第7話 夢2
バンッ!
「バン……って、え」
俺がバンドと言い掛けるのと同時にその音は響いた。
御神楽先輩が机を叩いていきなり席を立ったのだ。普段そういう行動はしない人なだけにみんなが驚く。なにが出来たと言うのか。
「みか先輩、どしたんですか? 急に」
咲夜が訊く。
「こーれ! 読んでみて!」
そう言って咲夜にさっきまでずっと描いていたスケッチブックを両手で差し出した。いつも以上に元気な様子だが声は上擦っているように感じる。
あれはいつも部室でせっせと描いている落書き帳。ページはさっきまで描いていたページ。今日はやけに熱心だと思っていたが……。
「これは――」
咲夜が受け取ったスケッチブックを見た。
目を見開き、そして呟く。
「四コマ……」
「そう。咲夜ちゃんの好きな萌え四コマ漫画。二次創作のファンアート。『ガールズバンド!!』はわたしも好きな作品の一つだし。それに、わたしだって漫画部の一員なんだから。これでも一応絵は描けるの」
そんなことは知っている。ただ、イラストを描いてる姿は見たことあっても、漫画を描いてる姿は見たことがなかった。
咲夜はじっとスケッチブックを見つめ、そしてページを捲った。
「咲夜ちゃんや宝来くんみたいにオリジナルは作れないけどね。それで……どう?」
「――面白い」
「……よかったあ」
「俺にも見せてくれ。見てもいいですか?」
御神楽先輩に許可を貰い、咲夜からスケッチブックを受け取る。専用の漫画用原稿ではなく、スケッチブックに手書きで線を引いている。
そこに描かれていたのは『ガールズバンド!!』のキャラクターたちだった。作中より少し成長しているように思える。キャラクターの性格はもちろんのこと、作品の特徴をよく捉えている。ぶっちゃけ読みやすさで言えば咲夜の四コマより読みやすいかもしれない。ネタのキレなどは流石に四コマ慣れしてる咲夜には敵わないが、漫画部先輩だけあって絵は上手い。そりゃそうだ。放課後、ずっとこの部屋で絵を描いていたんだ。続けていれば上手くなる。オリジナルを作っている人の影に隠れていただけなんだろう。
けれど、初めて漫画を描いたにしては妙に熟れている気がした。
「うふふ。作品が終わっちゃっても、こうしてファンの中で生き続けていけば、作品は終わらない――なんてこと言うつもりもないし、こういうので咲夜ちゃんの気持ちが晴れるわけでもないかもしれない。求めているのはこれじゃないかもしれない。でもね?」
俺は読み終わったスケッチブックを咲夜に手渡す。咲夜はもう一度真剣な眼差しで渡されたそれを眺める。
「こういう風にして作品が続いていけばいいなあって」
「こういう風に……」
最初上擦っていた声もだんだんと落ち着いてきた。咲夜がきゅっとスケッチブックを握りしめる。普段、咲夜のように主張はしない人なだけに、絵も合わさって心に響いているのかもしれない。
「咲夜ちゃん風に言うなら、今って新しい作品がものすごいスピードで生まれてるじゃない? スマホをみんなが持つようになって、ネットがより身近になって、SNSが普及したおかげで簡単に発信も出来て、新しい漫画が息をするくらいに簡単に読めてしまって……。
需要と供給のバランスがもう完全に崩れちゃったっていうか……わたしみたいな一ファンからすると、オリジナル作る人は大変なんだろうなあっていっつも思っちゃうの」
時代だ。
見る数が増えればそれだけ客の審美眼も磨かれてくるというもの。
伝える機会、目に触れる機会が増えた反面、埋もれる作品の数も圧倒的に増えた。
ネットを使えば誰だって作品が簡単に発表出来る。飽きたら次へ、飽きたら次へ。埋もれる作品はこれからどんどん増えていくだろう。俺みたいな同じ作品を繰り返し読む奴は昔に比べて減ったのだろうか。
いいや、変わらないのかもしれない。
「今ってさ。昔の作品が名作として語り継がれていくことはあっても、今の作品――例えば『ガールズバンド!!』――がこの先、思い出されることってどれだけあるんだろうなって思っちゃったりしてね? 不安になることがあるの」
わからないでもない。
最も、そんなこと語れるほど長く生きちゃいないが。
娯楽が一極集中していた時代。
漫画好きならだいたいがあの名作とあの名作を読んでいる、そんな時代。
昔に比べれば、今はそういうことは無いのかもしれない。しかし、選択肢が増えた分、視野を広げやすくもなった。
ストリーミングサービスの話と似ている。昔なら聴く機会、興味すらなかったジャンルに手を伸ばしやすくなっている。
だが、増えた分、減る物だって絶対にある筈だ。
「でもね? そんなの悲しいでしょう? やれることってなんだろうなって考えた時に、こういう方法で、語り継ぐ方法があるんじゃないかなって思ったの。発信が簡単になったからこそね。だって、これならみんなの目に触れる機会が増えるでしょう?」
「そう、ですね」
咲夜はそこで始めて返事をした。
眩しそうな目で御神楽先輩を見つめる。
そうだ。このクオリティのファンアートならネットに載せるだけで結構なアクセスが見込めるかもしれない。
御神楽先輩のファンアートは『ガールズバンド!!』完結後のその数年後を描いていた。
卒業後も続く交流。終わってもその世界は続いて行くってわけだ。
疎遠になっていくこともあるだろうが、そうじゃないかもしれない。その答えは作者が後日談などで示してくれるかもしれないが、読者一人一人がこうやって補完することだって出来るという証し。
成程。感動的だ。その想い、十分に伝わった。
これを伝える為に今日はひらすら絵を描いていたんだろうか?
