ダンデライオンが飛んだ夜

有理

ダンデライオンが飛んだ夜




相良 里來:

(さがら りく)

風間 颯太:

(かざま そうた)


※同性愛要素を含みます。



………………………………………………


風間「里來、大学どこ行くの?」

相良「あ、えっと、まだ進学するかどうかも決めてない。」

風間「そうなんだ。」

相良「やりたいことなくってさ。」

風間「大学で見つけたら?やりたいこと。」

相良「いや、うち母子家庭だしさ。そんな理由で大学行かせろだなんて言えないよ。」

風間「そっか。じゃあ就職すんの?」

相良「うーん。でも手に職つけたいなーとも思う」

風間「医者は?」

相良「へ?」

風間「手に職。」

相良「いや、僕そんなに頭良くないし、それに医学部って学費高いんだよ?」

風間「そ?」

相良「風間くんは?」

風間「俺も手に職、つけようかな」

相良「そうなんだ。」

風間「うん。まるごと守ってやりたいし。」

相良「?、そう、なんだ?」

風間「あと、颯太。」

相良「あ、ああ、颯太くん。」

風間「よろしい。」


相良N「そんなやりとりをしたのをまた、思い出した」


風間「どうすんだよ。里來。」


相良N「今僕の前で黄色い花束を差し出した彼は」


風間「受け取れよ。」


相良N「夜景の綺麗な高級レストランで」


風間「結婚しよう。」


相良N「何を言っているんだろう。」


……………………………………………


相良N「8月。今外へ出たらきっと茹で蛸になる暑さだ。それなのに僕のバイトの収入では不釣合いなこのマンションは廊下まで一定の温度で保たれている。」


風間「里來、何食う?」


相良N「ソファーの隣には中学からの友人。見せられる画面にはテイクアウト専門のアプリが開かれていた。」


相良「またtake eats?僕作るって。食材あるんだし。」

風間「そ?」

相良「うん。何食べたいの?」

風間「里來の手料理。」

相良「手料理は手料理だけどさ、」

風間「なんでもいいよ。」


相良「オムライスでいい?」

風間「オムライス食べたい!」

相良「分かった。作るね。」


相良N「高校を卒業し、専門学生になった僕に学生寮に入るくらいならシェアハウスをしようと風間くんが言った。家賃を心配していた僕に家賃は持つからそのかわり家事を任せたいと言った。」


風間「ねー。今度の土曜さ、里來用事ある?」

相良「ううん。その日はカフェのバイトもないし何もない。」

風間「飯食いに行かね?」

相良「いいけど。給料前だからなー。」

風間「そこの心配しなくていいって。俺が誘ってるんだし。」

相良「この前もそう言って奢ってもらっただろ?さすがに悪いよ。」

風間「じゃあ、俺が好きなとこ予約する。」

相良「どこ?」

風間「秘密」

相良「秘密?」

風間「うん。黙って付き合って。な。」


相良N「風間くんはそう言って目を細めて笑った。」


………………………………………………


料亭“高砂”


相良「ちょっと。」

風間「なに?」

相良「なに、ここ。」

風間「飯屋」

相良「絶対高いじゃん」

風間「でも美味いよここ。」

相良「そりゃあ、」


風間N「おろおろして小動物のような里來は落ち着かないようだった。個室に案内され、正座する里來。」


風間「ふふ、」

相良「何」

風間「足崩せよ」

相良「だ、だって、」

風間「堅苦しい場所じゃないって。個室だし。」

相良「風間くん、」

風間「颯太。」

相良「あ、そ、颯太くんは金銭感覚がズレてる!」

風間「そう?」

相良「そう!」

風間「仕方ないよ、医者一家だもん。俺。」

相良「はああ」



風間N「俺の家は世間一般から見ると恵まれている。父は総合病院の院長だし、母は医療機器メーカーの社長だ。兄は去年から海外の病院へ所属し立派な脳外科医になるため修行しているらしい。金に困ったこともなければ、医者を強制されたこともない。」


