第37話 沙也加にまつわる嫌な予感
「それよりも喫緊の問題の話だ。おい、芦屋」
「はいはい。それじゃ行きましょうかねぇ」
芦屋は近くにあった机にば、と地図を広げた。
関東一体の当たりが拡大されている。いわゆる、旧武蔵野国の当たりだろうか。
あちらこちらに赤い点や囲いがされていた。
「これはこれまでのメールマガジンや会誌、実際の集まりやインタビューなどを総合的に判断した結果、割り出した集団アセンションに用いられるだろうスポットたちだ」
「すみません。質問よろしいですか」
「なんだい?」
「総合的、というのはどういう観点ですか」
「総合的は総合的だよ。強いて言うなら、UFO目撃のあった土地や、彼らのいうパワースポットとされる場所などかな。まぁ、そのスポットとやらも恣意的なものばかりなのだけれどねぇ」
「いまのところ、どこに誰を配置する、みてぇな具体的な話は決まっていねぇ。説明会に参加してくれた連中を割り振るところから初めねぇとなんねぇな」
「……あの、質問いいですか」
僕が挙手すると坂田は「おう」と続きを促す。
疑問に思ったことがあった。根本的な問題である。
「その、シールドオブスターのアセンションをどうやって防ぐんですか?僕たちのやり方と言えば詭弁と屁理屈で相手を揺るがしてから、強制的にあの剣で切り裂く、という感じになるからまだ対処できそうですけど」
この件に関して言えば、真言や祝詞を唱えると言った手法が有効とは思えない。いや、僕たちのやり方にしても難しい問題がある。
コレが例えば幽霊や妖怪であれば『祓う』という行為が成り立つ。
正確に言えば、コンセンサスが取れる。
架空存在と定義された怪異を祓うということは、合意を取るということだと僕は理解していた。現れた怪異という合意に対して、それを否定するという合意に導く。
怪異の存在や悪影響に対して、信じながらも否定したがる心理があるから僕たちのやり口は成り立っている。否定しようとする言葉を相手は聞き入れようとするから、退魔は成り立つ。
……だが、そもそも信じたがっている相手に対して、この手段は成立するものなのだろうか?
僕たちのやろうとしていることは、いわば相手の望みを真っ向から否定することでもある。そのこと自体については目を瞑ることは出来る。理解はしたし覚悟もした。
だが、そもそも実際問題として僕たちの話を冷静に相手が聞いてくれるとは思えない。妨害が入るのは予想が付く。相手が組織である以上、流血沙汰になっても可笑しくは無い。
なんて、僕が疑問を浮かべると坂田は「ああ?ビビってんのか?」などと凄んだ。そう言うわけでは無いのだが。というか、そういう心意気とかそう言う話では無い。
その凄みに眉をひそめると、坂田は急に嗤って「冗談だよ」と返した。
……なんというか、ヤンキー気質特有の無駄なやりとりであると思えてならない。
「ま、基本は妨害だな。色々作戦はあるぜ。山間部の場合だと修験者や登山者に偽装して連中を追い回したりとか。都市部だとツアーを偽装してぶつけたりとかな」
「いやぁ、完全に嫌がらせだねぇ。さながら白いワゴンか思考盗聴の手口を実際にやるかのようだよ」
芦屋の嗤いは皮肉なのかなんなのか分からないが、しかし尤もだと思う。電波がどうとか言っていた先方に対してはかえって逆効果なのでは無いかと思わないでも無い。
僕がそう尋ねたが、坂田の答えは「別に連中の組織を壊滅させようとか論破させようってんじゃねぇからな」というものだった。
「ようはその日を乗り越えられりゃいいんだよ。俺たちが防ぐのは大規模なアセンション……という名の集団自殺だ。その日にUFOが現れなければ良い。現れたとしても、そこに水を差せればいいんだよ」
……そう上手くいくものなのか、僕には判断しかねるものがある。
「手法はテメェらに任せることになるけどな。ともかく、妨害してくれりゃあそれでいい。後は俺が何とかしようと思ってる」
「坂田さんが?」
「おう。俺の古巣……ああ、映像会社のほうな。そっちに声を掛けてカチコミ掛けようかと思ってんだよ。実録系なら荒事に慣れてたり肝が据わってるのもいるからな。保険金詐欺の証拠を掴んだとでもブラフを掛けて、ちょっと強引な取材申し込みをしてやろうってな。迫力のある画が撮れそうだぜ」
坂田の発言は頼もしいと捉えるべきか不謹慎と思うべきか、どうも判別が付かないものだった。ただ、最後の発言をしたときはかなり良い笑顔であったことは間違いないので、まぁそういうことなのだろう。
「……なるほど。つまりこういうことですね。やり方は自由、と」
長らく黙っていた沙也加が、妙にしみじみとした様子でまとめた。
その沙也加の表情にしても、妙に決まったドヤ顔であった。僕にマウントを取ろうとするときや、興味のあるネタを見つけたときに見せる表情。つい最近も見た気がする、あの笑顔。
嫌な予感と、彼女から何が飛び出すのかという期待がない交ぜになった。
彼女はきっと、なにか突拍子も無いことをしでかそうとしているのでは無いか。
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