第27話 彼女と魔女の修羅場

「いいですか眞野まのさん。干乃赤冶ほしのせきや様はすでに我が円藤流の一員なのです。ヴァイローチャナ56世が7次元から語りかけてくるメッセージをチャネリングし、正しく世界に出力し、世界にリンゴを作り上げることが出来る唯一のメシアの子なのです。あなたたちの言う……白色同胞に救われる必要などない……否、救いようのない存在なのです。なぜ救われるのか。むしろ救う側と申しましょう。なのであなたの妄言に耳を貸すなどと思わないでくださいね」


 ずかずか、とトイレから出てきた円藤沙也加えんどうさやかは、まっすぐ僕たちが座っていた席まで行くと、挨拶もそこそこにこのように切り出した。


 ……いや。いやいや。

 どうなのだろう、これは。


 先ほど、僕が彼女の参戦に渋々ながら同意すると、彼女は『私の作戦としてはこうです。怪物には怪物をぶつける理論をここに援用します』と言い出した。彼女の好きなホラーバトル映画のキャッチコピーである。僕としては一抹の不安を抱いていたが、そこまでいうからにはとそのままゴーサインを出してしまった。 


 結果、彼女自身が怪物と成り果てて眞野ミコと対決し始めた。

 彼女の言うことは全く意味が分からない上に支離滅裂である。しかしいつものように、自信たっぷりかつ気品のある仕草で堂々と言う。そのせいで、まるで本当にどこかの宗教団体の一員であるかのように見えてしまう。


 対する眞野ミコの反応は、「はぁ?」という威嚇のようなため息となった。


「あなた、あの時の」

「ええ。その節はどうも」

「あの時は私たちのやり方に興味を抱いてたように思うのだけれど」

「ええ。もちろん、人々を救おうという高い志には敬意を表します。衆生を救おうという志は仏陀ぶっだ阿良漢あらはんも変わりません。ですが……すでに高い徳を積んだお方を、あえて低位の次元で活動させる意味などあるでしょうか?」

「……どういう意味かしら」

「つまりセキヤ様はあなたたちにはふさわしくないということです。即刻お帰りください」

「傲慢ね。お里が知れるというものだわ。同胞よりも優れた存在ですって?思い上がりも甚だしい。セキヤがそこまで高位の良性を獲得しているというのなら、なぜ肉体に縛られているの?すでに円盤に招聘されていないと可笑しいわ。マハトマ、乃至ないしハイアラキとして習合されているはずよ」

「まさしく、本来ならセキヤ様はアセンテッドマスターに迎えられても可笑しくない徳と霊格を備えていらっしゃいます。しかしながら、偉大なるクシティガルバ様の例にもあるように、本来であればより高位の格へと至る資格を持ちながら、あえてボーディサットヴァにとどまる方もいらっしゃいます。セキヤ様はまさしく、そのような崇高なる使命を持ったお方。徳を保ったまま、人々のために現世にとどまるマスターなのです」


 ……こういうのも、修羅場の一種というのだろうか。二人の女性が僕を巡って争っている様子が繰り広げられている。しかし仏教と神智学の神学論争のような不毛な会話を聞いても誰一人羨ましいと思うものはいないだろう。


 ちなみに沙也加が先ほどからまくし立てているクシティガルバだのボーディサットヴァだのは仏教用語だった。クシティガルバはお地蔵さんのこと。ボーディサットヴァは菩薩の意を指す。以前、沙也加に教えてもらったことがあった。


 そういえば修羅場もインド由来の言葉だったか。仏法を護る帝釈天インドラと仏法を乱す阿修羅アースラの戦いを指すとされる。果たして、この場ではどちらが帝釈天でどちらが阿修羅なのだろう。


「……なるほど、あなたの言うことには一定の理解を示してもいいわ。セキヤを良き魂……否、他者を導くほどの霊性を備えているというあなたの見解も、否定することじゃない。むしろ喜ばしいことでしょう」

「分かっていただけましたか」

「しかし。だとするならやはり私とともにあるべきよ。いかに高い良性を持っていても、マスターである以上、いずれアセンションしなければ救われないわ。まさか最後まで救われないまま人類を見守れというの?それは残酷なことじゃなくて?」

「さて、まさにその通り。マスターとしてこの世界にとどまり、ヴァイローチャナ56世の御心を伝え続けるのが彼の方の宿命であれば。私はその在り方をお支えするのみです」

「そんなことは許されない。世界が終わる前に選別される。そうする意外に救われる道は無いわ。あなた、セキヤがどうなっても良いというのかしら?」

「……まさか、と思いますが。いや、そんなことは万に一つも無いでしょうが……しかしあえて問いましょう。よもや眞野さん、あなた、自分が寂しいからと個人的なこだわりでもってセキヤ様を連れて行こうとしているのでは?いや、まさか。まさかです。そのようなことは無いでしょうが……だとするならば、それは単なる迷妄と言うほかありません。そのような雑念を持つものが、果たして良き魂として見初められるでしょうか」

「なっ……そんな、馬鹿なことを言わないで!」

「どうしたのです。魂の色が真っ赤になっていますよ?まさか図星を突かれたのでは?」

「そんなわけないでしょう!いい加減にしなさい!」


 ……いや、本当に。この会話は不毛では無かろうか。

 どこに向かっているのかどんどん分からなくなっていく。特に今のは決めつけと人格攻撃だった。ネット上のレスバトルを見ているような気分だ。

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