第23話 僕と魔女の同窓会
居酒屋の建ち並ぶ歓楽街をそぞろ歩く。
その中を黒いゴスロリと着物の男女が連れ立っているのは、さぞ奇妙な絵面だろう。都内であれば違ったかも知れない。分母が増えれば、その中に奇妙な人間が紛れ込んでいても人々は気にしない。あるいは僕だけ、眞野だけが歩いていれば、それはそう言うものとして見逃されたかも知れない。ただ、このちぐはぐな服装をした二人組の姿は、間違いなく人目を引くものだった。
予約していたバル―――と言っても学生に手が届くレベルのものだが―――まで案内する。道中、久々に会った彼女に、どう話しかけたものか、と思案した。
服装のセンスは高校当時のままだった。それを人前で着る大胆さも当時のままである。そう、何もかも、僕と友達だった彼女のままのように思えた。
「―――この辺りも、随分変わったものね」
ゴスロリの彼女は通りを見回して、そう言った。しみじみと、どこか芝居がかったものがある。どこかで聞いたような、紋切り型の言葉だった。
「それ、言いたいだけじゃないのかい」
「実際変わっているでしょう。ビルが消えて、ドラッグストアが出来て、通りに気取った名前を付けて―――あそこにあったレストランも消えてしまったのね。人の世とは儚いもの。不変のものなど物質世界には無く、ただ心の中にしか無い」
まさしく。彼女の指摘するとおりだった。最後の言葉さえなければノスタルジックな世間話で終わることが出来ただろうに。
「―――心だって、儚いものじゃないかな。なにせ人の夢と書くんだから」
「精神は物質よりも高次のものと扱われるでしょう?肉の快楽は消えてしまうけれども、知識や志は腐らないもの」
「どうだろうな。精神が物質に働きかけることもあれば、物質が精神に働きかけることもある。陰と陽が対立する存在でないように、ふたつを簡単に分けることも出来ないと思うんだけど」
「あら、日本の土着信仰に傾倒したというの?そういえばその服装。前の趣味とは違うわね。誰かの影響かしら?」
さて。まさしく誰かの影響によるものであったが、さりとてそんなことを簡単に言うのもすこし悔しい気がした。
「そういう君は―――変わらないね」
本当は変わっていたのだと思う。
いや、変わっていた。間違いなく、彼女はそういう在り方を一度捨てていた。高校時代、僕たちの接触が減ったのは、彼女がオカルトな話題とか行動を取らなくなったからだった。僕は取り残され、彼女は現実へと帰って行ったのだと思った。だが、今日の彼女の様子はそうでは無いようだった。
予約していたバルは、ワインと肉料理をメインで出す店だった。高級店では無い。グラスワインは一杯400円ほどだったし、料理は下は300円ほどからあった。肉料理も自家製のハムが食べ放題だったりして、密かな穴場だったりする。店内は薄暗く、内装はエキゾチックなイメージのキャンドルやシャンデリアが多様されていた。
ひとまずグラスワインといくつかの食事を頼み、それから乾杯する。
「私たちが再び相まみえることが出来たのは、きっと星の導きによるものでしょう。再開を祝して、乾杯」
気取った仕草でグラスを鳴らすと、そのまま喉に傾ける。
彼女の格好だと一杯400円とは思えないような雰囲気を出し始める。まるで彼女がなにがしかの秘密結社の一員で、その秘密の会合の一幕であるかのような錯覚を僕に起こす。隠れ家系の内装であることもそれに拍車を掛けた。
―――すべては偽物だった。ごっこ遊びのはずだ。
赤ワインのアルコールが身体に回っていく。
渋い葡萄の香りをいっぱいに吸い込む。ワインではあるが良く冷えていた。安いチリワインだと、こういう飲み方のほうが美味しいと思う。
ひとしきり味わってから、眞野が口を開いた。
「―――安心したわ」
「何を?」
「とりあえずビール、とか。そういうつまらないことを言う人間になっていたりしたらどうしようと思ってたのだけれど」
「最初にビールを頼む人間が周囲に流されたつまらない人間である、というのもひどい偏見だと思うよ、僕は」
単純にここの銘柄のビールがあまり好みで無かっただけである。そもそも集団圧力に負けてビールを注文したことも無い。お酒なんて飲みたいときに、飲みたいものしか飲んだことは無かった。
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