第36話 魔を祓う弓と矢

 しばらくして、僕たちは坂田を発見することができた。

 誰か、他の人間と話し込んでいる様子である。一刻も早く情報共有をしたかったのだが、邪魔になってもいけない。遠目に彼らの会話を伺う。


「―――だから、貴方は浅ましいというんだ」

「言ってろ。どうせ俺とお前らじゃ相容れねぇ。実在したかどうかも分からねぇ弓を後生大事に祀っててもどっかで行き詰る。……いや、雷上同の話だけじゃねぇ。掲げてる御大層な血筋もそうだ。言い始めた時は効果があったんだろうがな、今となっちゃ冗談にもなりやしねぇぞ」

「冗談だと!いくら貴方でも言っていいことと悪いことがある!貴方だって、一族から様々なことを学んだはずだ!それを―――よりもよって冗談などと」

「学んだからこうしたんだよ。……まぁ、虫が良いのは分かる。一度は離れた家にまで協力を頼むのは不義理だ。お前が嫌っつうんなら、この件から手を引けばいい」

「見損なうな。この緊急事態に何もしないなど、沽券にかかわる」


 相手は若い男性だった。黒い着物に赤い羽織という派手な服装をしていた。二人の間には、張り詰めてとっくに切れた糸のような剣呑さが漂っていた。

 二人はなにやら言い合っている。

 それが何に起因するものなのか、僕にはわからない。

 いや、例えば分かったとしても割り込む事はできなかったろう。


「ああ」


 沙也加は何か知っているのだろうか、そんな嘆息をこぼした。

 あの人物は誰なのか、と聞くと「弟さんですよ」とのことだった。

 言われてみれば声と顔つきに似たところがある。が、髪型や服装、アクセサリーのセンスは似ても似つかない。スキンヘッドにサングラスのいかつい男性と、和装をした生真面目そうな男性とでは、あまりに違いがありすぎる。


「前にも言ったでしょう、坂田家は坂田金時の末裔を名乗っていると。それが本当かどうかは分かりませんが、いずれにしても円藤よりは古い家系とされています。カナさんはそこの出身で―――まぁそんな人間が出奔して心霊ビデオのディレクターなどやってたら揉めますよね」

「うーん。聞くたびに思うんだが、アホっぽいよねぇ、その経歴」


 などと、沙也加と芦屋は勝手に解説と感想を言い合っている。

 聞かれたらどうなるか……と肝を冷やしていると、坂田と目線があってしまった。


 すわ聞かれたか、と気を揉む。


「おい」

「は、はい」

「よう。悪いな、呼び出しちまってよ。打合せだろ?少し待っててくれや」

「いえ、そんな。待ちますから」

「ええ。その間に他のメンバーと情報交換することにしますので、カナさんはどうかゆるりと」

「ゆるりともしていられねぇから来てもらったんだろうが。いいからちょっと待ってろよ」


 坂田の言葉遣いは常に威圧的である。その割に面倒見がいいというか、ふとした瞬間にこちらを慮ったりもする。いわゆるヤンキー気質の人物だった。見た目と性格の一致が著しい。


「ま、そういうわけだ。今日のところは引き下がってくれや」

「……そうさせてもらう」


 と、そういうと男は去っていった。

 去り際に沙也加と芦屋、それと僕をにらみつけて、その上鼻まで鳴らして去っていった。分かりやすいくらいに僕たちを嫌っていて、むしろ笑いが出そうになってしまう。


「その、なんです。あの人も変わりませんね」

「あっちからすりゃ、変わったのは俺の方だろうがな」


 どうやら沙也加も坂田弟とは面識があるようである。

 軽蔑されるのはいつものことのようで、慣れているようだった。


「折角です。伝家の宝刀……ならぬ宝弓が架空接続で作り出されたUFOに効果があるのか、試してもらうよう頼んでみては?」

「馬鹿、鬼でもねぇのに持ち出すわけねぇだろ。あの連中頭が固ぇんだからよ。鍮時とうじが来てくれただけでも御の字だ」


 鍮時とうじ、というのが坂田の弟の名前であるらしい。

 そして坂田家には何か、とんでもない呪具というか秘密兵器がある、という。

 それについて尋ねると、坂田の代わりに沙也加が答えた。


「いわゆる雷上同らいしょうどうですよ。日本文学科ならご存知では?」

「えっと、平家物語の鵺退治ぬえたいじに出てくるやつ?」


 平家物語には二回、源頼政みなもとのよりまさぬえを退治するエピソードが存在する。そのどちらかは忘れたが、頼政が摂津源氏に伝来する宝弓を用いるという描写があった。


「本当に知ってるとは。やっぱり偏執狂の気がありますね」


 知らなかったら知らなかったで「知らないんですかぁ」といつもの如くマウントを取るものになることは予想がつく。

 しかし、答えたら答えたで貶されてしまうので、さてどうすればいいのだろうか。

 

「しかし、実際のところどうなのです?真実、その弓は源頼光みなもとのよりみつから伝わるものなのでしょうか?本当なら霊験あらたかと言えばあらたかですけども」

「んなわけあるか。平家物語にしか記述が無いんだぜ。これで大江山絵巻とかに記述があれば実在の可能性もゼロじゃねぇけどよ。……いや、あったとしても低い。信頼できる記録の方に記述がねぇし。そもそも、名前があまりに適当なんだわ。ライショウドウって、どう考えても源頼政の有職読ゆうそくよみからの連想じゃねぇか。本当に頼光らいこうから伝わる弓だってんなら、そっちの有職読みから取って雷光動らいこうどうとかになんだろ」


