第4話 視えたものについての考察
「これはもう、チュパカブラ、でしょうねぇ」
出されたインスタントコーヒーを手にしながら言う。
オーナーに許可を得て従業員用の休憩室をひとつ貸し切り状態にして貰っていた。そこで今僕が視たものについての考察を行うことにした。
「チュパカブラねぇ。確かにそうとしか言いようのないモノが出てきたけど……でもなんか妙じゃないか?」
「何がですか?緑色の、爬虫類のような、豚を喰う怪物となると、それはもうチュパカブラで決まりでしょう」
どこかで聞いたような言い回しをしてくる。
「だってチュパカブラだよ?僕たちが子供の頃TVタックルの年末特番で取り上げられたような―――そんな陳腐なヤツが出てくるもんかね?今日日聞かないよ」
「ほなチュパカブラとちゃうかー」
「それ、鬱陶しいから止めてくれ」
「いけずですねぇ。『お父様が言うにはレプリティアンじゃないかって』というオチまで決めていたんですよ?最後まで言わせてください」
レプティリアンといえば某国大統領とか大企業の社長が実は恐竜人間みたいな存在で、彼らは影から世界を操っているのだ―――という陰謀論であり、円藤沙也加はその話をことのほか気に入っていた。
「世界を影から操っていた筈の連中が茨城くんだりまで来てやることが家畜小屋襲撃とは。レプティリアンも墜ちたもんだな」
「たまには野生に帰りたい時だってあるでしょう?彼らにとってはキャンプみたいな娯楽なのかも知れませんね」
沙也加はかなり投げやりかつ、適当な物言いでこの話題を締めた。自分から言い出した癖して全く思っていなさそうである。
「閑話は休題として、実際のところチュパカブラは珍しいです。同業の方の発表や論文なんかでも日本での解体事例は聞いたことがありません」
「元々はアメリカの怪異だったっけ」
「プエルトリコ、南米ですね。まさしく私たちが子供の頃に流行し、テレビ番組などでも良く取り上げられていました」
いわゆるUMAの類いの存在である。ネッシーやイエティ、ヒバゴン、ツチノコなどの未確認生物であり、未知の生物へのロマンがメインの存在である。しかしながら、現代においてはこの未知の生物というジャンル自体が衰退しているような気がする。
衛星写真やドローン技術が発展し、また誰でも一台はカメラを持つような時代。未知の生物が生存しているような未知の世界に、もうリアリティが感じられなくなってきているのかも知れない。
「それで―――あなたの場合、糸が見えるのでしたっけ」
「ああ、うん」
「今回の発生源はどこですか?」
「正直、解らなかった。全員が全員、それなりに糸を繋げていたような気がする。……ただ、強いて言えば。あの時、赤と青と黄色の色が見えて……康太君の糸は黄色だったんだけど。それだけ、光り方が違って見えたような」
……と思う。あの剣の中にいた時の記憶はどうも曖昧になってしまう。夢か現かの判別が時間が経つにつれて不可能になる。あの時に得ていた全能感は、どんどんと霞んでいく。例えるなら夢を思い出すのに似ている。不安定な夢をたぐり寄せて、なんとか現実に言葉や記憶として出力すると―――こういう、不確かな言葉にならざるを得ない。
「なるほど。じゃあそこら辺からアプローチというか解体していけば良いでしょう。しかし便利ですねぇ。助かります。いわば殺人事件の犯人が最初から分かっているようなものです。これまでは調べたり聞き込みしたりして誰が犯人か―――時には誰が被害者なのかから調べなければなりませんでした。セキくんがいればコロンボとか古畑任三郎のように、もう犯人が分かっている状態からスタート出来ます」
その例えはどうなのだろう。その例の場合、視聴者が犯人と刑事のやりとりとかバトルを見るということであり、別に古畑が最初から犯人を分かってるわけではない筈である。
「ものの例え、メタファーですよ。それに二人とも大抵、最初に犯人のあたりを付けてじっとりねっとり責めていくでしょう?あの二人の刑事の勘が手に入ったようなものです」
―――沙也加は執拗に、霊感という言葉を使いたがらない。余人に説明する時には「助手に霊視させます」というような言い回しをするが、自分からはあまり言いたがらない。彼女には霊能力が無い。無いということがコンプレックスになっている。だからこういう時、刑事ドラマがどうとかそういう迂遠な例えを使いたがる。
それについて、ことさらに刺激したり指摘するようなことは僕は努めてしないようにしていた。
彼女は様々な物事について相対的に―――パロディ化して語る癖があるのだが、こと霊感とかそういう話題については触れたがらない。触れたとしてもどこか陰を帯びる。本当は避けたいのに、自分のスタンスを崩さないがために無理矢理言及するような―――そんな様子になる。それはとても痛々しく思える。
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