しかし。
「だからね? わたしが言いたいのは夢や目標、彼女たちの成長を否定しないで受け入れてあげてってこと……ね? そうでしょう? 咲夜ちゃんの言いたいことも分かるつもりなんだけど今回ばかりは聞き逃がせないっていうか、ううん、これまでもそういうことはあったんだけど、やっぱり今回だけは聞き逃がせないっていうかね? ね? わたしの言いたいこと分かる? 分からないかな? ねえ?」
「は、はい……?」
言ってるうちに言葉に熱を帯びてきた御神楽先輩。
その勢いに咲夜が気圧されていた。
うん?
ただ人生の、漫画部の先輩として語っているのだと思っていたが、どうも様子がおかしいぞ。
「もうっ。もうっ! 本当に。ずっとだよ? わかってたのね? わかってた。わかってたけど、やっぱり納得いかなかったりもしたし、わたしもむーーーーーーーって、ずっと思ってたから、ほんっとーに納得いかなかったのっ。ここ最近! ずっと! ね!?」
「え!? え!? ごめんなさい!! みか先輩なんの話ですか!?」
咲夜がわたわたしながらも「私、なんかした!?」みたいな視線でこっちを見てきた。慌てて首を振った。知らん。一体どうした?
「カラオケの時はまだそんなこともあるかなーって思ってたし、喫茶店の時も実際女の子いっぱい雇うの大変って店長も言ってたし納得はしてたの! でもね? 演劇は良い物なの!」
「演劇? それにカラオケに喫茶店?」
最近部室で咲夜の独自の論理展開を繰り広げていた時のことか。そんなこともあったなと言われて思い出す。
「めちゃくちゃな劇だってその作品の個性が出ててわたしは好き! 『しゃにむにカラーズ』もそう!」
「あれ? みか先輩、あの作品読んでたんでしたっけ?」
「読んでた! 一緒に話したでしょう!?」
話した、か……?
俺も会話に夢中だったせいかほとんど記憶から抜け落ちている。
どうやらここ数日間の咲夜の発言が、漫画オタクである御神楽先輩の逆鱗に触れていたらしい。
御神楽先輩はぶんぶん手を振って怒りを露わにしている。怒り方がかわいい。
「それにえっちな絵の時もそう! あれが一番むーってなったの! 夢久里知沙希先生の四コマはとっても良かった! 話も良かった! 設定も素晴らしかった! あのえっちな絵だってそこまで雑誌から浮いてなかったし、唐突感も無かった! 流れだって悪くない! なのになのになのに……!」
すげー顔真っ赤。
それにしても、夢久里知沙希?
って、ああ。『こまおくり、さきおくり』の作者か。って、そっちは十八禁の方の名義だったような……宝来の発言では確か百合メインだった筈。
エロ漫画で女性通しがメイン。となれば、結構なマイノリティなんじゃないだろうか。
そういえば、この先輩はそっち方面の雑誌も詳しいんだっけ。
成程。尖った作者だからこそ熱のあるファンも多いってわけか。
ファンからすれば、あの時の一連の流れは許せなかったのかもしれない。漫画部全体で結構酷評してたような……薄紅先輩なんて思いっきり、つまんないって言ってたしな。
言われてみれば、あの時の御神楽先輩は『こまおくり、さきおくり』をフォローするような発言をしていたように思う。
てっきり数々のエロいイラストを見てきたせいで、見慣れているのか、或いは目が肥えているだけかと思っていたが。
「『ガールズバンド!!』から夢や目標を奪うなんて絶対にノー!! やっちゃ駄目!! ここまでの奇跡を読んでおいてよくそんなこと言えちゃうなって思った!! ムカつく!!」
あの御神楽先輩がムカつくって言った……。
「ゆ、夢を奪うだなんてそんな人聞きの悪い」
「言ったも同然!!」
そこは言ったも同然のような気がする。
ネガティブな意見は時に本人の発言の意図がどうであれ、聞いている人からの反感を買いやすい、か。
宝来で学んだのに、生粋の漫画オタクである御神楽先輩のことを考えていなかったな。
漫画部に入るくらいの漫画オタク。忘れていた。
しかもバイト先にメイド喫茶なんて選ぶお人だ。
本人は「実際に着て接客してみたかった」とか「なんとなく始めた」なんて言っていたが、もしかしたら何かの漫画の影響かもしれない。
なかなか初バイトでメイド喫茶って選択しないよなあ。
「うう……はい。ごめんなさい。色々配慮に足りない発言だったかもしれません」
咲夜が肩を落として謝った。こういうところは素直である。発想や着眼点が捻くれているだけなのだ。
御神楽先輩はそんな咲夜を見て溜息を吐いた。少し冷静になったようだ。
