第5話 演劇2

「と言うより、前々から気になっていたんですけど、お二人共どうして萌え四コマ漫画が好きなんですか?」



「む」

「どうして?」

 それでも続けた宝来の言葉に、咲夜と俺は同時に反応した。

「ええ。四コマ故に表現の幅も狭まりますし、咲夜さんの仰るように、あまり話の深堀りもできないじゃないですか。ストーリー性は殆どない作品も多いですし、主軸となるストーリーがないから、ただ学生だからという理由で、取ってつけたような演劇等を行う作品だってあります。

 日常作品が読みたければ四コマ以外の方が流れもぶつ切り感がなくて、作品の世界観により没入できますし、コマの大きさもあるので背景を大きく描けます。日常漫画は背景も重要な要素の一つだと思うのです。咲夜さんの場合、人物画も背景画も漫画的な技工もどれもお上手ですよね?

 他に手段がたくさんある中でどうして四コマなんですか?」

「そんなこと仰ってないけど」

 部室にピリっとした空気が流れる。

「まーた宝来は」

「あはー……」

 呆れ返る先輩たち。

「まず一つ訂正するわ。四コマだからって話の深堀りができない、なんてことは無いわよ。例えばね。何気ない日常を描きつつ、時にはギャグに織り交ぜつつ……ほんの少しずつ主人公の抱える葛藤を打ち明けていく――その方が感情移入度も違ってくるでしょう? 日常を描くからこそ見えて来る物だってあるわけ」

「それはまあ」

「そんで。アニメ化とかもあって世間で注目を浴びたのが女子高生たちの何気ない日常を描いた作品――そういうのが多かったってだけ。

 軸となるストーリーが有る作品も有るし、アニメ化した作品だって、例えば学生なら入学から卒業までという学生生活こそが、その作品の軸という見方も取れる。学生だもん。何気無い日常こそが何よりの青春でしょってね。別にそこに大それた目標がなくたっていいでしょ?」

「それは認めます。でもだからこそ、そういう日常を描いていたのに、いきなりぽんっと演劇という共通した目標が出てくることに僕は違和感があるんですよね。

 文化祭が終わったらそれでお終いじゃないですか。

 例えば、学生の内だからこそ色々手を出してみて、演劇に触れたことによって今後の人生観が変わる――例えば女優なり声優なり舞台役者なりを目指す切っ掛けになる――なんてことでもあれば、入れる意味もあると思います。

 始めから演劇などを軸として置いてる作品は良いですよ? でもそうじゃない作品はパッとやってパッと終わりじゃないですか。これ、入れる必要あったのかなって読んでると思ってしまうんですよ」

「成程ね。そういえば宝来が書いてるのってミステリーだったわね」

 ミステリー作家は書いている物全てを、解決の為の伏線にしなければ気が済まないということだろうか? 別にそんなことないと思うが。

 確かに宝来は使える伏線は全て使って、書いていく内に必要無くなった伏線は後で削るという書き方をしていた。

「まあ宝来が言ったように、学生生活の内にやった些細なことが切っ掛けで卒業後の進路に影響が出る。そんな風に描く作品もあるにはあるわね」

「そうです。あるにはある。けれどない作品もかなりある」

「えっとー宝来くん」

「はい、なんでしょう?」

 それまで黙って聞いていた御神楽先輩が割って入った。

「わたしだってなんとなくメイド喫茶でバイト始めただけだよ? やってみて楽しいけれど、将来的に誰かのメイドになりたいとか、見られる仕事に就きたいとかないし。全部に意味がある。そういう風に描かなきゃいけない。ってことも無いと思うんだけど……」

 最後の方は萎んでいった。途中で自信が無くなってきたのかもしれない。だが、言わんとすることはわかる。全てに意味があるなんて考え方の方が傲慢なのだ。

「てゆーか、咲夜の描いてるのってそういうこと、なんも考えず読むもんじゃないの?」

 薄紅先輩も話に入ってきた。

「どういうことですか?」

「え? そのまんまの意味だけど。今が楽しければいいじゃん。みたいな感じの漫画でしょ? 萌え四コマ漫画って」

「その言い方は大分語弊がありますね……言いたいことはわかんないでもないですが」

 咲夜が頭を悩ませていた。

 なんだろう。却って混乱した感がある。

「うーん。あれね。一概に萌え四コマ漫画って括っちゃうから判り難いわね。前にも言ったけど萌え四コマ漫画にも色々なジャンルがあるのよ。ファンタジー、SF、それに部活物、社会風刺にハイテンションギャグに不条理、ただ単純に日常を描いた作品。宝来が言ってるのは日常だけを描いた作品でしょ?」

「その通りです」

「で。私、さっきはああ言ったけど、別に演劇やろうがメイドやろうが、漫才やろうが、ただ喋って終わりだろうが、何やったって良いと思うのよ。

 私が四コマ読んでるのって、可愛いキャラの日常を横から眺めていたいーとか、このデフォルメ絵かわいいーとか、この衣装かわいいーとか、今のネタ最高に面白かったなーとか、そんなんだし。

 絵とかキャラとか四コマとしての起承転結とかちょっと百合った感じとか、萌え四コマの様式美を楽しんでる感じ? ようは面白ければそれでよくって」

「ゆり?」

 薄紅先輩がこてんと首を傾げた。

 伝わらなくていい。

「では、伏線や流れなどはそこまで気にしないと?」

「うーん、そう言い切るのも違うっていうか――作品を盛り上げる為の要素の一つとしてあったら面白いな――とは思うけど、例えばミステリーやバトル漫画ほど、私の中では重要じゃないっていうか。背景に関しても同様。凝ってる作品は感心するし、凄いな、とも思うけど、別に無くてもなんとも思わない。まあ、この辺りを言葉にするのって面白さを定義してる感じがして私、本気嫌なんだけどね」

「ふむ」

「だから私が最初、文化祭ネタで演劇はやんなくてもいいじゃんって言ったのは、単純にこの漫画で他のお祭りネタが見たかったなーって、ただそれだけなのよ。実はね。

 宝来の言う、何気ない日常を描いた作品にいきなり共通目標が出てきて文化祭が終わったらそれでお終い、その流れに違和感がある、とかそういうことを言いたいんじゃなくって」

「他のネタですか?」

「そう。輪投げとかお化け屋敷とかそんなん。演劇だと場面場面切り取られてる感じがして、私が、作品を楽しみにくかったってだけ。四コマに限らず作中作が出てくるアニメ、漫画、小説、映画、全般に言えるけどね。そこに長い尺を取るなら尚更。キャラと同じ感情が分かち合えないーって思ったことない?」

 そう。

 だから咲夜は創作をするような漫画全般が苦手だったりする。

 その手の作品でよく見られる、作中で作中作がめちゃくちゃ持ち上げられる描写。『こんな作品描けるなんて凄いです!』『こんな色どうやって出すんですか?』『先輩が書いたこのお話すっごく心に響きます!』とかそういうの。

 咲夜はそれがあるとどうも冷めるタチらしい。

 端的に言って苦手だと。

 わからないから。

 わかりようがないから。

 理解できないから。

 その理屈だとスポーツ漫画で強豪校が登場してまだ強さを見せていないのに、めちゃくちゃ持ち上げられてる描写とか、バトル漫画で未だ姿を見せない敵がとんでもなく大物に描かれていたり、とか、そういうのだって楽しめないんじゃないか? と訊くとそれはどうも違うらしい。

 そういうのはわくわくするのだと言う。

 深読み出来るから。

 なんとなくだが、さらっと流せないタイプなんだろうな。

 カラオケの時や、ラブコメの時もそうだが、考えすぎてしまうタイプというか。

 全部を理詰めで考えている。

 全てを理解したいが故に、変なところで引っ掛かる箇所が多い。だから楽しめない漫画も数多い。

 その中で、ふわっとしたタイプの萌え四コマ漫画は咲夜に合っていたんだろう。

 しかし、その性質のせいで咲夜の描く萌え四コマ漫画は、独特のセンスに溢れ、大変読みにくくなっているのだが……。

 まあ、ある意味宝来と似ている。

「ミステリーでは作中作って常套手段ですからね……しかし、成程。ようやく咲夜さんの仰ってることに合点がいきました。何気なく読んだミステリ小説が、読んだこともない海外古典のパロディ小説で、作中で元ネタの引用を多様するあまり、元ネタを知らないと思いの外楽しめなかった……あの感覚ですか? 後で気になって読んでみたら元ネタも大して楽しめないという」

「ちげーよ」

 わざとやってるだろ。ミステリオタから怒られろ。

「あはは。冗談です。よくわかりましたよ」

 本当にわかってるのだろうか。こいつは。

「で? なんで咲夜は四コマを選んだんだっけ? そういえばあたしも知らなかった」

 薄紅先輩が話の軌道を元に戻した。

「うーん、そうですねえ……宝来はさー。どうしてミステリ作家になりたいと思ったの?」

 薄紅先輩の問いに何故か宝来に話を振った。

「僕ですか? まあ、ハマったら自分もそれを書いてみたいと思うものじゃないですか? 思っているだけに留まるのか、実際に書いてみるのか、そして継続していけるのかの違いがあるだけで。

 僕はたまたま合っていたんです。ハマった切っ掛けとしては、家の両親が結構な読書家なもので、家にある物を読んでいくうちに……といった感じです。普通です、普通」

「宝来はこれまで何作書いてるの?」

「十作ですね。今書いてる物が十作目になります」

 俺と同い歳でそんだけ書いてるのは素直に凄い。小説ってだいたい文庫本一冊で十万文字前後だろ? 単純計算で百万文字だ。俺には一生掛かってもその文字数は書けないだろうな。

「その言い方だと最初からミステリだったのよね?」

「まあそうなりますね」

「でも十作目まで来たところで、ジャンルの変遷はなかった? ミステリの中でも色々あるでしょ?」

 フーダニット、ハウダニット、クローズドサークル、叙述、暗号解読、社会派に警察物、メタミステリにアンチミステリ、SFチックな物からオカルトめいた物まで。

 一口にミステリと言っても色々ある。

「そうですね。最初のうちは特殊設定ミステリなども書いていましたが、結局、ここ最近は古典的な館物の方が自分に合っていると――ああ、そういうことですか」

 特殊設定ミステリとは文字通り特殊な状況下に置けるミステリだ。タイムトラベルや予知能力、バトル漫画みたいな能力が実際に存在する、そういう特殊な世界で発生する事件を扱ったミステリ小説全般を指す。

 宝来は、咲夜の言いたいことがわかったようだ。俺も朧気ながらわかってきた。

「私も最初はね。普通の漫画を描いてたのよ。少女漫画にバトル漫画とか。ハマった漫画に影響されてね。

 でも最初は無理してやってる感じあったのよね……。将来的に漫画家になりたいから、無理やり描いてる、みたいな? 自分で設定した夢に縛られちゃってる状態? 常に肩肘張ってる状態? 今になってわかるけど……心の底から楽しんで描いてなかったと思うのよ。

