第2話 思い出の残滓。されど純情は今だ消えず
少女が眠る病室に一人。
足繁く通う少年は今日もその扉を開いた。
入って早々に今も眠る少女が目に付いた。
動いた形跡がないくらいシワの少ないベッドに、ぽつりと。
そんな少女を、一つ一つ丁寧に折り込まれた千匹の鶴や、生けられた花が見舞う。
少女の命を告げる電子音は、もはや聞きなれたものだろう。
少女は二年前に急に倒れて病院に運ばれた。
意識不明の重体、そう医者に言われたのだと彼女の
母親に泣きながら言われた。
それっきり彼女は目を覚まさない。
精一杯力を尽くしましたが……医者は言っていた。
寄り添って声をかけてあげてください、とも。
その日から夢物語を少女に語るようになった。
今も眠り夢を見ない彼女に僕らの思い出を、想いを、伝えるために。
戻ってこい、生きてほしい、帰ってきて、そう願って。
少年は声を掛ける。
当たり前の如く声は返ってこない。
それが少女はもう助からないのだと、暗に伝えてられている気がして……。
彼女の居たベットに重い足取りで近づいていく。
一歩、また一歩と。
力が抜けた膝が床に強くぶつかると、上半身はベットに倒れ込んだ。
幸いにも少女の体には当たらずに済んだが、触れる少女の手から体温を感じる。
それは、例え目覚めないのだとしても今生きていることの証明だ。
少年は唇を強く噛み締めた。
瞳に溜めた涙を零さないように。
だが結局、それは叶わなかった。
泣きじゃくる子供のように、少年は声を出して泣いた。
泣いて、泣いて……。
泣き疲れて眠りについた少年は、そのまま夢を見るのだ。
それは儚く散った一生の思い出。
『僕は君が好きだよ』
少女が眠り二年の月日が流れようと、色褪せたことのない純然たる想い。
今度は対等に、意地もプライドも全部必要ない。
『あどけない君の笑顔が好きだ。君は能天気な自分の性格が好きじゃないと言っていたけれど、僕は好きだったよ。底抜けに明るい君に何度も助けられた』
心残りのないように、思いの丈を打ち明ける。
『好きだ。愛してる』
言葉に詰まり伝え損ねた思いの後悔は、もう無い。
少女は涙ぐみ頬を弛めてこういうのだ。
――ありがとう。
忘れもしないその声を、その笑みを。
何よりも鮮明に覚えている。
揺れるカーテンの隙間から差し込む夕焼けが、部屋で一人横たわる少年を照らした。
その横顔には先程とは打って変わって安心したような表情が浮かんでいる。
風に吹かれて、ピンク色のガーベラの花が嬉しそうに揺れた。
それは少女の想いを代弁するかのようで。
ピンク色のガーベラ。その花言葉は――。
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