「ううん。いいの。咲夜ちゃんがそうやって漫画のアイディアを練っていることはわたしもよーく知ってるし、これからもやって欲しいと思う。今回はね? わたしに思い当たる話題や作品が多く過ぎて、わたしが勝手に爆発しちゃっただけ。だから、これかもこの部室の中では咲夜ちゃんらしくしてて欲しいの」
「怒ってないんですか?」
「怒ってない。だって咲夜ちゃんの話事態はわたし、聞いててとっても面白いもの」
にこりと微笑む御神楽先輩。
今さっきめちゃくちゃ怒ってただろ。とは言えない雰囲気。
「もしかしてこの漫画もわたしを諭す為に、こうして描いてくれたんですか?」
「あ、それは違うよ? わたしが二次創作好きで描いてたってだけ」
少し感動したように御神楽先輩を見上げていた咲夜がずっこけた。
「ですか」
「ですよ? だって、こんな分量、今話したばかりで、すぐには描けないでしょう?」
そりゃそうだ。今日『ガールズバンド!!』のことを話題に出したばかりなのに、諭す為に描いたにしては分量が多い。ここ最近で書き溜めていたのだろう。
「もしかして他にもあります?」
「ちょっとだけね」
「えー? ていうかなんで今まで見せてくれなかったんですか? 私、みか先輩ってオリジナルであれ、二次創作であれ、模写とちょっとした落書きだけで、ちゃんとした創作ってしない人だと思ってたんですけど?」
「だね。あたしもそう思ってた。あれ? 昔はしてたんだっけ?」
薄紅先輩も知らないのか。
「あはー。中学生の頃ちょっとだけね? なんか高校上がってから恥ずかしくなっちゃったんだけど、それでも漫画は好きで。だからこの部活に入って……。もう一回描き始めたのは……咲夜ちゃんたちの熱い議論に当てられちゃったっていうのもあるけど――」
そして、御神楽先輩はふっとこちらを見た。
「?」
「こうして描いて行けば咲夜ちゃんくらいには見てくれるようになるかなあって」
「!!」「!!」
「?」
女子二人が驚愕に目を見開いて御神楽先輩と俺を見、俺は何がなんだかわからずに首を傾げた。
「え? え? え? みか先輩?」
「みか! 聞いてないんだけどっ!」
「えー? なんのことー?」
なにがなにやら。
やにわに騒がしくなった女子三人置いておいて、俺は珍しく沈黙している宝来に話し掛けた。
「どうしたんだ。やけに静かじゃないか」
「いえ。毎度咲夜さんの他の人には無い着眼点には驚かされるんで、僕も読んでみようかなと思っただけですよ。萌え四コマ。小説を書く際の参考になるかなと」
「嫌いじゃなかったのか?」
「今まで特別興味が無かっただけです。貸して下さい」
買えや。とは言わない。
萌え四コマ漫画にも色々あるしな。合う合わないもあるだろう。あの着眼点というか妙な引っかかり方は咲夜独特のもので萌え四コマは関係無いと思うけどな。
「いいさ。見繕ってやる。しかし……」
「なんですか?」
「いやな。今回、咲夜がぐだぐだ言ってた発言の一部に御神楽先輩が引っ掛かってぷっつんしただけだったな、と。御神楽先輩が絵を見せて、咲夜の否定的な発言を諭すなり訂正させるなりなんなりして終わりだったら綺麗に収まったかもしれないのに」
ぷっつんしてさらにぐだぐだになって夢や目標云々の話が流れてしまった。まあ、正しい解答の無い意見だったが。
「いいじゃないですか、萌え四コマっぽくて。回答の無いぶん投げ落ち」
「ぽくねえよ。萌え四コマをなんだと思ってんだ」
「女子中高生のぐだぐだな日常」
…………否定しにくいな。
「まあ、でも」
「なんだ?」
宝来が未だ騒いでいる女子三人を見やる。
「諭すだけで良かったのに、今日こうして漫画を見せてくれたことにはそれなりの意味があるんじゃないですか?」
意味、か。言われてみればな。
スケッチブックを咲夜に差し出す時は少し緊張している様子だったし。
そういえば、メイド喫茶に行った際に、宝来と咲夜に問いかけていたな。自分の作品を知られることが恥ずかしくないのか、と。この二人は即答していた。ああいうのに当てられたんだろうか。私だって――と。
御神楽先輩なりの一歩。
今後どうなるかわからないし、彼女の将来の夢なんて知らないけれど。
それでも御神楽先輩は漫画部所属。それがどの程度だか知らないが、中学の頃にちょっとだけ描いていた漫画を再び描き始めた。
俺にはわからないが、一度辞めてしまった物をもう一回、始めるってのは、結構エネルギーを使うものなんじゃないだろうか?
案外、今日この日が、御神楽先輩の夢への第一歩、なんて日になったら面白い。
御神楽先輩の描いたスケッチブックを囲んで盛り上がっている三人を見てそう思った。
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