第19話 高校時代の友人の話
そんな悩みの中、僕はとある友人のことを書くことに決めた。
円藤沙也加のこと―――ではもちろん無かった。
高校時代の友人のことについてである。教授のアドバイスに素直に従った結果だった。
眞野ミコ、という少女と僕の話。
僕の数少ない友人であり、数多くの奇行に走った、ネタに事欠かない人物でもある。その人物との関係、および僕の複雑な感情についての文章を執筆し、ゼミの課題として提出するに至った。
『オカルトタイムズ』と題したその文章については、ゼミ内で様々な感想や意見が交わされた。
オチがない、二人の間にある感情がどういうものかわからない、いや分からないのがいい、個人的に雰囲気は好き、等々……
僕としては普通に講評してもらえただけ御の字だった。ゼミに提出しなくてはならないから、と苦肉の末に書き上げたものだった。「こんなの小説じゃない」みたいに言われたらどうしよう、とネガティブな心情に陥っていた。そこまで言われることが無くて安堵している自分がいる。
今年のゼミ誌はどうも提出率が悪いということで、紙幅を埋めるのに僕の作品を使う、というような話になったりはしたので、ゼミの面汚しみたいな扱いにはなってないと思うのだが。
さて、そうして出来上がったゼミ誌について、僕は沙也加に見せてみた。
彼女は作品が掲載されたゼミ誌を家に持ち帰り、一晩で読んだようだった。そこまで長い作品では無い。文量的には丁度いいのではないかと思う。
翌日、彼女は開口一番「話が違うじゃないですか」と文句を言ってきた。
「何が違うっていうのさ」
「私について書くんじゃ無かったんですか」
……などとは一言も言っていない。そうするつもりだったが、彼女に図星を突かれてから書く気がすっかり失せた。それだったら高校時代の変な学友についての小説を書いた方がまだマシだった。
沙也加からの感想は散々なもので、それは僕の作品への評価というよりも自分をモデルにして書かなかったことへの文句のようだった。
知るものか、と思う。
そもそも、書きたいと思っても沙也加について何か書けるとは思えないのだ。
円藤沙也加との関係について、僕は何も折り合いをつけていない。僕にとってこの人物は過去ではないのである。それは、沙也加という人間を客観視することができないということもである。
そういうこともあってか、昨今の沙也加は不機嫌だった。
ただそれもしばらくすれば戻るだろう……と思っていたのだが。
まさか、彼女をもっと不機嫌にする事件が起きようとは。
その、件の高校時代の友人から連絡がきた。
突然というか、脈略が無いと言うか。ある意味で運命的というか。ともかく僕は面食らった。
引き寄せの法則、あるいは噂をすれば影、だろうか。
「……へぇ?」
などというような話を沙也加にすると、どこか含みのある表情と声で返してきた。
いつもの意味の有無が分からないものでは無く、明確に僕を当て擦る意図が感じられる。
一緒にとっている講義である日本演劇史が終わり、いつものとおりカフェでパンケーキとコーヒーを飲みながら雑談をしていた。沙也加は始め、パンケーキを上機嫌で頬張っていた。しかし高校時代の友人の話を始めると、今度はやけ食い染みた頬張り方をし始めた。
もぐもぐ。あるいはむぐむぐ。
彼女がパンケーキを咀嚼する気まずい時間がしばし流れる。たっぷり咀嚼しきってからようやく飲み込んだ。襦袢の襟元から除く喉仏が上下に揺れ動くのが妙に生々しい。
「それで……乗るんですか?その、眞野何某とやらの誘いに」
「……そんな罠みたいな」
「罠と同義です。いいですか、高校時代の友人が急に連絡を取ってくるなど、宗教かマルチしかありません。そんな女の誘いに乗るより私と話していた方が賢明ですよ」
随分と偏見にまみれた発言である。そんなことは無い……とも言い切れないが、それにしたって随分な言い様だ。
「眞野は遠くの大学に進学しちゃったんだ。折角会いに来てくれるっていうんだから、僕としても会いに行きたいんだけど」
……それに、彼女との間にはちょっとしたわだかまりがあった。
小説に書いたことが僕と彼女の関係のすべてではなかったが、真実の一端が写し取られてもいる。
あって話して、このわだかまりを何らかの形で昇華したい気持ちもある。
