第5話 演劇
「私、演劇って必要無いと思うのよね」
萌え四コマ漫画『しゃにむにカラーズ』を読みながら咲夜は言った。
キーボードを叩く音がカタカタと部室内に響いていた。
御神楽先輩はスケッチブックに落書き。薄紅先輩はスマホゲームをポチポチと。
誰も口を開かない為、俺の役割かとばかりに口を開く。
「そう思ってんならその衣装返しに行くんだな。ていうか何でまた着てるんだ?」
今の咲夜は昨日部室で見た時と同じくメイド服に身を包んでいた。この前と違ってカチューシャは無し、ソックスは履いていた物をそのまま、靴は上履きという手抜き仕様。当然チョーカーなんてしていない。
……長々と描写なんてしないぞ、俺は。
「この服、生地がしっかりしてるからあったかいのよねー。そろそろ寒くなってきたし暖房出すべきよね。なんで漫画部ってやっすい電気ストーブ一つしか無いのかしら。あれって手前しかあったかくならないのに。また横島先生に絵を描く参考にしたいからってエアコンとは言わずストーブでも譲ってもらおうかしら」
お前は横島先生を何だと思ってるんだ。
「咲夜ちゃん。そんな寒いならわたしが家から余った電気ストーブ持って来ようか? いつも使ってる身体の表面しか暖まらないやつじゃなくって、ちゃんと身体の芯までぽかぽかになるやつがあるから……遠赤外線、だったかな?」
「是非!」
「咲夜寒がりだよねー。漫画ばっかり読んでるからだよ。あたしみたいにちゃーんと運動しないとだめだよー。でぶでぶー」
御神楽先輩と薄紅先輩は勿論今日は制服だ。
「失礼ですね。してますよ。漫画ばっか描いてると肩凝るし。ただ単に冷え性なんです。それより私は薄紅先輩が運動してる方こそ見たことないんですけど」
「あのねっ! 最近お家でバストアップ体操始めたのっ! それから、ぶら下がり健康器も買ったんだっ!」
「誰かに話したかったんですね」
「ち、ちがわいっ!」
「なんなら私がバストアップの為に揉んであげましょうか? あれ実は最新の研究でちゃんと効果のある揉み方が実証されたんですよ? 知ってましたか?」
「へ? マジ?」
「……ただ……、海外の学術論文なんで今のとこ、英語の論文しか出回って無いんですよね。なので、日本にはいまいち認知されてなくって……読むのも大変でしょうし、特殊な揉み方をするので、最初は覚えるのも大変かもしれません……」
「え……え? ちょっとマジっぽくない?」
「マジですよ」
「や、やって!」
「任されました!」
「やめい」
後ろに周って咲夜の頭をチョップした。
「ぐえ」
「いたいけな先輩を騙すんじゃない。そんな簡単にバストアップできるわけねーだろ」
なんだよ。特殊な揉み方って。だいたい何でお前はその論文読めてるんだよ。英語論文なんて俺ら高校生の英語力じゃ読めねーだろ。
嘘を言う時それっぽい言い方すんなよ。薄紅先輩は信じちゃうだろ。
「……できないの?」
「あっ、えーっと。先輩のやってる体操はわかりませんよ? こいつは今適当こいてたんで信じないで下さい。それにほら。宝来の言ったこと気にしすぎですよ。先輩はそこそこ胸あるじゃないですか」
「ほんと? ある? あたし、ちゃんとおっぱいある?」
薄紅先輩はそう言いながらぺたぺたと己の胸に触った。横に立つ俺を上目遣いで見上げながら。変な気分になりそうだ。
「ええもう。きょにゅうと言っても過言ではありません」
「そっか。そう。あたしは巨乳……あたしは巨乳……」
ぶつぶつと呟きながら自分の胸を見下ろしてぺたぺたと触る先輩に安堵の溜息を漏らす。
虚乳。
「んで? なんであんたこっち来たの? まあいいわ。どうせだから肩揉んで。凝ってるから」
咲夜は首を反らして俺を見上げた後、再び手前に向き直って座り直した。
絵描くと基本おんなじ姿勢をずっと取るから筋が張るんだろうな。部室でも肩と首をぐるぐる回しているところをよく見る。
