第21話 僕と円藤妹の現況報告
そうこうしている間に仲見世通り商店街についた。
沙也加は「予算によって紹介するお店が変わりますが」というので、なるべく手頃な値段の店を頼むことにした。
これまでしていたアルバイトを止めて、沙也加と一緒に行う退魔の仕事を始めたのだが、あまり実入りが良くなっている実感は無い。
仕事一件あたりの収入は確実に良くなっているのだが、地理的・時間的に都合の良い依頼は多くない。入ってくる金額で言えばこれまでとあまり変わらなかった。
そういう訳で、出来るならあまり高くないところからスタートしたかった。
沙也加は僕の要望を元に古着屋を一軒紹介してくれた。
店内にはずら、と着物や浴衣がハンガーに掛けられて並んでいる。ラックの上部には英語で書かれた案内があった。着物の種類や向いている季節などについて書かれている。観光客も視野にいれているようだった。
どんなもんだろう、と値札を見てみると下は1000円から、上はウン万円という、値段の振れ幅の大きさに少し面食らう。
お互いにこれは、というものを選んでみる。
そのたびに「いいですね、なんだか書生崩れみたいです」とか褒めているんだかなんだか分からない感想を呟かれた。
「……これ」
そんな中、気になる一着を見つけた。
藍色に染められた着物と羽織のセットである。
「着物アンサンブルですね」
「……アンサンブル?」
「スーツなどと同じですよ。パンツとベスト、ジャケットが揃っているのと同じように、こちらも着物と羽織が同じ生地でセットになったものです。……うん。良いと思います。そこそこフォーマル、ここに袴も付ければどこにでても恥ずかしくありません」
「……それ以前に帯の結び方を学ばないといけない」
「私が手取足取り教えてあげましょう。」
うれし恥ずかしです、と本気なのか分からない表情で言った。
まぁ、帯の結び方を教えるというのなら密着することにはなるだろうが。
値段を見ると6000円ほど。けして高くは無い。スーツ一式をそろえたと考えると、お手頃ですらある。試しに羽織ってみてサイズがあっていることを確認すると、そのまま購入することにした。
購入し終えると、そのまま沙也加の家に寄ることとなった。角帯の締め方を教えてくれる、ということである。僕としては実際興味もあったし、学んでみるのも悪くない、と乗り気になっていたのでついて行くことにした。
円藤邸の勝手口から母屋へと向かい、絹葉女史に挨拶を済ませてから沙也加の部屋に通され、簡易的な着付け教室が始まった。
色々と手間取りつつ、なんとかかんとか貝結びの手順を覚える。
過去、何度か着付け手順を解説した画像や動画を見たことがあったが、こうして沙也加が文字通り手取り足取りやってくれると、それらよりも数段覚えやすかった。
とはいえ、その時点で結構疲弊していた。分かりやすいとは言え、なれないことをしているのに変わりは無い。だが、沙也加はそのまま「次は袴と……あ、そうだ。袴なら一文字結びですね!次はそれを学んでいきましょう。父のものがあったから……探してきますね」と部屋から去って行ってしまった。
このままだとまた晩ご飯を頂くことになるのだろうか。家族に連絡しなくては……などと思って沙也加のベッドに腰掛けて待つ。
5分ほどして、扉が開いた。
存外速いな、と思って視線を向ける。
「どうも~お久しぶり……ってほどじゃ無いっすね」
現れたのは
円藤沙也加の妹であり、色々なものを視る―――つまり、様々な怪異や霊を認識する霊能力を持つ少女である。沙也加が言うにはそこら辺に漂う霊はもちろん、生きている人間の放つオーラとか、時には未来が見えたりすることもあるのだとか。しかし、
彼女には以前の事件で大層助けられた。彼女は自身の能力を忌み嫌っていて、なるべくならオカルトに関わりたくない、というタイプの人物だった。しかし、この間はそれを曲げて色々と協力してくれていた。つまり、彼女には借りがある。
「……またサヤちゃんたら、こんな格好させて。すみませんね、姉が」
「いや、これはこれで興味深いというか、学んでみるのも悪くないなって思うよ」
「まぁ、セキくんさんが良いなら良いんですけど」
「それより、この間はありがとう。きちんと礼を言ってなかった」
「ん……ああ。良いっす良いっす。セキくんさんは悪くないっすよ。どちらかと言えばサヤちゃんが悪い」
そう茶化したような口調で言う。
そういえば「妹からお叱りを受けてしまいました」というような話を聞いた覚えがあった。僕自身はと言えば……大きなイベントであったし、あんな思いは二度としたくないとも思うのだが、しかし沙也加に対して怒りとかを覚えてはいなかった。結局のところ、あの時の僕は部外者だった。色々と複雑な様相や展開があって、沙也加は僕の前からしばらく姿を消したということもある。誰が悪い、という結論を短絡的には出せない。
