第28話 僕と魔女に残された繋がり

 結局、僕たちは喧嘩別れになった。

 約5時間にわたる堂々巡りの会話の末に、ようやく解放された。得られたものは少ない。精神を疲弊させた、と言う意味ならばマイナスですらあった。


 最後は半ば逃げ出すように沙也加が万札をたたきつけ、店を出る、という幕引きだった。そのまま電車に乗って僕の家の最寄り駅で下車した。僕はそのまま帰りたい気分だったのだが、沙也加は「飲み直しましょう」というので、近所の居酒屋に行くこととなった。時刻はもう12時を回っている。時間は遅いが、僕にもやりきれない思いがあった。さっさと眠ってしまいたい気分もあったが、妙に頭が冴えてしまってもいる。きっと眠れないだろう。だったらもっと飲酒に耽ってしまってもいいかも知れない。


 この時間帯でも開いている激安チェーンの居酒屋で、あまり美味しくないビールを片手に対面する。僕の疲弊を慮ってくれたのか、沙也加は先ほどの饒舌が嘘のように黙った。

 周囲からすっかり出来上がった酔っ払いたちの騒ぎが聞こえてくる。僕たちと同じ大学生だろうか。その様子は楽しそう……というよりも躁のように強迫的に感じられた。僕には薄ら寒く感じられる。


「……不幸中の幸いですね」


 生ビールを半分のみ終わった当たりで、沙也加はようやく口を開いた。


「何が」

「信頼できる人物が実際に現れなかったことと、あとは彼女があまり勧誘がうまくなかったことでしょうか。こうした勧誘については様々な書物やSNSなどで情報が共有されています。例えば仏教系の新興宗教、あるいはバイナリーオプションについての勧誘、FXで絶対に勝てる計算ソフトが入ったUSBメモリを売る詐欺商法などですね」


 沙也加からはどこか楽しそうな様子が見受けられた。その様子を不謹慎である、と怒る気持ちにはなれなかった。僕自身が、彼女と同じような気持ちをどこかに抱いていたからかも知れない。


「いずれにしても、鉄板のパターンがあるのですよ。ターゲットを居酒屋やファミレス、喫茶店に誘い出し、当日になって「今日先輩が来る」というようなことを言い出す。ターゲットを二人がかりで逃げられないように、囲い込むように勧誘し……最後には入信や購入まで持ち込む」


 ……聞いたことはあった。大学でも良く注意喚起を聞く話であった。入学式や新年度スタートのオリエンテーションで必ずされる話でもある。僕はいつも、その話を他人事のように聞いていた。騙されるはずが無い……と。実際騙されることは無かった。話に聞いた例のイベントが始まった、とすら思った。

 しかし、かつての友人が僕を騙そうとしてきた、という精神的なダメージはまた別の話である。この間、沙也加が消えたときと同じような心理状態に陥っている。


「……大丈夫ですか。疲弊していますよ。ほら、飲んで飲んで」

「そういう大学生みたいなノリは好きじゃ無い」

「とはいえ大学生です。いくら飲んで失敗してもある程度までは許される身分ですよ」

「そう言う問題じゃ無い。……正直、ショックなんだ。その、仲の良かった人間にああいうことを言われるのは」


 そこまで言って、ああ、そういえば僕は似たようなことを沙也加にしたのだったな、と思い出す。僕がこんなことを彼女に言える立場にないのではないか、と思った。

 しかし沙也加はその事実を指摘したり詰ってきたりはしなかった。


「まず、問題を整理しましょう。まずセキくんは何にショックを受けているのですか?」

「何って……」

「眞野何某が騙されていたいうことか、眞野何某があなたを騙そうとしたことか。あるいはその両方か」

「……僕を、騙そうとしていたこと」


 自分の狭量さを突きつけられたような気分になる。

 結局のところ、自分が傷つけられたことが嫌なだけだった。


「だとするなら話は簡単です。眞野何某という人物の在り方は先ほどの問答である程度はかれました。あの人、思い込みの激しいタイプでしょう?おそらく彼女は本気でUFOカルトに傾倒しているのです。自分にとって真に必要なことだと思っていて、そしてそれをセキくんにも当てはめて、100パーセントの善意で勧誘しているのだと思います。つまり……」

「つまり?」

「彼女はあなたを騙そうとしたのでは無いと思いますよ。眞野何某とあなたの過去の関係まで否定されるワケでは無い、ということです」


 その物言いは何かを解決する言葉では無かった。

 ただ、沙也加が僕のことを本気で心配して、慰めようとしてくれていることは感じ取れた。


「……ありがとう」

「何を謝るのです。私はあくまで状況を整理しただけに過ぎませんよ。まぁ感謝は心地よいのでもっとしてくれてもいいのですが……と、それはともかく。あともう一つ良いことがありました」

