第12話 僕と彼女の資料作成
「すごい人が集まる会があるんですよ。来てみませんか?」
大学構内のカフェでいつものごとく沙也加と会話していたときのことだった。
やはりいつものごとく、僕に何かのパロディめいた物言いでどこかへ誘ってきた。
「すごいって、具体的には?」
「霊能力で年収200万を稼ぐ人とか、某大学で教授としてネットロア研究を行う人とか。自称蘆屋道満の末裔とか、ああ、それと以前セキくんもお世話になった坂田比良金先生もいらっしゃいます」
「それは―――」
例の彼女が所属する架空存在学会のことだろうか。
退魔師や拝み屋が集まり、色々な説や事例を紹介しあう会、と言うのが彼女の紹介するところの架空存在学会、略して架学会だった。
正直言って怪しげな会であることは間違いない。年収1000万円稼げるようになる情報教材とか、人脈を広げるスタンディングバーとかネットサロンと比べたら、世間一般の評価はスタンディングバーに軍配が上がるだろう。
「それは社会における主流が資本主義となっているからです。人類は生まれてからこの方、何らかの方法で世界を改変しようとしてきました。それを金銭を持って世界のルールを改変しようとするのか、それとも呪術でもって改変しようとするのかの違いしかありません」
「どちらにせよ胡散臭いことは認めるわけだな」
「―――真面目な話、是非来て欲しいのです。というのも、今度チュパカブラの発表をすることが正式に決まってしまいまして」
「ああ、あの」
茨城へのちょっとした小旅行から2週間ほどが経っていた。
二日目のUFO団体との遭遇の印象が強かったものの、そもそもは家畜を襲う怪物退治が本来の仕事だった。
確かにあの時、「学会で発表できるかも」などと言っていた。しかし本当に発表をすることになるとは。
「学会の人と話していたら『良いテーマだ』とかなり強引に勧められてしまいまして」
「断れないの?」
「ほら、セキくんもあるでしょう?この間書いた小説がゼミ誌のページ埋めに採用されそうって。そういうアレです」
つまり断れないと言うことらしい。
そうして僕たちは発表に向けての準備をすることとなった。
大学にはPCルームがある。そこで発表に向けてパワーポイント作成や資料集め、原稿作成などを行う。
また図書室には発表などの練習をするための小部屋があり、二名以上で借りることができたので、そこで沙也加と打ち合わせを繰り返した。
―――思えば、だが。僕のゼミではこうした発表などを行うことはあまりない。
やることは作品を読んで批評をするか、自分で作品を作るかだ。
なので、彼女と一緒に発表の準備を行うのは、大学生らしい良い経験が出来たように思う。他の学生たちに混じって、
「セキくん、チュパカブラの初出の年代間違ってますよ」
「あ、ホントだ」
「『いらすとや』ってチュパカブラの画像まであるんだな……これ使えないかな?」
「おや、四足歩行型と二足歩行、両方あるじゃないですか。これなら皆さんにもイメージしやすくなりますね」
みたいな会話をするのは少し妙な気分はあったが。
そうして、学会の日がやってきた。
「主に四谷の貸し会議室で開かれることが多いですね。今回もそうです」
沙也加が言うにはそう言うことらしい。
大学が終わると、と彼女の案内に従って四谷駅へと向かう。
講義が終わったのが15時。学会の開始は17時から。時間はある。
キャンパスから四谷駅までは徒歩で行けるため、二人でお濠に沿って歩くことにした。
彼女は相変わらず和服にキャリーケースという格好だった。発表に使うノートパソコンは彼女のキャリーケースの中に入っている。これをプロジェクターにつないで動作確認などを行えば、発表はすぐにでも出来る。
僕は結構緊張している。しかし沙也加は平常心を保っていた。あるいは、おくびにも出さないだけで緊張しているのかも知れないが、外からは分からない。
「そういえば虚舟で思いついたことがあるんですよね」
「というのは?」
「あのウンモ星人のマークに似ている、と言われる文字です。あのマーク、何か思い出しませんか?」
と、急に言われても思いつかない。
何だったろう、と頭を働かし―――そういえば、最近購入した古本があったことを思い出した。
「もしかして神代文字?」
「当たりです。やっぱり当意即妙ですね、私たち」
相思相愛とか以心伝心みたいにその四字熟語を使う人はあまり居ないのではないか。
それはさておき、僕が神代文字という連想をした理由はある古本―――正確に言えば『竹内文献』がきっかけであった。
「僕さ、『竹内文献』の写本買ってみたんだよ」
「ほう?読了できましたか?」
「全編原文で書かれていたから無理だった」
「でしょうねぇ。あれ全部神代文字で書かれてますから。と、ならば私の言いたいことも理解していただけると思うのです。つまりあそこで書かれている文字というのは当時の『未知の文字』の文脈に沿っているのではないか、ということなんです」
以前、神代文字について会話をしたときのことを思い出す。
作られた動機は『漢字以前の大和言葉を書き記していたはずの文字』というものだった。
