第33話 合同説明会

 退魔師がどのように仕事を得ているかというと、それは専用のアプリやウェブサイトを通して行われている。ローズクロスJP(有)という秘密結社染みた名前の企業が運営するそこは、検索エンジンから弾かれるような仕掛けがされており、普通に見つけようとしても入ることは出来ない。


 まず互助組合と呼ばれる組織の会員となり、そこで発行されたIDを用いて初めてログインすることが出来る。


 ちなみに依頼を出す側も同じくIDを持つ必要があるが、これについては円藤家はじめとした大所帯の拝み屋や、その筋と関わりを持つ探偵などが仲介して依頼を出しているのだとか。


「家に事務所があったでしょう?あそこでそうした作業をしているのですよ。受けた依頼の中で、余所に委託できそうな案件は下請けに回す。こうして業界全体に利益や仕事を分配しているというわけですね」


 まさしく富の再分配です、と分かるような分からないような例えを用いて沙也加は言う。 さて、なぜそんなサイトの話が始まったかというと、まさに最近の僕の悩みの種が関わってくる。

 ローズクロスの運営するサイトには架空存在学会も依頼を出していている。とはいえ、円藤などとは違って事務所を持って大々的に仲介をやっていると言うわけでは無い。基本的には同じ学説派のメンバーに仕事を共有したり協力を依頼したり、あるいはセカンドオピニオン的に紹介するということをスムーズに行うためのツールとして使われているのだという。


「ですが、今回はそうではないのですよ」


 その日、僕は沙也加に円藤邸に呼び出されていた。退魔の仕事で大事な話がある、ということで講義をさぼって平日の昼間から麻布の坂の上までやってきた。


 この間の諍い染みたやりとりについて何か言われるのか、と思っていたのだが、そう言うわけでは無かった。沙也加は廊下を移動しながら仕事を仲介するローズクロスのウェブサイトについて僕に一通り解説し、それから架学会が出したという依頼についての話となった。


「……この間の学会で芦屋さんが仰っていたこと、覚えていますよね?」

「そりゃ、忘れたくても忘れられないな」

「それについて新たな動きを芦屋さんがキャッチされたようで、運営に垂れ込んだみたいなのですが。運営側ももはや学会だけで対処できる問題では無い、と判断したようなのですよ」


 そういうわけで、と沙也加は僕にスマートフォンの画面を見せてきた。

 バリバリと割れて見づらい画面の間を縫って、なんとか解読する。


「彼らの言う約束の日、ドゥームズデイがついに指定されたみたいです。全国の退魔師に協力を仰ぐ依頼を出しています。依頼を受ける意思のある者はこれから四谷で行う説明会に参加するよう案内がでてます。これはもう、私個人としては参加しないわけには行きませんし、円藤家としても見過ごせ無い問題というわけでして」


 話している間に邸にある客間に付いた。

 扉を開くと、中には沙也加の母である円藤絹葉女史が腰掛けて待っている。着物の上からストゥールを羽織っており、いますぐにも出かけようとする様子だった。

 彼女以外にも円藤家が抱えている退魔師が二名、侍るように待機している。


「つれてきましたよ、母様」

「ご無沙汰しています、絹葉さん」

「ああ、沙也加、干乃くんも、良く来てくれたわね。早速で悪いんだけど、これから四谷まで出かけるわ。車で送るから付いてきて」


 その場にいた者は絹葉女史の言葉に従い、ぞろぞろと部屋を出て行く。

 正直、これなら僕たちだけ電車で行って現地集合した方が速い気がするのだが。


「まぁ、一門総出で出陣、という印象を残したいのでしょうね。面倒な政治というか、パフォーマンスの一環です。付き合っていただければ幸いです」


 まぁ、別に嫌というワケでは無い。車で送ってもらえるわけだから、そこまで悪い話でも無かろう。


 黒いリムジンに詰め込まれた僕たちは、しかし口数は少なかった。同乗した他の退魔師二名は神妙な表情をしていたし、絹葉女史も何か考え事をしているようである。車内には茹でる前のパスタのような緊張感が漂っていて、どうやら事態はそれほど大事であるらしい、という予感を与えた。


 会場はこの間と同じく、四谷某所にある貸し会議室だった。風景やビルの様子に変わったところは無かったが、説明会の会場はこの間とは別の、もっと大きな大部屋を借りていた。もはやちょっとした講堂か劇場のような一室だった。


 集まっている人員もこの間よりも多く、室内には多くの人が詰めかけている。服装はやはり十人十色で、スーツも着物も巫女服もカソック姿も多くの人がいる。しかし、混ざり合っている、という雰囲気は無い。この間よりもまとまりがあるというか、派閥ごとに集まっているような印象があった。


「そのイメージは間違いじゃありませんね。架学会は業界の中でもはみ出し者の集まりです。しかし今回の大規模依頼は主流派も巻き込むほどの案件です。必然、そういう風になるというわけですね」


 そんなものか、と沙也加の言葉を聞き流しながら、会が始まるのを待った。

 人々のざわめきと蠢きが止めどなく流れていく。僕はその様子を、まるで部外者になったような心持ちで眺める。


『リンゴ送れCのケースだと……』とか『カルトの集団自殺ということになると非武装の退魔師だと危険が大きい。これだと傭兵の類いを雇ったほうが……』とか。物騒な言葉とか現実味を感じられない言葉がざわめきの中に紛れている。


 しかし、この事件は。こと、この事件に関して言えば、僕は部外者では無い。部外者ではあり得ない。いや、部外者でいたくない。


 数日迷い続けて、ひとまず僕が下した結論がこれだった。

 僕は眞野ミコを取り戻したい。僕は僕の友人にどこにも言って欲しくない。次元上昇などと言って、どこか遠いところへ去られるのは嫌だ。


「沙也加さん」

「はい?」

「この間、ああいう話をしたけど。……やっぱり、僕はこの事件に関わりたいと思う」


 僕は覚悟を決めてそう言った。

 逃げ出さず、戦おうという決意表明だった。しかし沙也加はそんな僕の心情を知ってか知らずか「そうですか」と、やけに素っ気ない態度で応えた。


「そうですかって」

「そうですか以外の感想がありません。私の呼び出しにノコノコ来ましたし。嫌なら断る人間でしょう?」


 そりゃ、そうだけども。


「そもそも、そのシリアスな表情。眞野ミコ絡みで色々決意しましたって顔じゃないですか」

「……それもそうだけれども」

「だとしたら、なおさら『そうですか』です。精々、仕事に私情を持ち込まないよう努力してくださいね」


 円藤沙也加はいかにも私情にまみれた雰囲気で僕に言い放った。

 ……気になるのだが、沙也加さんは本当に僕と眞野ミコに対して嫉妬しているのだろうか。だとするとちょっと反応に困るのだが。


 などと、無駄話をしている間に、はたと気づいた。周囲のざわめきが収まっていく。人々の視線が一点に注がれる。スキンヘッドにサングラスを掛けたスーツ姿の男性、坂田比良金が壇上に現れたからだった。

 いよいよ、会が始まるらしい。僕も、沙也加も、人々も。みんなして彼の言葉を待っていた。

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