第15話 僕と彼女の反省会
発表が終わると、そのまま懇親会という運びになった。
予約されていた四谷近辺の趣のある大衆居酒屋に移動し、そこで行われるということだった。僕と沙也加もそこに参加することにした。
こうして見ると、色々な人間が参加している。
先ほどまで袈裟を着ていた剃髪の男性はスーツに着替えてビールを飲んでいたりするし、エクソシストっぽい男性は赤ワインをたしなんでいたりする。巫女姿の女性はすっかり私服に着替えてカクテルを飲んでいた。
「あれが般若湯ってことかな」
「僧侶だったらそんなもので得た知識は偽物の迷妄として退けて欲しいですけどねぇ」
般若湯。僧侶が酒の飲むときの呼び方である。
般若のごとき知恵の現れるお湯……という。どう考えても言い逃れだ。が、日本の僧侶としては珍しくも無い。まぁそもそもあの人が本当にお坊さんなのかどうかも分からない。コスプレと言う可能性もあるし。
そう思うと、その隣の赤ワインをたしなむカソック姿の男性はキャラを遵守している感があった。
「神は酒の下に人を作らず、と言ったのは誰でしたっけ。人類は酒と切っても切れない関係だったと言っても過言では無いでしょう。考古学者の中には村落や都市が生まれた一因に宗教や農耕とならんで酒造を挙げる人もいます」
「……つまり?」
「仏陀ならぬ人の身で酒を断つのは難しいってことです」
などといつもの虚言を弄しながら、狭い居酒屋のさらに隅に固まりながら二人して熱燗を啜ていた。
反省会、というテンションだった。
あの後、僕たちはチュパカブラについての発表をした。しかしあのUFO話の後だと色々と霞んでしまう。折角準備したのに、という気持ちがないでも無かった。
「正直パンチが弱かったのかも知れません」
「……まぁ、ねぇ。芦屋氏以外もスピリチュアル酒井さんの水子霊の架空解体事例とか結構興味深かったし」
それに比べるとチュパカブラ退治はちょっとパンチが弱い。
何せ元ネタを特定して存在を否定しただけだ。題材が昨今にしては珍しい、という話でしか無い。
「ま、別段反応があるからやるって訳でも無いです。これをきっかけに相談したりされたり、という場でもあります」
「そういうもんかね?」
「そういうものです。今日来ていた架学会員の方に『ああ、あのチュパカブラの』とスムーズに相談に乗って貰ったりも出来るかも知れません。これに懲りずにやっていきましょう」
と、僕たちが会話していると人影がぬう、と現れた。
影の方に顔を向けるとそこには長身のスキンヘッドの男性が立っていた。
「よう」
と、片手を挙げて僕の隣に座り込む。
彼は坂田比良金。この間お世話になった退魔師の男性だった。
沙也加がいうカナさんであり、彼女はこの男性に頭が上がらない。
以前の事件で僕には結構な迷惑を掛けた自覚があった。それはおそらく沙也加も例外では無い。あの一件以来顔を合わせていなかったので、少し萎縮する。
が、坂田はそんな僕たちの様子を気にとめることも無いようだった。
「今日は来てくれてあんがとよ。急に発表しろとか、無茶振っちまって悪かったな」
「いえいえ。これくらいお安いご用です。……ああ、そういえばセキくんには言ってませんでしたか。発表を勧めてきたのはカナさんなのです」
そうだったのか、と思いつつ、同時になるほど、とも思った。
懇親会の会場まで僕たちを誘導したのは坂田氏であり、どうやら彼がこの会の幹事であるようだった。つまり、色々と会を取り仕切っているということなのだろう。
「おう。お前もどうだ?あの後もやってるみてえだが」
「はぁ。まぁ、なんとか」
何とかやっている、としか言い様がない。
僕としては色々と価値観を揺さぶられた末に沙也加と一緒にいることを選んだ。それでも何とかやっている。だが、いつまでもこのままでいれるのだろうか、という思いも相変わらずあった。
「ならいい。円藤も、あんま無茶させんなよ」
「もちろんです。私とセキくんは比翼連理の関係です。セキくんが傷つけば私が傷つき、私が傷つけばセキくんも傷つくのですよ。そんな無茶などさせません。させる輩はむしろぶち飛ばす覚悟だったりします」
「おう……そうか。なら良いけどよ。酔ってる?」
「酔ってません」
明らかに酔ってるときの言葉の滑り方だった。
僕はまたいたたまれなくなり、ぬるくなったコップの中の酒を一気にあおった。店員を呼んで次の一杯を要求する。
まもなくやってきた徳利から注いで、またあおる。
酔いは沙也加の言動から来る、いたたまれなさから逃避させてくれる。やはり、知恵とかそういうものをくれるものには思えなかった。
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