第6話 エロ2
「わかっておりませんね」
宝来がぽつりと呟いた。
「なにがわかってないって?」
咲夜がぴくりと眉を動かし反応した。
「咲夜さん。先程から聞いていればあなたは男女の絡みでのシチュエーションから来るエロス、エロスを示すのに女性の裸や胸やお尻などを例として挙げておりました。
それは先程のイラストにも表れています。裸の女の子の程よく潰れたおっぱい……勿論、この一枚絵だけで判断するのは尚早と言うもの……ですが僕はこの漫画部で数々の咲夜さんの漫画を読んできました。
これまで読んできた咲夜さんの漫画に、たった今描いたこのイラスト、それから今していた発言の数々。僕が思ったことはただ一つです。
敢えて言わせて頂きます! 咲夜さん! あなたは萌え四コマ漫画家として究極の武器を見逃しています!」
「究極の……」
「武器……?」
咲夜の四コマなら俺が一番読んでいるはずだ。
その俺と当の咲夜がわからず、この阿呆の宝来がそれに気づいただと?
「聞き捨てならないわ。私が何を見逃してるですって!?」
「咲夜さん。我が十三の男子高校生たちが、日常の中でどこにエロスを感じていると思いますか? 咲夜さんだって一人の女の子のはず。男どものエロい視線の一つや二つ感じたこともあるでしょう」
すげーな。当然のようにセクハラし始めたぞ。
咲夜は話に夢中になってて気づいていないが。
「え……? そりゃあ、あるけど……スカートとか胸とか……あと、あれでしょ? ふとももとかのこと言ってんでしょ?」
「やはり全然わかっていない……香苗さん、言っておやりなさい」
「言うか!!」
言いたいことはわかってきたけど言えるか!!
「そうですか。ならば僕から言わせてもらいます。咲夜さん、世にいる男ども――特に我々のような男子高校生たちは――女性の身体、その全てにエロスを見出します」
「は?」
「全部?」
「……っ!!」
咲夜が訊き返し、御神楽先輩が言葉を疑い、薄紅先輩が己の体を抱いた。
「勿論、おっぱいやお尻にエロスは感じます。ですが、僕たちはこんなにも長い三年という……中学からの付き合いなら六年、小学校からの付き合いならば十二年という時を共に過ごすことになるのです。本当に胸やお尻だけにエロスを感じていると思いますか? それで満足していると、本当に思ってるんですか? ハッ、嘆かわしい――若い男の性欲に果てなど無く、限りもまたありません。女性の身体と見ればその全てがエロに繋がる。
それは、咲夜さん、あなたの想像を遥かに超えているでしょう。
そう――謂わば日常にこそエロスは潜んでいる」
「日常……!」
咲夜がカッと目を見開いた。
そう、日常!
萌え四コマ漫画家にとって少女たちの何気ない日常こそが主戦場!
描くべき題材。宝来はそこにこそエロスが潜んでいると言っている!
