第5話 少年への聞き取り

 猿田康太と話をさせて欲しい、とご両親に伝え、許可を貰う。

 学校から帰ってくると、彼から話を聞くことにした。


 彼は今年で9歳になるという。

 黒縁のウェリントン型眼鏡を掛けていて、近眼であることがうかがえた。

 趣味はその見た目のイメージに違わず読書であるとか。初対面の印象はいかにも利発というか、優等生的な雰囲気を感じさせた。

 僕たちに対して警戒と大人びた礼節でもって応じた康太少年だったが、とある一言をきっかけにしてその様子が豹変した。


「僕が特に好きなのはフラットウッズモンスター。アメリカ合衆国ウェストバージニア州で目撃された宇宙人……っていわれてるけど。でもそれが宇宙人かどうかは分からないと思うんです。だってコミュニケーションを取ったわけじゃないし。もしかするとUMAの類いだったんじゃないかなって」


 康太少年は興奮した面持ちでまくし立てた。僕はその様子を微笑ましく見ていたが、円藤沙也加は大真面目な表情でそれに答える。


「ほほぅ……たしかに諸説ありですからね。カテゴライズされがちなのは確かに宇宙人側ですが、とはいえコミュニケーションをとっていないのも確かです。……しかし、宇宙人説の最大の根拠がありますよ?そう、例えば近隣でUFOのような光の目撃証言があります」


 きっかけは彼の勉強机の横に置かれていた本棚の蔵書だった。何気なく見かけた書籍のタイトルを読み上げたところ、康太少年が食いついた。見てみるとそれなりに古い書籍のようだった。僕たちが生まれた頃くらいに出版されたものであるらしい。


「それとフラットウッズモンスターの間に相関関係があるかは分からない。事件のきっかけとなった光をUFOだとする説があるけど……でも、それと怪物に関係があるかなんて分からないと思うんです」

「そうですねぇ。確かに目撃者の一人にフレッド・メイ氏がいますが」

「メイ夫人の子供?」

「そうですそうです!そのフレッド氏は後年の取材で”光は見たが着陸する瞬間は見ていない”という証言をしています。モンスター自体の造形は有名ですし、良く画像も出てきますが、彼が乗ってきたとされるUFOについての証言は曖昧ですよね」


 沙也加も康太少年も瞳を爛々と輝かせながら捲し立てあっている。

 僕はその会話を興味深く聞きつつ、彼の蔵書を見せて貰っていた。

 学研のUMA図鑑、宇宙人との遭遇事例をコミカライズしたもの、背表紙に「世界を揺るがす陰謀論」と書かれたコンビニ本などが立ち並んでいる。

 適当に一冊引き抜く。

 普段は下世話なゴシップ誌を刊行している出版社が出したコンビニ本だった。低価格本特有の悪質な紙質の匂いがふわ、と立ち上る。

 内容はこの手の本の常套とも言うべきものたちで、米軍が宇宙人からオーバーテクノロジーを供給されているとか、300人委員会がついに人類家畜化に向けて動き出したとか、逆にネッシーについて否定的な検証を行う記事だとか、そういうものばかりだった。

 奥付を見ると数年前に刊行されたもののようだった。裏表紙には古本チェーン店の値段シールが貼られている。

 康太少年にシンパシーを感じずには居られない。僕も彼くらいの年齢の頃、こうした本を買い漁っていた。

 もっとも、昨今であればインターネットで見るのが主流な気もする。テーブルを見れば古い型ではあるがノートパソコンが折りたたまれていた。

 その点について尋ねてみると、「インターネット上の情報は良く移り変わるから」と簡潔に述べた。分かってないなぁ、と言わんばかりである。


 今回の事件について考えてみる。

 この事件はどう考えても、この少年がきっかけとなっているはずだ。

 架空接続、といわれる能力がある。沙也加たち退魔師が用いるワードである。本来存在しない幽霊とかUMAといったものを、この世界に出力させてしまうほどの電気信号を発することが出来る人物がもつ超能力のような、あるいは台風の目のようなもの、だという。それをこの少年が持っている可能性がある。


 だが、確証が無い。……いや、違う。否定する解釈が思いつかない、というのが正確なところだった。

 僕たちの退魔の手法は少し奇妙なところがある。そもそも魔を退けるなどという営為が奇妙であると言えばそうだった。しかしながら、僕たちのしていることは、退魔というワードから想像されるものからも少し外れている。

 今干将という呪具は人間の魂を刃に写し取ることで、本来、人間には触れられない怪異に干渉することを可能にする。さて、その刃なのだが―――その魂の考え方や世界観の捉え方によって切れ味が変わるものであるらしい。

 怪異を肯定するものによって切りつければ肉包丁のように手応えのあるものとなり、恐怖心におののくものの魂であれば鋸で削り斬るかのようになり、怪異を否定するものであれば、斬ったことすら気づけないほどするりと切り抜けられるのだという。


 そして、僕の場合は―――信じているのでも無ければ、信じていないのでも無い。恐怖心に駆られることは無くも無いが、そう怖がりというわけでも無い。僕は―――幽霊とか怪異とか、そういうものを楽しみたい人間だった。僕の意識は怪異を否定も肯定もしない。 そういう人間にこの刃がどのような反応を示すかと言えば―――それは、どちらかと言えば怪異を否定するものに近い効果を示すようだった。

 正確に言うと、モノによってまちまち、違う反応となるらしい。

 一概に言い切れないのである。この呪具を用いて何度か仕事をしてきた。例えば神代文字に関する架空は簡単に切り裂けた。ある夫婦を悩ました水子霊は難なく消滅した。しかし、あるケースで登場した依頼者の枕元でささやく幽霊は簡単に切れなかった。ある学生を悩ました謎の影についての依頼においても同様である。曰く、この時はステーキをナイフで切っている時のような感触を生み出したらしい。

 結果が安定しないという問題への対処を考えた結果―――きちんと祓ったり退けたりということをするためには、その方向に思考を誘導しなくてはならない、という結論に至った。

 怪異をタネの割れた、無意味なモノとして解釈し、破壊する。

 そのように僕自身―――ことによっては怪異の当事者たちを説得することが必要となる。僕はもちろんのこと、怪異を信じる人々の認識に働きかけることは、存在の強度を揺るがすことになるらしい。それこそが僕と彼女の仕事であった。


 なおも話し込む彼女たちを尻目に、他の本を一冊、ぱらりとめくる。

 この件に深い関係を持つであろう、UMA―――未確認生物についての児童書。それを何の気も無く眺めていく。すると―――


 ああ、と思い出した。

 思い出してしまった。この件にあった些細な違和感。最近感じていた些細な疑問。それらが組み合わさって、この件について可能な解釈が脳裏に浮かんだ。


 ―――だが、これでいいのだろうか?

 康太少年を見る。弾んだ声。語ることが楽しみで仕方が無い、という饒舌。それは僕も持っているものだし、当然、僕の好きな沙也加だって持っているものだった。それを切り裂くことは果たして、正しいことなのだろうか?

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