第24話 魔女の告白

 正直、彼女の常識への妙なマウントはどうかと思う。


 だが、謎の優越感に浸りながら安いワインを転がす彼女の姿はとても楽しそうだった。よく自分に酔う、なんて言い方を侮蔑混じりに言うことがある。このケースで言えばワイン自体よりもワインを飲む自分に酔っている、というような言い方である。


 そういう在り方は否定されがちだが、僕はそれでも良いのでは無いかと思う。大切なのは楽しめるかどうかだ。本質とか本物というものに囚われて、偽物を楽しめなくなってしまったら、そちらの方が問題がある気がする。


「……かつては酒に酔うなんて、野蛮で幼稚な人間のやることと思って軽蔑していたのだけれど」


 そこまでは思わないが、僕も飲酒に関しては否定的な見解があった。とにかく、酔った人間とは見苦しいものだ。こんなもの、と長らく思っていた気がする。


「……まぁね。でも実際飲んでみると、食事が美味しく感じられたりするし」

「深い知恵や神秘の扉を開いてくれもするわ。ワインを飲まない人間は人生の半分を損していると言ってもいいでしょうね」

「般若湯の理屈と同じこと言ってるね、君」

「信仰に準じられない半端物と一緒にしないで頂戴。私の神は肉の楽しみを否定などしていないわ。最後には捨て去るものだとしてもね」


 口と思考が滑り始める。

 僕にとって酒精は、知恵を与えてくれるものというよりも、思考の枷を外すものであるように思える。遠慮とか恥じらいとかが消えて、思ったこととか感じたことを言葉にするのに躊躇が無くなる。それは眞野も同じように感じられた。


 お互いに、色々な話をした。

 進学した先の話であるとか、新しくできた友人の話であるとか。あるいは古書店でシークレットドクトリンを購入した話であるとか。そういう他愛の無い話である。

 しかし他愛の無い話が出来る相手のことを、僕は友人と呼ぶのだと思う。時間を無駄にしても惜しくない相手は、それだけで貴重だ。


「―――それで、どうだい?そちらの大学生活は」


 ある程度話込んだ当たりで、僕はそう聞いた。

 グラスワインは4杯目になっている。そろそろネタに尽きて、当たり障りの無い世間話に移行するタイミングとなっていた。


 とはいえ、彼女の性格から言って帰ってくる答えは予想が出来た。


”大したことは無いわね。現代医学の限界が見えてくるというものだわ”


 などと言って魔術の素晴らしさを説き始めるか。あるいは生活の忙しさを嘆き、愚痴を言い始めるか。どちらであってもそれは眞野ミコらしいと思う。


 ―――思っていたのだが。

 帰ってきた反応はそのいずれでも無かった。


「…………」


 沈黙。

 彼女はロジックエラーを起こした機械のように静止し、虚空を眺め始める。


 時間が止まったかのようだった。聞いてはいけないことを聞いてしまったかのような、そんな錯覚に陥る。だが、大した質問では無いはずだ。非常識な質問でも、デリカシーに欠けている訳でも無い。


 眞野ミコは手に持ったグラスをぐい、と掴んだ。口の辺りをさまようように揺れていく。それは行くべき場所を忘れてしまった霊魂のような奇妙さだった。


「辞めたわ」


 不意に。

 これまでの沈黙と奇妙さなど無かったかのように、あっさりと言ってのけた。

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