その文字は0から作られたものではなく、例えば陰陽道や道教などで使われていた呪術文字を転用したり、ハングルをそのまま古代文字として紹介するというケースもあったという。
「竹内文献が取り上げられるようになるのは明治以降ですが、その想像力は江戸時代から連綿と受け継がれてきたものでもあります。我々の知らない未知の文字、としてああいうデザインが用いられる傾向があったのではないか。江戸時代において古代文字と異国の文字は同一線上の想像力に根ざしたものだったのではないか―――という仮説なのですが」
かなり説得力があるような気がする。
そういえば、とまた別のことも思い出す。日本美術史の講義の内容だった。
「江戸時代の浮世絵でさ、なんかああいう文字が流行ったって話なかったっけ?額縁にアルファベットみたいな文字をあしらうっていう」
「えっと……なんか聞いた覚えありますね。なんだったかな―――」
沙也加も記憶には残っていなかったようだった。
疲れていたのか、あるいは彼女が例の組織の合宿に潜入してた時期の講義だったから記憶に残っていないと言うことかも知れない。
ともかく、沙也加はスマートフォンを取り出すとなにやら検索し出す。
「『アルファベット 浮世絵』で調べてみますね。―――ああ、蘭字枠っていうワードが出てきましたよ。これじゃないですか?」
両国橋を描いた浮世絵。その周りが黒く縁取られており、白い文字が刻み込まれている。N、Ⅱ、Hを思わせる文字もあれば∀のようにAを上下反転させたもの、Aを偏にして元を作りにした創作漢字のようなものまで、ところ狭しと様々な文字が敷き詰められていた。
そのどれもが、適当にアルファベットをまねたような趣がある。
「虚舟に書かれていた文字も、同じようにそれっぽく書いたアルファベットって感じだったよね」
「はい。これはますます我々の仮説を立証する動かぬ証拠ではないでしょうか」
「この際だし、その仮説に基づいた新たな学説も発表してみるか」
「どうでしょう?神代文字使いの退魔師って結構居ますから。『専門外なのですが』から始まる追及を受けるかも知れません」
退魔師というのも以外とシビアなようだった。
「あ、そういえば架空存在学会で思い出しました。スターオブシールドっていたじゃないですか」
「―――あの黒装束?」
「はい。あの黒装束軍団です」
舎利浜で出会った謎のチャネリング集団。
またぞろカルト団体と関わることになるか、と警戒したが、結局何も起きなかったので安堵していた。誰かを害さなければ、砂浜でチャネリングをしても悪くはないと思う。僕たちだって人から見ればカルトな会話をしている。
―――しかし、またこの会話の流れとは。
また少し厭な予感がぶり返していた。彼女の会話のネタは、どこまでが趣味や世間話で、どこからが仕事関連の話なのかわかりにくいことがある。
「またぞろなんか書籍でも見つけたか?」
「そうですね―――書籍ではありませんが」
そういうと、彼女は本日開かれる学会の会議についての冊子を取り出した。
どれ、と僕が覗き込む。
「神代文字使いの先輩がスターオブシールドについての発表をするみたいです」
芦屋美智蜜『UFO系団体の架空接続事例 スターオブシールドについて』
そう言う発表が予定されている、ということが書かれている。
「芦屋?陰陽師か何か?」
芦屋、と言えば蘆屋道満という有名な陰陽師が知られている。
もっぱら、安倍晴明のライバルとして文学作品に登場するが、いちおう実在はしていたみたいで、貴族に対する呪詛への関係が疑われて逮捕されたり、お祭のパフォーマンスとして実際に晴明と術比べをしたという史料も残っていると聞く。
それと同じ名前というのだから、陰陽師なのか、と安直な連想が出てきた。
「ええ。本業は陰陽師と聞いてます。以前もお話したことがあると思います。自称蘆屋道満の末裔の方です。最近は別の活動が多いみたいですが」
僕の安直な連想は的外れではなかったようである。
沙也加が言うには、こうした拝み屋界隈では自分の家系を著名人物と接続させることは良くあることなのだという。
「カナさん……坂田比良金さんいらっしゃるでしょう。あの坂田家も金太郎の末裔を自称してらっしゃいますし」
「金太郎の末裔って―――まぁ、あれも鬼退治とかしてたか。坂田金時も頼光四天王のひとりだしな」
いずれにせよ眉唾な感じはある。
「方便ですよ。服装などと一緒です。私もこの格好をしてると納得を得られやすいということと一緒です」
「やっぱりそう言う効果を狙って着てるわけか。沙也加さんともあろう者が他者に迎合するとは」
「無礼な、服装は趣味が9割です」
胡散臭い啓発本のような物言いで否定してきた。
「残りの一割にそうした下心が無い……とは言い切れませんが。自分を貫く人間でありたいものです―――ああ、そろそろ四ツ谷駅ですね」
会話をしているうちに、駅へとたどり着いてた。そろそろ発表に向けて気を引き締めなければならないだろう。
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