第22話 僕と魔女の再会

 約束の日がやってきた。

 沙也加に言われるがままに、僕は着物と羽織と袴を着込んで駅前の約束場所に立っている。

 明らかに浮いている格好をしているのだが、しかし世間の視線は僕に集中したりはしなかった。人間は案外、他人の格好に注意など払わない。払ったとしても、見てない振りをする。 僕が羽織と袴を着込んだ和装をしていても、それはそう言うものとして放置される。


 ……眞野ミコはどうだろうか。彼女はどう思うだろう?

 かつての彼女ならば、不敵に笑うだろう。しかし、今の彼女は?


 彼女は変わった人間だった。一緒に出かけたりすると妙な格好をしてくるタイプの人間だった。他人のことなどお構いなしで、自分のやりたいことに対して一途であり、僕はそういう在り方が好きだった。

 ……そして、最後にはそういう在り方を捨ててしまった人間だった。


 僕と彼女は高校の同学年の生徒であり、高校生活のかなりの時間を一緒に暮らした人物でもあった。体育祭をサボって文庫本を読んでいた僕に話しかけてきたことがきっかけで仲良くなり、それ以来、良く会話したり行動を共にするようになった。


 内容はもっぱら魔術や魔法と言った物事について。タロットカードや占星術、あるいは実在した魔術師や魔術結社についての話をしたり、時には古書店まで出向いて魔術書の類いを探すようなこともあった。


 しかしある時期から関係が疎遠になった。彼女の家は厳格な家庭であった。彼女の家族は成績の低下の原因を、よからぬ道に引き釣りこむ友人に求めたらしい。事実とは異なる見解だった。


 しかし、大抵の人間にとって、検証された事実よりも自分が発見した真実のほうが価値を持つ。この件もその誤りを訂正する機会を得ることなく、そのまま僕たちは疎遠になっていった。


 その後の眞野ミコについては伝聞でしか知らない。同学年の関係者の間では某国立大の医学部に合格したとのことで、ちょっとした話題になっていた。そこまで関わりの無かった母ですら口の端に乗せたほどだった。


 僕にとってはどうでもいいことだった。僕が一緒にいた彼女は、自分を魔術師と言ってはばからない、妙ではあったが一緒にいて楽しい友人だった。

 そんな彼女から久々に連絡が来た。

 それはとても―――そう、とてもうれしいことだった。


 もちろん、人間はそのままでは居られない。もう、僕と友人だった頃の眞野ミコでは無いだろう。あの頃と全く同じ話は出来ないだろう。でも、決着を付けないまま打ち切られた物語にピリオドを打つことはできる。あるいは、また新たな関係を築くことも出来るかも知れない。


 待ち合わせに使われる時計台の下で、僕はひとり佇んだ。

 人々はせわしなく行き交ったり、あるいは再開を喜んでいたり、あるいは一人で煙草を呑んでいたりする。僕はその匂いに顔をしかめつつ、待ち合わせる人物のことを待っていた。


 待ち合わせは六時からで、薄闇が周囲を包んでいく。

 こういう時間を黄昏と呼ぶのだったか。誰そ彼―――あなたは誰、と。そう呼びかける時間。古くは万葉集にも使われるほどの古い、趣のある言葉。だがすぐ間近に大きな駅ビルや歓楽街があり、人の往来が途切れない空間において、その言葉は単なる夕闇以上の意味を持てない。


 ゆら、と。影が見えた。

 黒い影。それは女性だった。コンクリートで舗装された道の上、街灯の光が照らす中にぽつんと浮く異物のような女。それがただ通り過ぎただけれであれば、そういうこともあるだろうと見逃したかも知れない。ただ、それは僕を見ていた。まっすぐ、僕に視線を向けているように感じられた。


 レースが多用された黒いドレスに、やはり黒色のケープを纏っている。顔はヘッドドレスに覆われていて、遠目からでは表情が伺いにくい。

 いわゆるゴスロリ系の服飾だった。世界から浮いたような存在感を示すその女性は、まっすぐに僕を注視し―――やがて、こちらに向かって歩き始めた。


 こういう話を怪談会で聞いたことがあったな、と。そんな失礼で場違いな感想が頭を過った。友人と駅で待ち合わせていたら赤いドレスを着た女が目の前に現れる、という怪談。しかしその女はデコイであり、本命は最初から隣にいたブツブツと呟くサラリーマン風の男だった―――というオチだったか。意外な展開にドキドキした覚えがある。


 一つ言えるのはあの影は幽霊でもなければ怪談のデコイでもない。あの影を知っている。ああいう格好をする人間が僕の知り合いの中にひとりいる。そして僕は、その人間とこの時刻に待ち合わせをしていた。


「随分と浮いた格好ね、アナタ」

「君にだけは言われたくないな」


 芝居がかった、人を食った物言いに悪態をつきながら、既視感を抱く。この影を知っている。僕はこの影を見たことがある。

 ただ、それは当然のことだった。彼女は学校以外の場では、こういう服装をする人間だった。そして、こういう人を食った物言いをする人間だった。その姿に既視感を覚えたのだと思った。

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