「その、元カノ匂わせ的なの止めてくれませんか。脳が破壊されそうです。松果体の石灰化がガンガン進んでますよ、これ」
「元カノって……」
今日の沙也加はピリピリとしている。
独占欲……というとうぬぼれが過ぎるかも知れないが、それに類似した感情を抱いているらしことは想像がついた。
というか松果体って医学的にもスピリチュアル的にもそういう場所じゃ無い気がするんだが、どうなのだろう。
「ちなみにどこで待ち合わせするんです?」
などと聞くので、僕が通っていた高校の最寄り駅だ、と答える。チェーン店でこそ無いが安い居酒屋だった。
沙也加は駅名から店名、日時まで事細かに僕から聞き出した。ひとしきり答え終わると「まぁいいでしょう」と上から目線で許可を出すに至った。
「セキくんには対勧誘の極意をお教えするということで手を打ちましょう」
沙也加はあくまで勧誘であろう、という立場を崩さないようだった。
「いいですか、連中はまさか自分が相手を勧誘しようとしている……と、気づかれているとは思っていません。なのでまず、ジャブを入れてやるのです。初手で『まさか勧誘とかじゃないよね』と言ってやれば、さぞ面食らうことでしょう」
「そのジャブで友情も崩壊しそうだけど」
「ジャブ程度で壊れる友情など、情けないものとは思いませんか?何もやましいところが無ければ流されるはずです。そこで怒り出したりすれば、むしろ怪しいと考えるべきでしょう」
もっともらしい、と考えるべきか。それとも詭弁と思うべきなのか。
ああ言えばこう言う、沙也加節である。これを聞くのが結構楽しい。
「やけに詳しいけど、高校時代の友達に呼び出されて勧誘にでも引っかかったの?」
「いえ……ご存じの通り高校生の時に友人は出来なかったので。大学生になってからの実体験ですね。サークルの勧誘と思って行ってみたら宗教団体だったことがありました」
それはまた、何というかコメントに困る話である。
「あとこれも実体験なのですが、服装も大切な要素です」
「服?」
「はい。その日は私は着物で行ったのですが」
その日は、というよりその日も、と言うのが正しいのではないだろうか。
円藤沙也加が和服以外を着ている姿は一回しか見ていない。その一回もかなりイレギュラーな状況だった。退魔の仕事をするようになってからのことである。とある依頼を受けて沙巫の通う高校の中に入り込んだことがあり、そのとき、彼女は変装として妹の制服を着ていた。それが洋装をした沙也加の姿を見た唯一の例だった。
「気合いを入れてお気に入りの振り袖を着ていきました」
振り袖。もっぱら卒業式や成人式などで使われるタイプの着物だったはずだ。
名前の通り、袖がとても長い。第一礼装という、フォーマルな場所で着られる着物とされている。ドレスやモーニングコートのような扱いの着物とのこと。
ちなみに今日の沙也加はライムグリーンの小紋に羽織を着ている。略礼装とカテゴライズされるものであるらしい。それなりにフォーマルではあるが、普段着として着用しても可笑しくないという。
「私の格好を見た瞬間のえ、という顔が忘れられません。勧誘したときの格好は浴衣だったので油断してたんでしょうね」
現代の服装になぞらえるなら、普段はTシャツ短パンレベルのラフな服装をしていた人物が、約束の時間にフロックコートを着てきた、というようなところだろうか。確かにそれは面食らうというか、ビックリすることだろう。
「あ、そうだ。良い機会ですよ。その眞野何某との約束に行く用の着物を見繕ってあげましょう」
「……いや、大衆居酒屋だぞ。そんな目立つ格好していくようなところじゃない」
「まぁまぁそう言わず。浅草周辺に安くて品揃えの良い店があるのですよ。そこで見繕っちゃいましょう」
そういうわけで、あれよあれよという内に沙也加に押し切られて浅草まで行くことになってしまった。勧誘がどうとかは建前だと思う。おそらく僕に着物を着せたいだけだろう。しかし、ニコニコしながら僕の手を引く沙也加の表情を見ていると、そんなことはどうでも良い気がしてくる。折角機嫌が直ってくれたようだし、水を差すことも無いだろう。
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