第14話 芦屋美智蜜の発表

「お久しぶりの方、初めましての方、色々いらっしゃることでしょうが、ご挨拶させていただきますねぇ。私はアーシャ・ミッチェルと申します。世を忍ぶ仮の名前は芦屋美智蜜」


 そういうと、男はPCを操作してパワーポイントを操作する。

 画面上に円形の記号がずら、と並んでいく。

 それは見覚えのある図形だった。円形の図形によって構成された文字、神代文字の一種であるカタカムナを用いたものである。


「こちらは私の名前をカタカムナで表記したもの。みなさん、是非お覚えいただきたく。普段はカタカムナ始め神代文字関連の書籍を執筆いたしましたり、それを用いて除霊などしております。この会場にいらっしゃる方たちからいたしますと、まぁ目の上のタンコブと言ったところでしょうかねぇ。ああ、ご安心ください。文字に架空接続などさせておりません。単に、私の名前を表記したものに過ぎませんし」


 もっとも、この会場にいらっしゃる方々なら、もし何か呪いを残していても簡単にはねのけられるでしょうがねぇ―――などと、付け加えた。

 なんというか、剣呑な空気だった。

 会場には一触即発の空気すら漂い始めている。


 僕は隣にいる沙也加に「こんな殺伐とした集まりなの?」と小声で問う。


「芦屋さんだからです。基本的のこの集まりは伝統的退魔の手法に限界を感じたり、世間に膾炙かいしゃするスピリチュアル商法による怪異の氾濫を抑制する立場の人間が多いのですが。あの人は違います」


 怪異を架空と知りながらその世界に没入し、他者を惑わすことに躊躇が無い。方便として架空を用いているのでも無い。

 彼は架空によって彩られた世界に身を置いたまま、それを疑う人々の集まりに平気で顔を出すばかりか、そこに居る人々をおちょくるような物言いで挑発しもする。


「……つまり、あまり好かれる要素の無い人というわけです」

「まぁ、なぁ」


 あの厭らしい笑みは確かに好きになれそうも無い。


「さて、普段は神代文字関連や日ユ同祖論などについての事例を紹介しておりますが、今回は少し趣向を変えたいと思います。今回はタイトルにもあるとおり、とあるUFO団体についての話です」


 


「シールドオブスター。星の盾の会。こちらについてご存じの方はいらっしゃるでしょうかねぇ?1990年代に発足したとあるUFO団体です。UFO団体と一言に言っても、もちろん一律ではありません。思うに、大まかに三種類に分けられる……まず、UFOの実在を科学的に立証しよう、という立場。逆にUFOの存在を科学的に否定しようという立場。そして、UFOや宇宙人を一種の神と捉え、信仰する立場」


 あるか、無いか。あるいは、信じるか。

 芦屋がいうところによればUFO団体はその三つに分かれると言うことらしい。


「そしてシールドオブスターは三つ目。彼らにとってそれは信仰対象ということになります。さて、まずはその教義について語っていきましょうかねぇ」


「度重なる環境破壊や電波帯の利用によって地球上の生物たちは疲弊している。そのため、行動に出なければならない。と、こうした思想が彼らのベースとなるものです。……これだけならば環境団体と言い換えることも出来るでしょう。対決するのは陰陽師はじめ、退魔師の仕事ではありません。しかし……『そうして疲弊した生物の救済のため、約束の日にUFOが現れる』と。どうでしょう?この一言が加えられるだけで、ほら。カルト団体のできあがりです」


 芦屋の言う通りだった。

 どんなに筋が通っていようと、その根本にオカルトがあれば、それだけですべてはオカルトに変わっていく。


「彼らの思想の根本はドゥームズ・デイ・カルトの変形。あるいはハルマゲドンであり、あるいはノストラダムスでもある。いわゆる終末論がベースと言えましょう」


 しかし、と芦屋は二の句を継ぐ。


「きたるべき約束の日、しかしすべての人類に救済が与えられるわけではありません。いわく人類は悪徳を積みすぎている。選ばれるためには条件があるのです。徳を積み、カルマを精算できたものだけが救済される、というね」