風間N「自由に。何不自由なく育てられた。両親や家族には感謝している。俺が誰を好きになっても、きっと何も言わないだろう。」


相良「たまには普通にファミレスとか行こうよ」

風間「いいよ。明日行く?」

相良「へ?」

風間「ファミレス。明日行く?」

相良「明日も外で食べる気?」

風間「里來が行きたいなら。行こうよ。」

相良「いい!いい!明日は節約です。」


風間N「どれだけ強引に迫っても、里來は気づかない。初めは誰かに迫られることに慣れているのかとも思った。でもどうやら違うらしい。人からの好意にどうも疎いようだ。」


相良「風間くんこれ!美味しい!」

風間「ん、どれ?」

相良「これ!この、」

風間「蓮根のやつ?」

相良「そう!食べてみて!美味しいから!」

風間「ほら。」

相良「へ?」

風間「美味しいなら里來が食えよ。」

相良「え、いや、嬉しいけど、」

風間「何?」

相良「…共有したいじゃん。」

風間「共有?」

相良「美味しいっていうの。あ、風間くんが蓮根嫌いならいいんだけどさ!」

風間「いや、そうだな。しよう、共有。」


風間N「こういう、とこがたまらなく好きだ。」


……………………………………………


相良「…あー。まずいな、」


相良N「目が覚めたら適温に保たれているはずの部屋が酷く寒かった。頭の中でいつの間にか開催された和太鼓大会。言うことを聞かない指。すぐに僕は理解した。」


相良「夏風邪は、バカがひく」


相良N「今日は風間くんが研修から帰ってくる日。きっと疲れてるだろうから何か美味しい物でも作ろうと、昨日買ってきた食材たちが冷蔵庫で僕を待っている。凝った料理を作る気満々だっかから前日までバイトを詰め込んで休みを作ったのが原因だったのかもしれない。」


