第32話 僕と彼女不在の黙考
ネットニュースを見る。あるいはテレビニュースでもいい。あるいは動画サイトでも。最近はスマートフォンにデフォルトで入っている検索エンジンのディスカバリー機能を使えば、どの媒体のニュースも自動的に紹介してくれる。
あらわれるニュースは僕の気分を重くさせた。
シールドオブスターが黒装束集団としてメディアに露出するようになったからだ。彼ら彼女らによる反電波思想やUFO崇拝を語ったコメントはニュース映像として動画化され、しきりに人々の口の端に上っていた。
内容に目新しい点は無い。舎利浜で直接聞いた話や、架空存在学会で芦屋が紹介した話をよりライトに、かつ刺激的に騒いでいるに過ぎない。違うのは、彼らに対する様々な感想が可視化されるということである。
例えばテレビメディアでは(局や番組にも寄るが)概ね実害に関する批判をコメンテーターが行っている。例えば近隣住民が不安がっている、というような話とか、こうした集会に際して自治体の許可を取っていない云々などである。彼らの反電波とかUFOについての話はさらっと流されている。彼らの思想についてはコメントを差し控えているようだった。
ネットニュースの場合、少し異なる。ニュース自体はテレビメディアとそう変わりは無い。淡々と、起きた事実だけを書いたニュースが多い。違うのは様々な人間のコメントがつくということだった。その内容は見るに堪えない誹謗中傷もあれば、そのようなものに騙される蒙昧の民を憐れむような言葉もある。あるいは、コンテンツとして冷笑して消費するような態度をとる言葉も見受けられた。
あるいは彼らに同調する声もあった。特定の電波帯の悪影響についてかき立てたもの、政府と宇宙人の密約について書くもの、あるいは第三国が日本を弱体化させるために立てた陰謀であるというもの、特定の政党が撒いた庇護流言では無いか、マスコミのデマ報道ではないか―――
なんというか、気が狂いそうになったので、僕は途中で読むのを止めた。他の人のコメントには明らかに誤りと分かるものや、偏見に満ちたものもあった。しかし、それに対する反論コメントも僕はしなかった。
何か気の利いたコメントをしたくなる誘惑に駆られる自分を客観視して、阿呆らしくなってしまったからだった。
ひとつだけ言えることは、シールドオブスターの名前は大きくなっている。人々は彼らの名前を知り、彼らの教義を知った。そこに同調する人間がどれほどいる物なのか分からないが、確実に母数は増えている。その事実は、僕をたまらなく不安にさせた。
日曜日の夜、ニュースサイトを閉じて、スマートフォンから目を離した。
自宅の自室で、自分の本棚を眺めて黙考する。明日は月曜日。否応にも、僕はまた彼女と会うことになる。
円藤沙也加との問答があってから、二日会っていなかった。
土日のあいだ、僕と彼女はメッセージのやりとりもしなかった。
珍しいことだ、と思う。
最近は彼女とひたすらやりとりをする毎日だった。合わない日がなく、隣にいることが当たり前になっていた。
距離を置くことは大切だ。何事においても、それは言える。
円藤沙也加という人物は好ましく、興味深く、心地よい人間だった。
意味のない会話を募らせることに遠慮がないからだった。意味のないことを知って、それを恐れずにやり取りできた。
よしんばそこに意味があったとしても、それを冗談にしてそれ以上踏み込ませないからでもあった。
同時に、この関係は歪であるとも感じている。
円藤沙也加という人間は偏った人間だった。何もかもを信じているようで、何も信じていない。信じているふりをしているのに、それを本気で楽しんでもいる。
何もかもを認める包容力のある人物という側面。
何もかもを嘲笑する冷笑家のような側面。
そういう、矛盾した二つの顔が見え隠れしている。
僕もまた、それぞれの彼女に対して二つの感情を抱いていた。
―――彼女ならばこのニュースにどのような反応を返すだろう?
冷笑か同調か、もしくは同情か。仕事人としての淡々とした処理か。あるいは、そのすべてか。
『ではセキくんはどうなのですか?』
ひとしきり述べられれば僕にも意見が求められるに違いない。
僕は―――どうなのだろう?
同調はできない。かといって冷笑もしたくない。仕事人といえるほど、僕は割り切れもしない。やはり一番近いのは同情だろうか。
『それは一番見下した態度ですよ、きっと』
……そんなことを言われそうな気がする。
脳内沙也加が出てくるのは末期的だ。これなら本当の沙也加に意見を求めた方が幾分かマシな気すらする。
トークアプリを開いて沙也加と登録された部屋に入る。
前回のやりとりは講義の後、神保町に向かうに当たって待ち合わせした短いやりとりであった。
「……気まずいよなぁ」
表だって喧嘩したわけでは無い。
遺恨が残る終わりだった訳でもない。いつもどおりビールを飲んで食事をとって、そのまま解散した。それだけだ。僕にやましいところがあるわけでも無い。
それでも、たった二日前のやりとりが遺恨のように残っている。
言葉を転がす。
明日はどうする?土日はどうだった?こういうニュースがネットに流れてるけどどう思う?
話題はいくらでも思い浮かぶ。
それでも、彼女にかけるべき言葉が思い浮かばない。核心に至ったとき、返すべき答えが決まっていないからだ。
沙也加に問われた事への答え。
関わるのか、関わらずに目を瞑るか。
関わらなきゃいけない、と思う。
だけど。
そうやって、眞野ミコにかけるべき言葉はなんなのだろうか。
また、前の事件と同じ事を繰り返すのか。
あの剣で彼女からオカルトを切り離す。そうやって、事件も強制的に終了させる。
それで、何もかもをうやむやにして、眞野ミコの心を無かったことにして―――
やはり答えはまとまらない。
沙也加の言葉を聞きたかったけれど、その言葉を受け入れる覚悟が決まっていない。
音が鳴った。
トークアプリにメッセージが届いた音だった。送ってきたのは沙也加から。彼女の部屋を開いていたから、機内モードにして未読スルーするという手はもう使えないな、と卑怯な感想を抱く。
『セキくんこんばんは』
『ところで明日、重要な講義などありますでしょうか?』
その言葉は唐突だった。
だが、求められるところは予想が付く。
『無ければサボりでお願いします。お仕事関連で少し大事なお話があるのです』
随分と勝手な物言いだった。
だが、彼女の言葉に応えないわけにはいかない。
するべき事は定まらないが、したいことは分かっている。
『それで、どういう話?』
沙也加の言葉を言外に了承する返しをする。
やはり、その答えもどこかで予想がついている。
その答えとは―――
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