そういうわけで、僕と沙也加はお互いにしれっとしている。ただ、それでも沙巫の手前がある。彼女は僕に形式上の謝罪を見せ、そして僕は受け入れるポーズをとった。それでこの話はおしまい……で良いのだが、沙巫的にはそうでは無いらしい。
「……それで、どうっすか」
「随分と漠然とした質問だけど」
「私の語りたくない方面の話です。一応聞いときます」
「していいのかい?」
「限りなく厭だけれど、焚きつけた手前、そのまんまほっぽっとくのはもっと嫌です」
「でも君はその……そう言う話をすると……感づかれたりするんじゃないのか?」
怪異に。
彼女が怪異を語りたがらない理由はきちんと聞いたことは無い。だが、想像するのなら、彼女は怪を語ることで怪に眼を付けられることを恐れている節があるのではないか。だとするなら、僕とそう言う話をすることは、彼女にとって大きな負担になる。
「ああ……まぁ、ここは清浄結界が張られてますし。ゼロにはならないっすけど外に比べればまだマシっすよ」
「なんだかハウスダストみたいな扱いだな」
「それっす。そういう感じ」
つまり霊的なものへの対策はこの屋敷の敷地内であれば取られている、ということだった。聞きたいというのなら、僕なりに最近感じていることを報告する義理はあるように思う。
「……そうだな。最近、沙也加の仕事に同行するようになって……多分僕の世界は変わり始めてる。それが良いことなのか、悪いことなのか、まだ答えは出ていないけれど」
円藤沙也加とともに居ることには、良いことと悪いことと両方があった。
少なくとも、沙也加とともに居ることは心強いし、楽しい。彼女の立ち位置を理解して、彼女の生きる世界を共有した。それは良いことだったと思う。
でも、同時に僕はこれまで生きてきたオカルトとの付き合い方を見直す必要にも駆られている。僕の生きている世界が、とてつもなく脆い足場の上にあるものであると知ってしまった。
僕が好きなものが、時に人間を傷つけるものである、ということを、実感してしまった。円藤沙也加とともに魔を退けることで、そう突きつけられてしまった。それは、きっと僕にとって良いことでは無かった。
「……君が前言ってくれたこと、あるだろ。あちら側に僕を護ってくれるものはいない。現実世界にしか、僕を護る者はいない……っていう」
「ええ。言いましたね」
「僕はさ、多分『良い』とか『悪い』とか、『あちら側』とか『現実』とか、そういう言葉で簡単に自分の居る場所を定義できない人間なんだと思う。沙也加と同じように」
もちろん、そこに至る過程は違うものだが。
しかし、表面上、僕と彼女のスタンスは共通するものを持っている。
彼女はオカルトのある世界で現実しか見ることが出来ず、僕は現実からオカルトを眺めることしかできない。
「サヤちゃんと同じとか、なんか生き辛そうっすよ」
「うん。そうだね。でも―――沙也加さんがそういう生き辛さを抱えるっていうのなら、僕もそれと戦ってみてもいいんじゃないかって。最近はそんな風に思ってるよ」
「……もしかして惚気聞かされてます?」
いや、そういうつもりは無かったのだが。
「でも、そうっすか。納得してるんなら良いっすよ。無理矢理サヤちゃんが引きずり込んだとか、嫌々やってるとかだったらアレっすけど。というか、そうなってんじゃないかって心配してたんすけど、杞憂でしたね」
少し考えてみたが、けして嫌々では無かった。
自分の在り方に悩んで、それを疑問に思うことこそあるが、しかし嫌だと思ったことも無い。相変わらず沙也加と会話するのは楽しいし、一緒に居たいとも思う。
「ま、今後もなんかあったら言ってください。姉が迷惑かけたら……出来る範囲で相談に乗りますし。ま、話の種類と場所にもよるんすけど」
「……ありがとう。なんかあったら頼らせて貰うよ」
「ええ、頼ってください。……と、そろそろサヤちゃん来ますね」
そういうと沙巫は部屋を去る……と言うことも無く、なぜだが僕の傍にぴったりと寄り添い始めた。
「……えっと」
「ささやかな仕返しとからかいを企画してやるんすよ。サヤちゃんにセキくんがいるのはもったいないという事実を突きつけてやります」
は?と僕が疑問の声を上げるよりも速く、沙巫は「着物も良いっすね!似合ってますよセキくん!」と大声で言い始めた。
「やっぱねー、この束感が良いんすよねぇ。腰の帯も……うん、良い感じ。自分でやったんすか?すっごーい!」
遠方から、すたすたと足音が聞こえ始める。
ああ、そういえば初めて来た時もこんなシチュエーションがあったような気がする。どうやら姉妹の鉄板のやりとりになっているようだ。……つまり、僕を出汁に姉妹のじゃれ合いをする、というのが。
さて、わざとらしく僕に密着する沙巫と沙也加の姉妹喧嘩もどきをどうやって治めるべきか、あるいは眺めるべきだろうか。
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