡が発生した。鏡に映る部屋着姿の自分を見ながら僕は思う。
「もうすぐ田中は1人で永山の駅に行くんだろうなぁ。僕の家からだと永山まで20分もかからないけど、今から行ってもギリギリだしな。ていうか、僕が行く義理もないし。でもあいつ、方向音痴だから逆の電車乗って橋本まで行ったりしないかな……。いや、流石にそこまで馬鹿じゃないよな。あのLINEだってどうせ早瀬と西田にも送ってんだろ。だから俺がわざわざ行く必要もないってもんだろ……」
シャカシャカ
…………。
………。
……。
気づいたら僕は、ズボンをスウェットからジーンズに履き替え、Tシャツの上から薄いアウターを羽織り、家を飛び出していた。
つくづく自分でも思う。ああ、僕は馬鹿なんだと。
※
「……田中のやつ、いねぇじゃねぇかよ!」
永山駅に着いた僕は、周りの目も気にせずそう叫んだ。もっとも、周りには酔っ払ったサラリーマンや、イヤホンをして歩いてる大学生らしき人、くたびれた様子で歩く中年の男程度しかいなかったのだが。
「あいつッ!呼び出しておいて自分は来ねーとかなんなんだよ!」
僕は改札の前の柱に寄りかかり、田中のスマホに繰り返し電話をかけた。しかし、一向に出る気配はない。LINEで怒りのスタンプを100件ほど送っても、僕のバッテリーが減るだけで、無駄な足掻きだった。
時刻は11:40分。
××駅に午前0時に到着するためには、2分後の電車に乗らなければ間に合わない。
僕は考えた。そして乗ったのである。
わざわざここまで来たのに何もせず帰るのは、それこそ田中に嵌められたみたいで癪に障る。だから僕は言ってやるのだ。あの噂を検証して、「やっぱり何も無かったぞ 僕の時間と労力を返せ」と。
そして物語は冒頭に戻るのである。
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