 まぁそれはそれで安直だけだけどよ、とぼやく。

 どうやら坂田一族の売りというのが、その弓であるらしい。本当であれば鵺退治をした武器である。相当な霊験があることは僕にでも分かる。

 そんなものが実在して、900年近く伝えられる……と言われても、どうにも疑わしいのも事実だった。

 しかし、坂田は「まぁ頼光からとか、頼政から伝わるってのはアレだが」と前置きをした上で話を続けた。


「―――アレが怪異に効くのは間違いねぇ。だからこそ後生大事に祀ってるし、退魔の家として続いてきた理由でもある。おそらくだが、UFOに射かけても効くんじゃねぇか」

「えっと、それはまたミスマッチな……」


 冗談としか思えない絵面が脳裏に浮かんだ。国内の変なCMか、さもなくばチープなSFファンタジー映画一幕のような情景だった。

 僕の困惑に対して、「俺もそう思う」と返す坂田の表情は、しかし真面目そのものだった。負けを認めることを拒否するような、怒りとも付かない声音だった。そのシリアスな雰囲気は、坂田の発言が冗談では無いことを示している。


「架空存在学説からすればあり得ない呪具ですよね、アレ。我々の戦いは存在を否定する戦いです。あると思えばそれはあり、無いと思えば無い―――という。架空存在を生み出す人物の思考を誘導することで解体しています。もちろん、その媒介にエーテルのようなオカルティックな存在を想定する必要はありますし、今干将のような例外もありますが……ともかく、認識をスライドさせることさえ出来れば我々の勝利なわけです。しかし、アレは違います。射かければ問答無用で怪異を破壊する……と、そういう呪具でしたよね」

「……学説に則って考えるなら、幻想の上にあるもんを現実側に確定させてるってのが俺の見立てだな。現実に確定させることで、殺したり破壊したりすることが出来るものに変えるってな。まぁヤベー弓には違いねぇよ」


 二人の会話を聞いているが、どうにもピンと来ない。

 それを言うなら僕の魂を剣に定着させる今干将はどうなるのだろうか。

 剣を自分と認識させ、それで怪異を斬れば払うことが出来る……などという、明らかな超常現象である。

 果たして怪異を殺す弓と魂を武器にする剣と、そのふたつに違いなどあるのだろうか。


「ド素人なだけあって、尤もな疑問を持ったねぇ、君」


 芦屋が煽ってくる。ただ、いらつきや羞恥よりも疑問が勝った。

 どういうことなのか、という疑問を彼に投げかける。


「現実への影響度が違うのさ。話に聞く今干将とやらはあくまで一人の人間の認識に働きかけている。現実に何かを出力しているわけではないのだねぇ?その対象となる怪異も―――視える人には視えるが、視えない人間には何も見えない。しかし、雷上動という弓に関する坂田君の考察が確かなら、それは現実に怪異を物質として出力させることになるのさ」


 ふと、鵺退治の逸話を思い出す。

 平家物語巻第四に収録される『鵺』のエピソード。


 夜ごと天皇を苦しめる怪異・鵺の退治を命じられた源頼政は雷上動を携え、郎党の井早太を連れて夜の都へと繰り出す。

 現れた鵺を、頼政はその弓で射貫いた。しかし、鵺は死んでいない。地面に墜ちた鵺の止めを刺したのは、郎党の早太だった。早太がかけより、佩いていた刀でその首を落としたのである。

 ―――止めを刺したのは早太の刀なのである。だが、その銘は伝えられていない。おそらく、ただの刀でしか無かったのだ。


「井早太がただの刀で鵺に止めを刺したように、誰でも怪異を倒せるようにする―――そういう道具ってことですか」

「おやおや。君、マニアだねぇ?」


 マニアと言うほどでも無い。古典の授業で鵺退治を取り扱ったことがあるから覚えているだけである。

 というか、沙也加と同じことを言わないで欲しい。

 ともかく僕の理解に対して芦屋も坂田も異論を差し挟むことは無かった。


「おそらくだがよ、UFOに射かければUFOが本当に墜落してくるんじゃねぇか?そうなりゃまたぞろ陰謀論者が大喜びするだろうよ」

「また別の問題を呼び起こしそうですね。厄介な呪具です」


 そういう沙也加さんの表情はどこかうれしそうというか、期待しているような感が見受けられる。

 ―――円藤沙也加は霊が視えない。怪異の存在が当たり前にあるこの世界において、彼女にはその素質も能力も無い。

 だが、真実、坂田家に伝わる弓が『怪異を現実に固定させる』という特質を持つのであれば。彼女にも、怪異を視ることが出来るようになる。その可能性がある。もしかしてそういうことなのだろうか?


 沙也加はこの件に関して、かなりコンプレックスを持っているらしい。克服したと言ってはばからないが、以前この話題を会話の端に出したことがあるがかなり拗ねられた。

 だからこの件に関して、沙也加に確認すると言うことはしなかった。それは彼女のコンプレックスを現実に引き摺り出してしまうことになる。


「ま、諦めろ。見ての通り連中と俺は折り合いが付いてねぇ。頼んだって持ち出さねぇだろうし―――そもそも問題がでかくなるから持ち出させねぇよ」

「我々は我々の流儀で戦うということですね。それが一番でしょう」


 沙也加はこの件についてそれ以上の追及はせず、坂田もこれで雷上動の話題は終わり、というつもりであるようだった。

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