第9話 僕と彼女のグレートブラザーフッド孝
畑や古民家が立ち並ぶ区画を車が進んでいく。
生え放題になった木の小枝が時折車の窓をかすった。普通の道を行っているはずなのに、まるで何かのアトラクションのようだ。
何とか狭い道を通り抜けていった先に、広い道路が現れる。
見てみれば土手沿いになっているようだった。
「ここで大丈夫ですか?」
沙也加はスマートフォンの地図アプリをちらと見てから免田氏の問いに「大丈夫です」と答えた。
二人で車を降りる。免田氏は車内で待つと言った。
そこまで時間は掛からないだろう。本当に虚舟を見つけることが在るわけが無い。
「さぁセキくん、行きますよ!」
沙也加は車内から出ると、やたら張り切ったようすで僕の前をずんずんと進んでいった。そこまで張り切るような事件があるようには思えないのだが。
潮干狩りを禁止する立て看板をすり抜け、砂によって作られた堤防を進んでいく。
舎利浜は控えめに言って何か特徴の有る砂浜というわけではなかった。
特別、海が綺麗というわけではない。砂浜には数々のゴミや物が埋まっていて歩きにくい。そんな中を、沙也加は例のごとく和服で進んでいく。
一応、今日は海に行くことを見越して浴衣に着替え、履き物も直足袋にしている。それでも歩きにくそうである。
そして僕は、と言えば昨日と同じジャケット姿だった。
いずれにせよ、僕も沙也加もこの海岸を歩くにあたってふさわしい格好とは言いがたい。むしろ直足袋をはいている沙也加よりもローファーを履いている僕の方が砂浜を歩くにあたっては歩きにくい。
ただ、それでも何とか砂浜を進んでいく。
綺麗とは言いがたい。だが寄せては返す波と響きわたる海鳴りは悪い物ではない。遠方に見える風車の姿も趣が在るようには思う。
「やっぱりありませんね、虚舟」
不意に彼女が言う。
最初から何か発見できると思って来た訳でも無いはずだった。それでも少しの期待はあったのかも知れない。
「―――そもそも、さ。アレってそこまでUFOかな?」
「ふむ。というのは?」
「UFOというには別段空を浮かんでた訳じゃないし、中から出てくるのも宇宙人宇宙人したデザインじゃなかったんだろ?異国風の女性―――つまりロシア人とかのメタファーとして考えるのが妥当じゃないか」
「実際、時期はロシアのラクスマンがやってくる辺りに近いらしいですね。あと異国船打払令がでた辺りとも同時期でしたっけ。まぁ言わんとするところは分かります」
「グレイタイプとかウンモ星人とかフラットウッズモンスターが出てきたっていうのなら宇宙人遭遇譚に入れても良い気がするけど」
しかしだとするなら、当時の日本の文脈においては河童とか天狗の文脈で描写されるように思う。現れたのはあくまで人間の女性だ。
「怪物らしい宇宙人だけが宇宙人ではありませんよ?グレートブラザーフッドの類いかも知れません」
「……えっと、グレートブラザーフッド?それは?」
「おっとここに来てまた私の知識がセキくんを上回ってしまいました。辛いですねぇ辛いですねぇ……しかし優しい私は教えてあげるのでした。いわゆる上位存在としての宇宙人の呼び名です。主に1950年代のアメリカで語られた宇宙人遭遇譚で使われていました」
1950年代、世界は冷戦のただ中にあった。
米国とソ連の対立は深刻化し、お互いが多くの核ミサイルを保有している状況は、核戦争の予感を感じさせるものであった。
「米ソ戦が開戦してしまえば、第二次世界大戦すら上回るカタストロフが訪れるだろう―――そういう予感と不安が人々の間にあったのです。」
「それは、まぁなんとなくは知ってる」
「さて、そんな世界情勢の中あらわれたUFO遭遇譚には、ある特徴があったのです。UFOが突如として空中から現れ、中には宇宙人がいる。ここまではその後も語られるUFO譚と変わりがありません。しかし、中から現れた宇宙人は醜悪な怪物でもなければ、野蛮な侵略者でもなく―――非常に美しく、謙虚で友好的な存在だったのです。彼らは私たちと同じく、科学技術を発展させてきました。その中で核技術のような危険なテクノロジーを発展させ、滅亡の危機にもさらされてきました。しかし―――彼らはそれを乗り越えた。そして我々、未熟な地球人類を発見した。彼らは危機に瀕する我々を憐れみ、そして導くための提言をするためにコンタクトをとったというのです」
似た境遇にある憐れな同胞を導く上位存在。
そのためにグレートブラザーフッドと呼ばれるのだという。
「どうです?そう考えると、金髪碧眼の女性が円盤から現れるというのもグレートブラザーフッド感がありませんか?」
「でもさっき見せてくれた『兎月小説』の挿絵だと黒髪だった気がするんだけど」
「そんなことは些細な問題です。目に見えることだけが真実ではないのですよ」
「思い出したけど、澁澤龍彦の『うつろ舟』に出てくる円盤の中の女性は金髪碧眼で描かれていたような」
「澁澤の霊感と私の感覚がエンパシーしたということですね」
思いっきり小説の描写に影響を受けているとしか思えない。
少なくとも書かれたものに惑わされているのは確かなようだった。
「じゃあ百歩譲ってグレートブラザーフッドだったとしよう、中の女性が。でもその人と現地の漁民との間でコミュニケーションとれてないじゃないか」
「思い出してください、セキくん。漁民は面倒ごとを恐れて海へと押し流した、と元の記事にはあるのです。しかし、ですよ。かよわい女性が流れ着いたとして、果たしてそのような残酷なことをするでしょうか?」
「それは―――」
分からないが。確かにいくら何でも流し返すのはかわいそうに思う気がする。食事を少し分けてから幕府に引き渡すのではないか。
「単にコミュニケーションの取れない女性であるなら、そこまで面倒を恐れる必要も無いはずなのです。漁民が犯罪を犯したわけじゃありません。つまり、ですよ。面倒な出来事が虚ろ舟の蛮女と漁民たちの間に起きた、と考えることが出来るのではないでしょうか」
「それは――?」
「すなわち、危機的な状況にあった幕政への提言です……!欧米列強によるアジア侵略、日本海近海に現れるロシアやアメリカの軍艦、疫病の流行や幕府財政の悪化―――そういう日本の危機を憐れんだグレートブラザーフッドが警告に現れたのだとしたら?」
だとするならば確かにつじつまは合う。
そしてそういう、危険な思想を聞いてしまった漁民たちはそれを隠すために虚ろ舟を海へと流した。そのような提言をしてしまえば、漁民全員が処刑されてもおかしくないから―――!
「いつも思うんだが」
「はい」
「なんでそういう意識の高い宇宙人は政治に関わってるわけでもない市井の人に重要な話をしに来るんだろうな」
「恵まれない地球人に啓蒙してあげようという意識の現れじゃないでしょうか」
だとするなら余計なお世話だし、全く謙虚でもないだろう。
そもそも海に流し返されてるし。グレートブラザーフッドなる上位存在を名乗る連中の行動にしてはお粗末だ。
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