「ぐ、具体的には?」
「ではまず僕からいきましょう。思いつく物から挙げていきます。階段を上がる時、ふと視線をあげれば見えるその白いふともも。水道の蛇口から水を飲むその唇。付着した水滴を舐め取るその仕草。屈んだ時に見えた胸チラ。水泳の授業は言わずもがな、その滴り落ちる水滴にさえ。手相を見るだとかなんだかと言って見せてくれた彼女の意外と小さな手のひらから指一本一本に至るまで。笑った時に見える歯。体育の時間にかき上げた髪の隙間から見えるうなじ、滴り落ちる汗。夏服から、ふと腕を上げた際に見えたその脇、さらにブラチラ。香苗さんは如何ですか?」
女子相手に手相見るとか平然とやってんじゃーよ。ようそんなこと出来るな、羨ましい。
「だいたいお前に言われたよ。でも、そうだな……強いて挙げるなら、俺はやっぱり脇チラと体育の授業で、汗をかいて額に張り付くあの髪の毛に――って、しまった!」
気づけば女性陣がしらーっとした目を向けていた。
「ド変態」
「ううううううううう」
御神楽先輩はともかく薄紅先輩は泣きそうだ。めちゃくちゃ軽蔑の視線を向けてくる。
違うんです。男子なんて皆そんなもんなんです。なんて言うわけにもいかない。今更遅い。
くそう、宝来め。ハメやがった。思わず同調してしまったではないか。
「安心してください。薄紅先輩にだって日常的にエロスを感じている男どもはいますよ」
「ばかああああああああああ!! 言うなあ!!」
宝来がいらんフォローをしていた。学習しない奴。
それはそうと、自身が性の対象として日常的に見られていることに気づいていなかったのに、指摘されることで初めて気づいてしまって羞恥で真っ赤に染まるってのもなかなかのエロスだと思う。って、なに考えてんだ俺。
「わ、私間違ってた……!」
見ればわなわなと咲夜が震えていた。
「日常にこそエロスは宿る! とりあえずおっぱいやお尻見せといて、なんとなく水着回だからってサービスシーンを描くなんて間違っていたんだわ!」
「いや、別に間違ってもいないが」
水着回。いいと思うぞ水着回。肌色は正義。でも、雑なのはよくないって話。
『こまおくり、さきおくり』みたいなのは特に。
って、すいません。夢久里知沙希先生。
「一コマ一コマから滲み出すようなエロス! 今まで何気なく描いていた仕草一つ取っても、人によってはそれがエロスに繋がっていたかもしれないってわけね。私は今までそれを自ら手放していた。もっとこだわるべきだったのよ! アングル! ポーズ! そして、体の細部、その全てに至るまで!」
「分かって頂けたようで何よりです」
「香苗!」
「な、なんだ?」
咲夜が声に合わせてテーブルを叩いた。
それまで突っ伏してうだうだ言ってたのが嘘のように元気になっていた。
「こうしちゃいられないわ。あんた、私の幼馴染よね?」
「そ、そうだが? 今更どした?」
「この一緒に過ごしてきた生まれてから今日までの十六年間、日常の中で香苗が私にエロスを感じた瞬間を列挙していって! 全部メモる!」
「出来るかっ!!」
自分も顔真っ赤な癖して、なに幼馴染に公然と羞恥プレイ仕掛けようとしてやがんだ!
「というか、たった今宝来が挙げたやつ参考にすればいいだろ!? 俺のフェチわざわざ聞き直す必要あるか!?」
「宝来のフェチに溢れた漫画とか私が描いてて嫌っ!」
……ごもっともで。
かと言って俺なら良いのかという疑問が残るが。自分でも見てみたいような、見てみたくないような。
「こんなこと頼めるのあんたくらいしかいないのっ! やるわ! 究極のフェチに溢れた萌え四コマ漫画の為ならば私は今、なんだってする!」
「やだよ! 幼馴染に性癖知られるとかどんな羞恥プレイだよ!」
『こまおくり、さきおくり』にやられて脳がおかしくなってるんじゃないか? 今日の咲夜はいつになくまともだと思っていた十分前の自分に言ってやりたい。
今すぐそこから逃げろと。
「今更私と香苗で隠す物もなにもないでしょ! そうだっ。みんなの前が嫌だって言うのなら、このパーテーションの裏でこっそりやればいいじゃない! 来て!! 早くっ!! ほらっ!!」
「やめっ、引っ張るなっ。嫌だあああああ」
「ふむ。酷い。しかし、自分のフェチに溢れた漫画を読むのも妙な気分になりそうですが、友人のフェチに溢れている漫画だと分かっている物を読むというのもなかなかおかしな気分ですね。小説家としては良い経験にはなりそうです」
「みかあ、あたし、明日学校休むううう」
「大丈夫だよ、林檎。ほら、ふとももならタイツとか履いて隠しちゃえばいいんだし」
「それはそれで」
「みかああああ」
「宝来くん……?」
俺たちのことは余所にあっちはあっちで大変そうだった。
その後のことはどうか訊かないでやって欲しい。
幼馴染を今までやってきた俺が、見たことないくらいの羞恥に染まる咲夜のその表情は、俺たちの何気ない日常には絶対に無いってくらいにエロかったとだけ。
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