「はいよ。いや、さっきのな」
「さっき? 私、何か言ったっけ? ……ん」
そっと手を添えて揉み始める。髪の毛が手のひらに当たってくすぐったい。相変わらず華奢だなあ。
「あい、あいたたたたた。いた……んっ……ふぁ」
「いやな? お前が変なこと言い出す時は大抵漫画の話題だろうなって思ってな。どうせまた『しゃにむにカラーズ』の話かと――ほらやっぱり」
『しゃにむにカラーズ』とは、月刊らららに連載中で、現在アニメも放送中の乗りに乗っている人気作だ。
どこにでもよくある普通の学園コメディ。特徴としては、多少中国地方のローカルネタが強めってことくらい。
咲夜が読んでいたのはそれの第六巻。文化祭をメインに描いた巻だった。後ろから見ると丁度主人公たちが舞台で演劇をやっている最中だった。普段大人しいロリっ子が舞台で大声を張り上げていたり、いつもみんなを引っ張っていく元気っ子が自身とは正反対の清楚なキャラを演じていたり、それぞれのキャラの特徴を活かしつつ、六巻までの積み重ねと成長を感じさせる大変素晴らしい巻だった。
それをいらないとは何事か。
「ねーみか。ふつー幼馴染ってあそこまでするもんなの?」
「わかんない。でもただのマッサージだよ?」
「いいなあ」
「林檎?」
「なんでもないっ!」
幼馴染なんてこんなもんですよ。たぶん。いや、俺と咲夜だけかもしれませんが。あまり幼馴染って見ないですからね。俺も十六年間生きてきて自分たち以外に男女の幼馴染って出会ったことありませんし。
そんなことより。
「演劇、いいじゃないか。キャラクターの成長イベントとして持ってこいのイベントだ。何よりお祭り感が楽しい。夏祭りとかと違って学生ならではだからな。文化祭って」
「うーん……んっ。萌え四コマ漫画に限らず演劇や舞台ってイベントとして挟まれたりするけど結構突飛なものが多いじゃない? 時にはミュージカル調だったり」
「あー。まあ。そう、かな?」
言われてみれば萌え四コマ漫画では、文化祭の出し物として演劇がやけに多く感じる。ミュージカル調ってのはアニメや映画の演出としてよく見るな。アレはまた別か。
突飛ねえ。
まあ、普通の劇も存在するが、漫画である以上、それをそのままってわけにもいかないのだろう。
アレンジを効かせた物が多いのは事実だ。
「いっつ……そのまんまやっても面白くないわよね。かと言ってあんまり突飛だとこっちもぽかーんとしない? 私はね? 舞台を見ているキャラたちが『なにこれ』『めちゃくちゃだね』『でもなんか楽しいね』みたいな感想言い合って、ギャグ感出したり良い話風に持っていってるのを見ても、作中作を最初っから最後までやるわけじゃないから、場面場面だけ切り取られてるみたいで、お客であるキャラたちみたいに素直に入り込んで感動出来ないのよ。……ふーんで終わってしまうというか……って、いったたっ! あんたさっきから強すぎ」
真面目だなあ。俺、そこまで考えて萌え四コマ読んでないぞ。
「すまんすまん。しかしなあ、作中作を最初から最後までやるわけにもいかんだろう? それに」
「それに成長イベント、文化祭の出し物としてなら、それこそメイド喫茶とかもあるじゃない?」
咲夜がちらりと御神楽先輩に目をやった。御神楽先輩は苦笑い。何か言いたそうだ。
「あはー……ま、まあでもわたしもその巻結構面白かったし、必要な回だと思うけど……」
「ですよねえ。それに、演劇なら役に合わせて色んな衣装が見られるじゃないか。それがまたいいんだろうに。分かってないなあ、お前も」
「ふぁ……んっ。で、でも、それならコスプレ喫茶とかでいいでしょ。引っ込み思案なキャラの成長が見たいってんなら合唱とかでもいいわけだし」
「合唱って文化祭っぽいか?」
合唱単体でイベントがあるだろ。合唱コンクールとか。
「じゃあ、バンドでもダンスでもマジックでも漫才でもいいわ。舞台映えしてキャラの成長が見れるイベントなんてたくさんあるでしょ。ほら、漫才とかなら場面場面だけ切り取られたとしてもネタが面白ければ結構楽しめるわ」
「いや……ないだろ」
キャラの成長イベントが漫才て。それに文化祭なんだし、普段は見られないクラスの子たちとの交流も描けるじゃないか。
萌え四コマ漫画は基本主人公周りのグループ数人を描いていることが多い。なので学校でのイベントとなれば、いつもは見られないクラスの他の子たちとの絡みが見られるという楽しみもある。
今咲夜が挙げたものは複数人との絡みとなるとちょっと弱いような気がする。
バンドは文化祭単発でやるには楽器の調達から本人たちの演奏能力等、解決すべき問題が多すぎるし、ダンスに関しては演劇以上に漫画で表現するのは難しいだろう。
それに、俺にはどうも演劇以上に舞台映えするとは思えない。
喫茶店も接客という側面では成長を描くことが出来るだろうが、それこそ他のイベントで代替できると思うのだ。
別に文化祭で描かずとも、急遽頼まれてアルバイトをすることになったとか適当な理由で描いたって良いわけだし、演劇以上に特別感がない。
やはり演劇は、文化祭、学校の一大イベントとして描くのに最も適している題材だろう。
そのことを告げると――。
「むー。言われてみれば? でもねー。私としては別に文化祭なら文化祭でせっかくのお祭りなんだし、いっそただ皆が楽しむ様子だけ見れた方がいいのよねー。成長イベントをそこで入れなきゃいけない決まりなんて無いわけだし。いっそ成長なんてしなくていいし。
色んなクラスの出し物をひたすら楽しむ姿が見られればそれで満足というか? 少年漫画じゃないんだから何号にも渡って文化祭描くわけにもいかないじゃない?」
萌え四コマ漫画は基本的に月刊だ。
少年漫画の場合は、週刊だろうが月刊だろうが、同じイベントを何週、何ヶ月にも渡って展開することは良く見られる。
しかし四コマはどうだろうな?
別に俺は良いと思うが、何気ない学園生活を描いている萌え四コマ漫画に挟まれた学園祭という名の非日常、それをそう何ヶ月にも渡って描けるとも思えん。
非日常は非日常だからこそ良いのだ。長過ぎるとダレる。
それに、月刊という周期は長い。普段は何気ない学園生活を描いているのなら、早くそっちに戻って欲しい、というファン心理も理解できる。
咲夜の言い分も勿論理解出来た。些か味気なさを感じなくもないが。ようは、こいつは掛け合い重視派、何気ない日常が好みなんだろう。描いてる四コマもそれっぽいし、好きな四コマもそれっぽい。
でもまあ正直、今日のこの議論に関して答えなどないけどな。
読者が漫画に何を求めるか、なんて問いに決まりきった答えなんて無いだろうから。
たまにはこんな答えの出ない問答も良いだろう。共通の趣味であーでもないこーでもないと言い合っているのはそれだけで楽しいものだ。
「よし。肩揉み終了。じゃ、俺は戻るぞ」
「ん。ありがと」
議論は決着付かなかったが、咲夜は晴れやかな顔をしていた。
「うん。まあ言ってみたかっただけよね。言い合いたかっただけというか」
「良いさ。俺もなかなか楽しかったよ」
さてと。俺も漫画でも読むかなー。今日は何読むかなー。どうせなら演劇物が……そう思っていると――。
「僕は咲夜さんの意見に同意ですね。演劇要素を意味なく入れる必要があるとは思えません」
それまでずっと黙ってキーボードをひたすら打ち込んでいた宝来が割って入ってきた。
今更……。
俺は自分の席に戻りながら言う。
「悪いな宝来。もう議論は終了だ。今回お前の出番はない」
「と言うより、前々から気になっていたんですけど、お二人共どうして萌え四コマ漫画が好きなんですか?」
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