「それは?」

「スターオブシールドの思想の一端に触れることが出来た点です。例えばプラヴァツキー夫人の名前をナチュラルに出してきていましたね。言わずと知れた近代オカルトの大家です。彼女の話の節々に神智学が見え隠れしていました。霊性進化論、アセンション、白色同胞団……ああ、そう言えば以前にグレートブラザーフッドの話をしたでしょう?」

「ああ……あったね」


 まさに舎利浜に行った時にその話をした覚えがあった。1950年代のUFO話に頻出するという宇宙人。様々な問題を抱える人類を啓蒙する友好的な上位存在……ということだった。


「あの思想は神智学における白色同胞団……ホワイトグレートブラザーフッドを借用したものなのですよ。UFOとグレートブラザーフッドを結び付けた尤も有名な人物は、やはりジョージ・アダムスキーでしょうか。彼はUFO目撃で有名になる以前はロイヤルオーダーオブチベットという神智学系の宗教団体を組織していました」

「アダムスキーの時代からUFOと神智学は結びつけられてたってことか」


 宇宙人やUFOというと宇宙的というか、科学的に考えられる存在に感じられる。ただ、オカルト界隈においては必ずしもそうでは無い。

 アセンションやチャネリング、超能力と言った精神世界的なものと結びつけられたり、あるいは政府の隠蔽の対象として陰謀論の中で語られたりもする。

 書店でUFO関連の本を探したりすると、これらがしっちゃかめっちゃかに混ざり合うように陳列されているケースが多い。UFOという言葉でひとくくりにされてはいるが、科学と精神世界、陰謀論では辿る思考も結論も、全く違うところへと導かれるケースが多い。


「ちなみにですけど、あなたの知る眞野何某はそうした思想に染まる兆候などはあったでしょうか?」

「……魔女を自称したり、占星術やタロットカードに傾倒したりはしてたけど。……あとは夜の校舎に忍び込んで星空を眺めたりしたっけ」

「まっとうな青春エピソードですか?反吐がでますね」

「いや、プレアデス星団に対してチャネリングしようとしてた」

「……やはり反吐の出そうな青春エピソードじゃないですか。私もセキくんとチャネリングする青春を送りたかったです」


 円藤沙也加からすればそうだろうが。

 正直、青春と言うにはあまりに痛々しすぎた。楽しかったかと問われれば確実に楽しかった。ただ、屈託はあった。確実に、僕と眞野ミコは学園生活の中で浮いていた。そこでたまたま仲間を見つけられたから青春のようなエピソードに仕上がったに過ぎない。


「……そういうたまたますら得られない人間だっていますよ。さておき、彼女は西洋で培われた東洋オカルトの徒だった、ということですね。……ちょっと分かりづらい言い方ですかね?」

「いや。つまり、ブラヴァツキーがやったみたいな、東洋思想に影響された西洋オカルト思想ってことだろ」

「はい。それです」


 いわゆるオリエンタリズムの一環、あるいはステレオタイプと言うことも出来るかも知れない。ノックスの十戒における中国人、ハリウッド映画などに出てくる侍や忍者、アメリカにおけるヒッピーブームにおける仏教系の瞑想……こういった文脈の中の一ページにブラヴァツキーも位置づけられる。ここじゃないどこかから来た思想というものはロマンを抱かせやすいものだ。


 ……まさしく、誰もが持つ感情だった。ここじゃないどこかへの憧れ。既存社会とは違う思想や思考、能力を得たい、知りたいと思う欲望。いずれも普遍的である。他者にマウントを取りたい、他者よりも優位に立ちたいという感情も必ずしも悪いものでも無い。その感情に溺れなければ。


「今のセキくんの言葉である程度分かりましたね。元々そうしたオカルト知識や意欲があった人物であり、だからこそあの場でもリーダーのような立ち位置にいたのでしょう」


 沙也加がまとめる。だが、だからどうなる、ということは何も定まらない。眞野ミコの立ち位置は依然として変わらない。僕がどうするべきなのかも、分からないままだ。


「冷静に考えると、まぁ連絡を断つことですよね。トークアプリをブロックして、これ以上の連絡が来ないようにする。相手の呼び出しがあっても出向かない。これまでの情に流されて、金を出したりしない。それだけです。ただ―――」


 ただ。

 そう、ただ、なのだ。僕と沙也加はそれだけでは無い。彼女は退魔師であり、僕はそのアシスタントだった。


「まぁ、手がかりですし。何かあった時のために連絡先だけは残しておきましょう」


 それに否は無かった。

 僕は友人を、自分の人生から切り捨てたくは無かった。

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