第16話 僕の芦屋への違和感

 その後は近況や彼の後輩が出したという心霊動画についての話、彼がプロデュースしているという配信者の話などをしていた。

 いずれも興味深い話だったのだが、そんな中で急に別の影が僕たちを覆ってきた。


「やぁやぁ、どうも」


 現れたのは芦屋美智蜜だった。彼は発表の時と同じ服装でこの場に着ている。手にしているのは……レモンがグラスの外側に刺さったカクテルだった。コップの縁には塩がまぶされている。ソルティドッグが何かだろうか。

 意外……と言うほどでは無い。そもそも○○だからこのお酒を飲む……なんてことも無いだろう。

 ただ……なんというか、このいけ好かない人物の嗜好が垣間見えるようで、それは据わりが悪い気がした。


「……ったく、来やがったなエセ陰陽師」

「エセとは失敬ですねぇ、坂田君」

「失敬でも何でもねぇわ。実際テメェがやってんのは陰陽道じゃねンだから。神代文字とソロモン王の魔術のちゃんぽんとか、聞いたことねぇわ」

「何度も言ってるがねぇ、ユダヤと日本が同祖なのは明らかだろう?籠目紋とダビデの星のデザインは完全に一致している。そして伊勢神宮にはこのダビデの星が描かれた石灯籠が並んでいるんだよ。さらに陰陽道を伝える秘密結社八咫烏には迦波羅なる秘技が伝わるという。五行説とセフィロトの木の共通点も見逃せないね。そして神代文字……とりわけカタカムナ文字はその伝承をアシア・トウアンなる人物が行っていたこともよく知られている。陰陽道ーユダヤーカタカムナには明らかに繋がりがあるのだよ」


 芦屋が騙る内容は色々な偽史言説や陰謀論―――いわゆる日ユ同祖論のちゃんぽんだった。どうしてもちぐはぐさが拭えない。それを、堂々と得意げに僕らに聞かせてみせた。

 完全に信じているのか、あるいは全く信じていないかのどちらかとしか思えない。それくらい、男の語りには迷いが無かった。


「それよりも、私めとしてはこのメンツが揃ったことについて語り合いたいねぇ」

「このメンツがなんだってんだ?」

「”ちよろずのつどひ”に関わった人物が勢揃いじゃ無いか」


 その名前が唐突に出てきたことに驚く。

 なぜ、と僕が口にしようとすると芦屋は先回りして「なぜ、と思ったろう」と言った。


「それはもちろん。わたくしめが、連中に洗脳された君を助けたからだとも。円藤くんが不用意に一般人を巻き込み、そして僕に頼ってきた。そういう経緯だったからねぇ」


 そういえば、と思い出した。

 学祭の日、古代史研究会の発表を聞きに行った前後で僕の記憶が定かで無いところがあった。色々あって思い出すことは出来たが、確かにあの一件は不可解だった。

 僕はあの日、ちよろずのつどひの首魁である大久瞑の能力によって洗脳されかけた。いや、一時完全に世界観を上書きされていた。彼らの騙る歴史に共感と憧れとどうしようも無い郷愁をいだいた。僕を止めようとする沙也加を詰りさえした。

 しかし、そのあとしばらく僕はその記憶を失っていた。おおむね、大久瞑の能力によるものかと思っていたのだが、考えてみればおかしい。僕が彼らの世界観に上書きされていたというのなら、それを解いたのは彼らでは無いことになる。

 それが、このいけ好かない男ということなのだろうか。


「何が洗脳から助けた、だ。テメェの手口じゃ別の洗脳をしかけたようなもんだろ」

「なにを。そんなことしなかったよ?そうしてみても面白いと思ったんだが、思ったより解呪に手間取って結局やらなかったよ」


 むはは、と。男はわざとらしい笑い声を上げた。その様子がいちいち癇に障ってくる。


「結局やろうとしてたんじゃねぇか……つーか円藤、テメェなんでコイツに頼った?」

「すみません。確かにこの方は信頼にも信用にも値しませんが……それでもセキくんがピンチだったもので。ひとまず正気に戻すに当たってこの方の能力を利用しようかと思ってしまいました。気の迷いとしか言いようがありません」

「餅は餅屋、というだろう? わたくしめは陰陽師にして神代文字使いでもある。だからご指名をいただいたというところですかな」

「にしても相談する相手は選べよ……」


 仮にも助けて貰ったと言うのにこの二人の言いようはどうなのだろう。


 もちろん、僕もこの男はなんとなく好きになれない。明確に嫌いだ。男の物腰も喋り方も表情も、何もかもが胡散臭い。とはいえ、それと助けて貰ったという事実は別ではないのか。


 芦屋はふたりに「やれやれつれないねぇ」と大げさに嘆く仕草をして見せた。しかし、あまり本気であるようには思えなかった。

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