相良「あーあ、どうしようか…」


相良N「とりあえず、あと5分、あと5分だけ寝て起きたら考えようと、熱い瞼を閉じた。」


……………………………………………………


風間「…あれー。でないな。」


風間N「朝里來へ送ったおはようのメッセージに既読がつかない。さすがに昼過ぎからは心配になってきて講義の合間に数回電話をしたが声は聞けなかった。」


風間「今日バイトだっけ、あいつ。」


風間N「共有しているスケジュールアプリは不自然に今日明日の空欄が目立った。」


風間「…、ごめん、俺今日先帰るわ。」


風間N「先に終わらせていたテキストを友人に押しつけて俺は講義室を出た。」


…………………………………………………


相良「…あ、」

風間「あ、起きた?」

相良「ん、風間くん?」

風間「うん。」

相良「あ、あれ?今、何時?」

風間「16時半。」

相良「へ?!あ、ご、ご飯っ!」

風間「ああ、腹減った?」

相良「そうじゃなくて、っ、」

風間「飛び起きるなよ、目が回るだろ?」

相良「あれ、」

風間「ああ、さっき知り合いの内科医に診てもらった。疲労が原因だってさ。里來最近シフト詰めてたもんな。」

相良「あ、」

風間「気付いてたのに、俺。言ってやればよかった。ごめんな。」

相良「ううん、え?いや、違くって、僕病院行ったの?」

風間「いや、呼んだよここに。」

相良「え?」

風間「…俺ん家、この辺で1番大きい病院だぞ?」

相良「呼んだら来てくれるんだ…」

風間「まあ、すぐってわけじゃないけどな。」

相良「そうなんだ…。」


相良「え!ちょっとまって、僕今日、ご飯作ろうと思って!」

風間「え?」

相良「風間くんが帰ってくるから、」

風間「何、俺のために?」

相良「うん、疲れて帰ってくると思って、」

風間「お前の方が疲れてたんじゃ身もふたもないな」

相良「あ、え、っと、ごめん。」

風間「なんか飲む?さっき点滴してもらったけど喉乾いただろ?」

相良「う、うん、ごめん。」

風間「何にする?常温の方がいいよな。水?スポーツドリンク嫌いだよな?」

相良「あ、み、水がいい、ごめん。」

風間「ちょっと待ってて。とってくる。」

相良「うん、ごめん。」

風間「はは。」

相良「え?」

風間「新しい口癖なの?ごめん。」

相良「え、あ、いや、その、…ごめん、」

風間「悪い口癖だな。」

相良「ん、」

風間「塞いどけ。まってて。」


相良N「風間くんの指が冷たくて、下唇がピリッと痺れた。」


風間「ほら。ゆっくり飲めよ?」

相良「うん、ありがとう。」

風間「いつから体調悪かったわけ?」

相良「今朝、気付いた…」

風間「え、」

相良「昨日の夜まで元気だったんだけど…」

風間「ほんっと、鈍感」

相良「え、いや、本当だよ?」

風間「心身共に鈍感」

相良「へ?」

風間「いやまあ、いいんだけどさ。」

相良「あ、風間くんご飯は?食べた?」

風間「まだだけど、」

相良「つくるよ僕!」

風間「いや、寝込んでるやつに作らせたりしないって」

相良「おかげさまで大分元気になったし、昨日いっぱい材料買っちゃったんだ。勿体無いよ」

風間「まだ熱あるだろ。寝てろ。」

相良「でも、」

風間「何作る気だったの?」

相良「え、あ、その」

風間「ん?」

相良「ローストビーフとキッシュと、あと」

風間「うん。」

相良「えびしんじょう。」

風間「…変な組み合わせ。」

相良「好きだって、言ってたから」

風間「うん。好きだよ。」

相良「だから、僕」

風間「うん。」

相良「今日は一日中料理してやるぞーって、」

風間「うん。」

相良「それで、その」

風間「うん。」

相良「…何笑ってんの」

風間「好きだなあーって思って。」

相良「知ってるよ、だから今から作、」

風間「今一番好きなの貰ったから、料理はいいよ。」

相良「え?」

風間「今日は寝てな。」

相良「何が好きなの?」

風間「鈍感」

相良「何が?」

風間「なあ、どういうシーンだと愛の告白だーって思うわけ?」

相良「え?どういう意味?」

風間「そのままの意味だよ。」

相良「えー、でも僕の姉は、夜景の見える高級レストランで好きな花束持ってプロポーズされたって言ってたよ。」

風間「そうなんだ。」

相良「そんな恥ずかしいことドラマ以外でする人いるんだなあって思ったけど。」

風間「ふーん。里來は花好きなの?」

相良「いや、別に」

風間「強いて言うなら何の花がいい?」

相良「え。うーん、」


相良「たんぽぽ?」


風間「花束の話してんのに、たんぽぽ?」

相良「風間くん知らない?たんぽぽって一輪で既に花の集合体なんだよ。」

風間「え?」

相良「一枚の花びらだって思ってるやつに、実は花弁、雄蕊雌蕊、がく、子房がそれぞれくっついてるんだ。」

風間「へー、」

相良「一輪で、花束って。おもしろくない?」

風間「はは、うん。おもしろい。」

相良「ね。」

風間「そっか。ほら、眠いんだろ?」

相良「え?」

風間「瞬きが遅い。」

相良「うん、ちょっとだけ、」

風間「俺もなんか食ってくるから、寝てろ。」

相良「うん、じゃあ、ちょっとだ、け」

風間「あと、颯太、な。」

相良「そ、うたく、」

風間「おやすみ。里來。」


風間N「軽く撫でた里來の髪はまだ熱くて。たんぽぽ、似合いすぎるその花に俺はいつかの舞台を決意した。」


…………………………………………………



相良「えっと、そ、颯太くん?」

風間「なに?」

相良「あ、いや、その」

風間「ほら。受け取れよ。」


相良N「差し出された黄色い花束を僕は受け取った。」


相良「たんぽぽの花束なんて初めて見た。」

風間「好きなんだろ?」

相良「え?」

風間「里來が教えてくれたんだよ。一輪で花束って面白いなって。だから花束を花束にしてみたんだ。どう?」

相良「すごい、黄色だね」

風間「はは、そりゃあね。」


相良N「僕は専門学校を卒業して、颯太くんのお父さんの病院へ理学療法士として就職した。絶対颯太くんのコネだ。知ってる。実力じゃない。」


風間「ほら、就職祝いも兼ねてんだ。食おうぜ。」


相良N「もともとこういう職につきたかったわけではない。高校の時、手に職をつけるなら、そう言って颯太くんが何冊かパンフレットをくれた中から何となくで選んだ。」


風間「見て?これ美味そう」


相良N「なんでだろう。高校の時のあの会話が何度も頭の中に流れる。颯太くんがまるごと守ってやりたいって言ったのは何のことなんだろう。そんなことを今までも何度も思い出しては脳内で燻らせていた。」


風間「どう?美味い?」


相良N「もし、それが僕だったら、颯太くんの優しすぎる理由がわかる気がする。」


風間「里來?」

相良「颯太くん、」

風間「ん?」

相良「…僕のこと、その。す、好きなの?」


風間「うん。ずっと言ってる。好きだよ。」


相良「は、初めて聞いたよ」

風間「そう?結構言ってたと思うけどな。」

相良「そんなわけ」

風間「夜景の見えるレストランで花束持って言えば、愛の告白だって気づくって。本当だったんだな。」

相良「へ?」

風間「ううん。たんぽぽの花言葉、知ってる?」

相良「え、知らない、」

風間「愛の信託。思わせぶり。」


風間「別離。」


相良「え」

風間「そういうこと。」

相良「…僕卒業しちゃったしね、」

風間「うん。もう、いいかなあってさ。」

相良「…そう、だね。」

風間「何泣きそうな顔してんの?」

相良「いや、なんていうか、僕甘えすぎてたし、こんなこと言うのも烏滸がましいんだけど、」

風間「は?」

相良「さみしい、な、なんて」

風間「さみしい?」

相良「いや、ごめん。急で、家とか全然探してなくて」

風間「里來」

相良「もうちょっと待っててくれないかな。急いで、探すからさ、」

風間「里來。」

相良「わ、」

風間「何泣いてんの。」

相良「いや、その、」

風間「鈍感。変わんないな。」


風間「言ったじゃん。結婚しよう。里來」


相良「け、結婚」

風間「そ。」

相良「この雰囲気の、冗談とかじゃなくて?」

風間「勝手に冗談にすんなって。」

相良「でも別離って」

風間「友達でいるの、そろそろやめようかなって。」

相良「わ、分かりにくい!」

風間「里來が鈍感すぎるんだよ。」

相良「絶対違う!」


風間「で?どうすんだよ。」


風間「俺、2回もプロポーズしてんだけど。」


風間「里來。」


相良N「別離。飛んでいく綿毛。神は僕に」


相良N「好きだと、告げた。」

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