第11話 黒装束集団
立ち並ぶ人々は一様に黒い服装をしていた。
フードを纏うもの、黒いコートを着ているもの、黒一色のゴスロリ服を纏っているもの―――服のデザインや形態はそれぞれ差異がある。
彼らは熱心に天に、海に向かって手を伸ばし、そして何かを唱えていた。
「……何唱えてるんだろ」
響きは仏教音楽の一種である声明やマントラのような、なんとなく神秘的なものがあった。同じ言葉を繰り返し繰り返し、節を付けて唱えている。
だが、何を言っているのかまでは聞き取れなかった。
「ベントラベントラ、スペースピープル……でしょうか」
沙也加は聞き取れたようだった。
実際に彼らが唱えている呪文はこのように明瞭な物ではない。
うぇんとあうぇんとあしゅぺーぴーぽー、というような。まるで宇宙的脅威を呼び出す冒涜的呪文化のような、文字にしにくい物になっていた。しかも輪唱しているのでわかりにくい。
「……よく分かったね」
「アメリカのUFO研究家によるとベントラはUFOを意味する言葉だそうですよ。日本でも宇宙友好協会がこの呪文を広めたらしいです」
「ああ……三島由紀夫も仲間だったっていう、あの。じゃあ彼らは宇宙友好協会なのかな」
「ありえませんね。創立者の松村氏は行方不明、活動も長らく休止しています。まぁ、わざわざあんな呪文を持ち出すくらいですから思想的末裔とは言えるかも知れませんが」
彼らは僕らの姿にも、僕らの話し声にも一切反応を示さない。
彼らの関心は空と、唱える言葉にのみ向けられているようだった。
テトラポットの集積は緩やかなカーブを描いている。
まるで円形劇場のようだった。
舞台の上には彼らが立ち、一心不乱に唱える。
僕らはその姿を観客席から眺めている。
20分ほど経って、彼らはようやく呪文を唱えるのを止めた。
「―――今日のメッセージはこれくらいで十分」
黒装束の内の一人がそう言うと、皆がピタリと静止した。挙げていた腕も降ろしていく。先ほどまでの輪唱などなかったかのように、海鳴りと風の音だけがその場を満たし始める。
皆に指示を出した人物は黒装束の中でも特徴的だった。
というのも、例のゴスロリを着た女性だったからである。金属と金属を摺り合わせたかのような特徴的な声だったが、この海鳴りと風の中ではそのくらいの方が良く響くので良いのかも知れない。
皆が撤収の準備を始めていく。
その中で、ようやく彼らは僕たちという観客の姿に気がついたようだった。
反応はそれぞれだった。ある者は眼を反らす。ある者は睨み付けてくる。あるものは無視する振りをしながら、意識は僕たちに向けている。
指示を出したゴスロリは―――どちらかと言えば気にしているようだった。
僕と沙也加の姿に気がついてはいるようだった。しかし積極的に何かを語ろうとしてくる様子もない。
「UFO、見えますか?」
沙也加は彼らに向かって言った。
釣り人に「釣れますか?」と聞くかのような朗らかさと陽気さだった。彼らはその声にぎょっとした反応を見せる。ゴスロリ氏も例外では無い。だが、流石にリーダー格と言ったところか。彼女は沙也加に毅然とした態度で相対した。
「なんですか。ご用があるのなら私がお聞きします」
彼女の態度は警戒しているようだった。
―――まぁそうだろうな、と思う。ただでさえこういった団体には好奇の視線が付きまとう。そうでなくても、危険な団体としてマークされたり過度な接触が行われたりすることもあるだろう。
「ああ、いえ。怪しい者ではありません」
などと沙也加は嘯く。
「いわゆるUFOを呼ぶ呪文ですよね?ベントラベントラスペースピープル……ここでいうUFO、そして宇宙人はアダムスキー以来のグレートブラザーフッドですね。友好的な宇宙人を呼んでらっしゃる、と。そういうことですよね」
「……だったら何ですか」
「いえ。なぜ呼ぶのか、ちょっと気になったんです。それに皆さん―――黒い服装ですし。黒い服装ということは―――つまり電波を吸収するという意図があるのでは?」
このような議論を吹っかけている時点でかなり怪しい輩だと思うのだがどうだろう。
だがゴスロリは沙也加の言葉に「よく分かりましたね」と同好の士でも見つけたかのように態度を軟化させた。
「我々の使命はひとつ、世界の救済。来たるべき天壌の意思の到来を待つことです。天壌の意思は救済の日、選別を行うと言います。そこで救済されるのは善行と徳を積んだ清い魂―――精神なんです」
「なるほど?それがどうして電波の吸収に繋がるのですか?」
「世界は電波によって惑わされています。インターネットの普及によって人々の悪意は世界全土を駆け巡っています。断片的な情報が切り取られ、それを受け取った人間の心を支配している―――精神の問題だけではありません。知っていますか?スマートフォンから発せられる電波は生殖機能を損なわせ、発がんを促し、そして地球上の動物たちを殺す―――現在使われている4Gは、まだ直ちに人を死に至らしめるところまでは来ていません。しかしこれから5、6、7と進んでいけばどうでしょう?私たちは、その危険から人々を護りたいと思っているのです」
つまりあえて黒い服装を着て、悪しき電波を吸収するという善行を積む。
そして選別の日に備える―――と。そういうことだろうか。
独特の考え方ではあるように思う。
一般的に、こうした電波が悪影響を及ぼす、という主張する団体は白い服装を着る傾向があるように思う。あるいはアルミホイルだろうか。
白は電磁波を弾く。アルミホイルは電磁波を遮断する。そういうロジックが存在している。 しかし彼女たちは黒い服装で電波をあえて吸収することで善行を積む、と。
「あの」
別の黒装束が一歩進んできた。彼はゴスロリのような派手な服装ではなく、黒い襤褸を纏ってフードを被っている。
「折角なので同行されますか?これから近所の民宿で合宿会をするところなんですよ。良ければ」
男性はそう誘ってきた。沙也加は「折角ですが」と謹んで辞退した。
僕は内心、安堵する。じゃあ行きましょう、などとなったらこの間の悪夢の二の舞になるような気がしたからだ。
「すみません、人を待たせているもので。ですよね、セキくん」
「ああ、そうだね。免田さんも待ってるよ。そろそろ行かないと」
そう言うと、男性の方は「だったらこれを」と小冊子を渡してきた。スターオブシールド、と書かれた小冊子である。彼らの組織名のようだった。ツイッターもやってるので是非、という男性の言葉にふたりして愛想笑いを返しつつ、その場を辞退する。
意外なことに、リーダー格と思われたゴスロリの女性は僕たちに対してそれ以上のアプローチを仕掛けてこなかった。
もしかすると、彼女は別段リーダーという訳でも無いのだろうか。
ともかく、その場はそうして切り抜けることが出来た。
砂に足を取られながら、彼らから離れて免田氏が待つ車を目指す。
土手を上ってから、ふと先ほどの位置を見てみた。
海をバックに黒い人影たちが撤収の準備を続けている。その中でゴスロリ氏だけは僕たちをじっと見つめていた。それがなんだか印象的だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます