第10話 疼きだすオカルティズム

 こうして提唱された虚ろ舟の蛮女=グレートブラザーフッド説については今後も調査を続けていずれ続報をお届けるすることとして、その後も僕と沙也加は何もない砂浜を歩き続けた。


「見てください、セキくん。巻き貝です。黄金比が見えますね」

「せめて『海の音が聞こえる』とかに止めて欲しかった」


「……なにそれ、発泡スチロール?」

「どうも。虚ろ舟の蛮女です」


 彼女は白い箱を持って微妙に前のめりになりながら眼を細めた。

 『兎月小説』の挿絵にあった蛮女の絵の真似をしているようだ。


「あとはセキくんがこの箱の中に首を入れれば完璧ですね」

「とんだ猟奇趣味もあったもんだ」


 『兎園小説』の文中に村の長老が「あの箱の中には女の情夫の首が入ってるに違いない」と推測するシーンがあった。彼女はその再現をやろうとしているつもりらしい。


 砂浜を歩き続け、そろそろ見るべき物もなくなってきた。

 当然のことながら円盤が流れ着いてると言うことは無かったし、宇宙人が出歩いていたり宇宙文字が描かれた遺物が発見されることもなかった。

 海水浴という季節でもない。そもそも僕たちは水着を持ってもいない。


「いつか海水浴に行くのもいいか」

「いいですねぇ。三重県の文化村海岸とかどうです?」

「あそこは遊泳禁止になってる筈だよ。……また夏にでもここに来て、海水浴でもやりながら虚舟の到来を待つのも悪くないんじゃないかって思うんだけど……どうかな」


 今の季節は誰も人が居ない。釣り客くらいのものだった。

 しかし夏とか海水浴の季節ともなれば、また少し違うのではないか。


「え?ああ……はい。そうですねぇ。私もそういうのは悪くないと思います。ええ。じゃあ水着を買わないといけませんね。スク水しか持ってないので、私」

「決まったな。それじゃ―――」


 そろそろ帰ろう、と言おうとした瞬間。妙な物が眼に写った。

 虚ろ舟―――ではもちろん無かった。

 砂浜の中に、テトラポットが積み上げられた一角が何カ所かある。

 これまで海岸を歩く中で何回か通り過ぎた。いずれも、釣り人が数人集まっているくらいで他に人など居なかった。

 しかし前方の彼方に見えるテトラポットの集合の上。

 そこには妙な人影があった。

 5人くらいが集まっている。それらは一様に黒い装束を着ていて、両手を天に伸ばしているようだった。

 青い海と空の境界線上に黒い影が並んでいる。その姿は強い印象を与えている。


「どうしたのです?」

「えっと、あそこに人影が」


 僕がそう言うと、沙也加も彼らの姿を認めたようだった。


「おやおや……これは面白そうです。差し詰め黒装束軍団と言ったところでしょうか」


 面白がって良いことなのかどうか、僕には判別がつかなかった。

 彼らは相も変わらず天に両手を伸ばしている。伸ばしていれば、やがて何かに手が届く――――と思っているかどうかは分からない。ただ、そういう必死さと切実さがあることは確かだった。


「行ってみましょうよ」


 沙也加は遊園地で新しいアトラクションを見つけたかのような無邪気さで僕を誘う。

 彼らが何をしているかは知らない。何を思っているのかも知らない。ただ、ひとつ言えるのは面白半分で関わっても良いことはないということだ。

 僕はこの間の事件で学んだことだった。彼らが僕たちや社会に悪影響を及ぼさない限り、放置した方が良いと僕は思っている。

 ―――しかし。

 沙也加の無邪気な喜びは僕も共感するものでもあった。

 あの異様さ、あの必死さ、あの奇妙さ―――そういうものに、心惹かれるところが僕にも確かにあった。トラウマと良心だけでは抑えきれない、オカルト趣味が。

 僕は彼女の誘いに乗って、彼らの元へと歩みを進めた。


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