 その言葉だけを聞くと、特に悪いイメージは起きない。

 善行を積めば天国に行ける、などというのは道徳を説く言葉としてはありふれていた。


 しかし、舎利浜での出会いを思い出す。彼らのいう善行とは、すなわち電波を黒い服で吸収することだった。

 案の定、芦屋の話題はそこへと移っていった。


「彼らは環境団体であり、同時に反電波を掲げる集団でもあります。電波は人々に悪影響を及ぼす。そう、それゆえ、黒服を着ることで電波を吸収する。そうして生物たちを電波の影響から救う。そして―――約束の日、彼らは救済される権利を得る。そういうロジックになっているのですねぇ」


 ―――果たして、電波が人間に甚大な影響を及ぼすのか。

 僕はそれについて判断を下せる立場に無い。いまのところ僕に影響は出ていないし、周りの人間にもでている様子はない。だから今後もスマートフォンやPCは普通に利用することと思う。5Gはじめ、新しい電波帯が導入されればその恩恵を享受することに躊躇いは無かった。


 しかし。歴史を見れば、その判断が正しいとは言い切れない。

 身体に有害で無いと思われていたものが、後になって甚大な被害をもたらしていたことが明らかになる。そういうことは人類史上、頻繁に起きている。


 例えばラディトールという薬がある。1920年代のアメリカで、ウィリアム・J・A・ベイリーという人物が売り出したこの薬物は滋養強壮に効くという触れ込みで販売されていたが、その実、蒸留水と放射性物質であるラジウムを混ぜ合わせた飲料だった。当然のことながら、身体に多大な影響をおよぼす。愛飲者だったとあるプロゴルファーは歯と下顎が抜け落ち、癌によって死亡した。


 ラディトールに限らず、1920年代のアメリカには放射性物質を含んだ飲料や化粧品などが売られていたという。いずれも健康を売りにしていた。

 当時の彼らにとって放射性物質は『良いもの』だった。


 翻って、今の僕たちが享受する『良いもの』が、いつ牙を剥くのか、それとも剥かないのか。それは分からない。

 一つ言えるのは、人の恐怖を嗤うことは出来ないということだった。パラノイア染みたものであったり陰謀論であったりしても、その真偽を本当の意味で見極めることは難しい。


「……こんな話を知ったのもとあるきっかけがあってのこと。過日、私はある依頼を受けました。とあるご家庭より、家の窓から怪光が見えるという依頼。当初、彼らはそれを鬼火とか霊魂とかそういうものと捉えおびえてらっしゃいましてねぇ。なので、そういう解釈でもって私も祓おうとしておりましたが―――しかし調べていくと、とある真相にたどり着きました」


 それは、その家庭の隣人がシールドオブスターという組織の会員であった、という事実だった、という。


「隣人の方にも聞き取りをいたしましたところ、大層お喜びになりましてねぇ。『あれは救済の光だ』『私と隣人の元にもついにUFOが現れたのだ』などと」


 芦屋は、くく、と笑いをかみ殺しながら言う。


「まぁ、もともと私のような陰陽師に依頼を出して、しかも鬼火などと言い出すのですから、素質はあったのでしょう。ええ、その……救済のUFO?という話を聞きまして、ならば安心だ、と。そのままシールドオブスターに入団されました。現在は隣人同士、仲睦まじくUFOによる光を眺めてらっしゃいます」


 ……内容はともかく。

 僕はあの男にそこはかとない気持ち悪さを感じている。

 彼は嘲笑っている。

 他人の恐怖を祓うと言う立場にありながらその恐怖を嗤い、他人に救いを齎す立場でありながら、その救いすら嗤っている。

 僕はこの男と仲良くなることだけは無いだろう、と思った。


「これだけなら何の問題も無いハッピーエンド。問題はこれからなのですねぇ。この一件からわたくしめは彼らに興味を覚えまして。情報を集めることといたしました。教義から成り立ち、メンバーの傾向、金の流れ等々……そうしておりますと、ある興味深い符号があらわれてきました」


 その符号とは何か。

 男はさらにもったいぶって話を続ける。


「私めはさきほど、『徳を積みカルマを精算したものだけがUFOによって救済される』と言いました。では救済とは?何を持って救済とするのか。何を持って救われたと定義するのか。それはすなわち、肉体からの解放です」


 肉体からの解放。

 その言葉の意味を、僕の脳は一瞬図りかねた。

 だが、それが意味するところを徐々に思いたる。

 それは、つまり―――


「我々の言うところの死、ですねぇ。単なる死ではいけません。UFOが迎えに来て、その上で死ぬとUFOが彼らの魂をキャッチしてくれるとかなんとか。正直、UFOカルトとしては陳腐です」


 UFOが現れ、その上で魂がそのUFOに選ばれれば、救済を……つまり死を得られる、ということになる。


「勝手に死に、勝手に救済される。それだけならお騒がせではあってもそこまで問題ではありませんねぇ。しかしさらに調査を続けておりますと、興味深いことが明らかになりましてねぇ。それというのも、シールドオブスターの構成員たちに多額の死亡保険が掛けられているということです」


 話の風向きが変わってくる。死亡保険、というワードを聞いた瞬間に、僕はむしろ安堵していた。

 これまでの話は自分と違う価値観の話だった。僕とは違う場所に死と生の位置を定める人々……その在り方に対して、僕は嫌悪とともに心惹かれていた。

 だが。もしその動機が金銭にまつわるものであったとしたら。そのために何らかの方法で人々を操る存在がいるのだとしたら。そういう在り方は容易に想像することも理解することも出来るものだった。だとしたら、それは恐るるに足らない。


「現実問題として、彼らのUFOは架空存在としてこの世界に出力されつつあります。方々でチャネリングを試みたり、あるいは全く別の架空存在をUFOと定義したり……今のところ、大々的な問題とはなっていませんがねぇ。もしこの問題に架空接続者が絡んでいたら?あるいは、このUFO信者の中に架空接続者がいて……UFOの存在と死を結びつけたりしたら?これはもう、大変な事件となりましょう。今後もウォッチングする価値のある題材ではないかと思い、今回は取り上げさせていただきました、というところで私の発表は終わらせていただきます」


 そう結んで、男の発表は終わった。

 会場がにわかに騒がしくなる。どういうことだ、とか。もし本当なら偉いことだぞ、とか。そういう声が漏れ聞こえてくる。


「……偉い話を聞いてしまいましたね」


 沙也加も例外では無い。


「本当だとしたらこれ、かなり厄介ですよ」

「……というのは?」

「カテゴライズの問題です。果たしてこれは架空存在の問題として定義すべきか、それとも犯罪として扱うべき話なのか、ということです。知っていますか?現行の司法制度は呪術や魔術といったものを犯罪の証拠として取り扱うことはしません」

「それは、まぁ」

「この問題が架空側で収まる分には我々が対処すればいいのですが、これが保険金詐欺とかの犯罪となると警察が絡んでくることになる。問題が越境してしまうとかなり厄介です。かえって我々の方が眼を付けられる可能性もあります」

「その、よく心霊探偵ものの小説とかだと、警視庁には公表されていない心霊課があったりするけど、そういうものがあったりは……」


 言いつつも、無いだろうな、と内心思っていた。

 案の定、沙也加は「角川ホラー文庫の読み過ぎです」とにべもなく否定した。


「残念ながら寡聞にして、です。陰謀論的な思考で言えば、我々が知らないことこそ隠されている証拠だ、と言うことも出来るでしょうけど……」


 いつもの陰謀論を当て擦った物言いも少し歯切れが悪い。

 それくらい、面倒なことであるようだった。


 先ほど、僕は死亡保険というワードを聞いて安堵した。そこに僕の理解できない恐怖は無かったからだ。だが、それはつまりオカルトとか神秘的な恐怖が取り除かれただけ、と言うことでしか無い。


 ……つまり、もしあの陰陽師が示唆した通りの展開となれば、それは不可解な連続怪死事件とかそういう未解決事件の側として取り扱われることになる。それが真実、未解決なだけの事件であれば何の問題も無い。


 だが、本当にこのUFOによって死者がでたりしたら。

 その原因と言ってもいいものを我々が掴んでいても、現行の司法制度では証拠として扱われなかったら。

 退魔師はそれを放っておくべきなのだろうか。


「……まぁ、連続怪死を引き起こせるほどの架空接続者なんてそうは居ないでしょうし。そうなると普通に保険金詐欺として終わるかも知れませんね」


 沙也加はそれを良いこととも悪いこととも言わなかった。ただ、事実を指摘しているようだった。どちらであっても、碌でもないことは間違いない。

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