 その時は、漫画を描くのが好きだと思い込んでた。たぶんストーリーを考えるのが苦手だったのかしら。

 そんな中、香苗ん家に行った時、たまたま、萌え四コマ漫画見つけて読んだのね。それまで読んだこと無かった。存在も知らなかったしね。

 最初の感想は、ふうん、だったわ」

「ふうん?」

 薄紅先輩が聞き返した。

「これ、漫画にする意味ある? って。不思議に思った。

 けど……、これなら描けるかなーって……今考えると結構失礼なこと考えてたわね。

 で、実際描いてみたの。

 描いてみたら、それまでうんうん唸りながら描いていたのにすらすら進んで自分でもびっくり……そんな感じね。

 私が四コマ描いてる理由って、四コマに対しての深い愛情があるから絶対に四コマ描きたいとかそういうんじゃなくって、たまたま性に合ってるってだけなのよ。

 でもそんなもんじゃない? 宝来だって、どうせ流行りに乗っかってとか、そっちの方が受けるかなーとか思って特殊設定ミステリなんて書いてたんじゃないの?」

「お見通しですね。仰る通りです。時代や将来性などを見越して、視野を広げようと書いてみたのですが、その実、視野が狭まっていたんですね。結局、昔から読んでいた古典的なものに落ち着きました。もちろん、この先どうなるかはわかりませんが」

 だろうな。まだ若い。もしかしたら小説以外に向いてる物を見つけるかもしれん。

 まあ、確かにあの頃の咲夜はちょっと見ていられなかったな。

 憧れが過ぎて自縄自縛に陥っていた。

 少女漫画の傑作に心奪われ、バトル漫画の傑作に心奪われ、憧れるあまり、真似に走ったというか。

 真似はもちろん大事だが、いざオリジナルとなるとな。

 咲夜の変なところに異様に引っ掛かってこだわり出す性格が、咲夜の描く漫画をわけのわからないストーリーにさせていた。

 冗長&冗長。

「ここ、もっとコンパクトにした方がいいんじゃないの?」と、俺が指摘すれば、

「……わかった」

 と、一度は納得するのだが、次の日持ってきた作品は指摘されたところに合わせて、別なところが肥大化していて前日よりもさらに悪化していた。

 それの繰り返し。

 それが四コマという枠に収まったことでどんどん読みやすくなっていった。

 ……まあ、まだまだ改善の余地はあるのだが。それでも、独特のセンスに溢れて、他には無い光る物を感じるのも確かだ。

 いつの日かカルト的な人気を誇る四コマ漫画家になると俺が思っているくらいには。

「よくわかんない。とりあえず好きだから描いてるってことでしょ?」

 薄紅先輩がそれまでの説明を台無しにする一言を吐いた。

「ええ。まあ。そゆことデスネ」

 諦めた……。

 咲夜は目を糸のように細くして、飽きて机に顎を乗せてぐでんとなっている薄紅先輩を見、そして一切の説明を放棄する。

「ねー! ねー! そんなことよりさー! 咲夜、これ描いてこれ描いてっ!」

「はああああ。いいですよ――って、また複雑な造形……適当に簡略化しちゃいますよ?」

「いいよ~ん。四コマね? お題は……」

「うぇ!? 漫画ですか!?」

「いいじゃん。好きなんでしょ?」

「えー……」

 薄紅先輩以外がやったら確実に怒られるな。

『絵得意なんでしょ? 描いて?』

 で、怒る人は世の中結構いるらしい。

 SNSでいっぱい見たぞ。咲夜はなんだかんだ楽しそうだから良いけれど。

「香苗くん」

「なんですか?」

 御神楽先輩が話し掛けてきた。

「咲夜ちゃんとはいつ頃からの付き合いなの?」

「んー、そうですね。そもそも俺と咲夜って、家が近所で元々親同士交流あったんですよ。なんで、生まれて間もない頃からの付き合いですね」

「へえ。いいなあ。わたし幼馴染って憧れちゃうなあ。咲夜ちゃんって、昔からあんな感じだったの?」

 あんな感じ。

 色々な意味を含んでそうな言葉だ。

 性格は今と変わらないのか、その頃から漫画を描いていたのか。

「……今の咲夜とは似ても似つきませんでしたよ――」

 咲夜がこうまで笑うようになったのは萌え四コマ漫画のおかげだ。


 作り物の日常が、誰かを救うことがあったって良い。

 俺はそう思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る