第4話 ファッションショー3
五分後。
「じゃじゃーん! どう? 褒めてみなさい!」
扉を開けた俺と宝来の目に飛び込んできたのは、漫画部三人のメイド服姿。
薄紅先輩は勿論先程と変わっていない。御神楽先輩はメイド喫茶でもう見慣れた感すらあるが、強いて違いを挙げると言うのならこちらの方が色合いも落ち着いていて、スカートが長いこともあり、本来のメイドに近いような印象を受ける。咲夜は孫にも衣装と言うか。普段の活発な印象が衣装のせいで大分抑えられていた。
薄紅先輩は自信満々な顔。御神楽先輩は慣れているだろうに、幾らか恥ずかしそうに頬を右手で抑え、咲夜は本物のメイドを意識しているのか腕を体の前で組み無表情で立っている。
「まあ、三人共似合ってるんじゃないか?」
「ええ。よくお似合いですよ。見違えます」
俺と宝来は咲夜のご要望通り褒めた。対する咲夜の答えは――。
「千点満点中五点ね。来世でやり直しなさい」
千点て。
「なんだよ。拍手喝采でブラボーとでも叫べばよかったのか?」
「馬鹿。違うわ。褒め方としては普通。宝来はなんか引っ掛かるけどそこはいつものことだし。それにそんな大絶賛されたら却って気持ち悪いわ」
「じゃあ何が気に喰わないってんだ?」
咲夜はテーブルの上に置いてあるさっきまで読んでいたラノベを示した。
「これ。ラノベとかでよくあるじゃない? 初めて登場したキャラを描写する時とか、キャラが普段は着ないこういうメイド服とか、後は浴衣とかを着た時に長々描写したりするでしょ? あれ、やって欲しいのよ」
あれ、と言われても。
ピンと来ないぞ。
「ああ。あれですか」
宝来は分かった風だが。
「なんだ? あれって? 描写?」
「そうですね。まず僕が咲夜さんで実戦してみますと――……僕の瞳に映ったのは、彼女の長い艶やかな肩まで届く黒髪、ルビーのような赤い瞳の奥には確かな意思の強さが感じられた。きりりとした眉が彼女の性格をより強く表している。しかし、給仕服に身を包んだその姿は、彼女の持つ活発さとは正反対のお淑やかさも同時に兼ね備えていた――とかこういうのです。ラノベに限らず一度は目にしたことはあるでしょう?」
「ああ――」
伝わった。
小説の人物描写な。ヒロイン初登場の時によくやるやつ……別にヒロインに限らないか。でもこういうのって作者の性格出るよな。俺はもうちょっと簡素で良いと思うが。箇条書きで良いんじゃないかとすら思ってしまう。
「うんうん。百点ね。流石本職」
千点満点なら十分の一じゃないか。
「いえいえ。まだまだですよ。でもなんだってこれを? 咲夜さんの描いている萌え四コマ漫画とはむしろ相性が悪くないですか?」
そりゃそうだ。四コマでキャラが登場したり着替える度にこんなに長々と描写してたらそれだけでコマが文字で埋まってしまうだろう。漫画のジャンルによっては推理や考察でコマが文字でいっぱいに埋まってしまうことがあっても、四コマでそれをやる必要は無い。ましてや、推理でも考察でも何でも無いただのキャラ描写に。
四コマ漫画は読みやすくあるべきだ。
「私ね。思ったのよ。萌え四コマ漫画で服装には無頓着な子――例えば大人しそうな主人公だったり、友達の男っぽい服ばかり着ている元気っ子とかね――が、衣装持ちの女の子とかと一緒に街へ繰り出て、そこで思わず入っちゃった服屋さんでキャラを次々に着せ替えするイベントが発生することがよくあるでしょう? 試着室で、ファッションショーみたく」
「あるある」
街中以外だと、友達の家などに遊びに行った時に発生するイベントである。
いいよなあ。あれ。
コマ毎に普段と違う衣装を着たキャラがパッパッパと移り変わっていって、目の保養になるんだ。めちゃめちゃ気合入ったふりふりの服だったり、清楚なワンピースだったり、キャラに合わないセクシー路線やゴスロリっぽいのまで見れたりもする大変お得感のあるイベント。
好きだ。
愛してると言ってもいい。
「それがどうかしたのか? 宝来の言う通り、小説と漫画じゃ表現方法が違うだろ?」
「でもね。私はもっとボキャブラリーを増やすべきだと思ったのよ」
「……ボキャブラリー?」
「とかく萌え四コマ漫画のこの手の回って、キャラが衣装変わる度に『かわいい!』『かわいい!』『かわいい!』『綺麗!』『似合ってます!』『これも着てみて! わー! やっぱり似あーう!』とか――もうちょっと他に言い方ないの? ってくらいシンプルにまとめられちゃうじゃない? ここに独自性を見出して他の萌え四コマ漫画との差別化を図れば、私の作品も、おっ、ちょっと他の作品とは感性が違うな、って目に留まると思うのよ!」
またズレたことを。
そのまま言ってやろう。
「そんなところで独自性を見出すなよ。差別化を図りたいんなら、他に幾らでもやりようはあるだろ?」
「香苗も萌え四コマ読みなら分かるでしょう? 今や世の中は供給過多に陥っているのよ。学園物もお仕事系もファンタジーからSFに至るまで、全てのジャンルは普通の漫画に限らずに、萌え四コマ漫画でもやり尽くされているわ。絵柄だってそう。シンプルな物からそうじゃない物まで最早何でもありの世界になっている。
ならば! 私に残されてる道はただ一つ! 自分独自の感性を磨き上げるのみ! その為にまず表現方法を勉強したいの! 私はそこまで小説読むわけじゃないし。それにほら、目の前には本職もいるし、香苗だって私よりは小説読むでしょう?」
いや、まあ……。しかしなあ。
ただでさえ、変な方向にすっ飛ぶことの多い咲夜の漫画に、この上、さらにわけのわからない装飾が加わるのか……。
ここは止めねばなるまい。
「咲夜。たたでさえ、お前の漫画独特なのに、キャラの描写一つ一つに独自さを出してたら読者付いていけないぞ」
「大丈夫よ。私は私の感性を信じてる。ファンもそんな私が好きなはず」
一体何が大丈夫なんだろう。
お前の数少ないファンが離れやしないかと心配しているのだが。
「いいじゃないですか。面白そうですし。僕も勉強になりそうですから是非やってみたいですね。御神楽先輩も林檎先輩も褒められて嫌な気はしないでしょう?」
「うーん。咲夜ちゃんがやりたいならわたしは別に」
「あたしはさっきから何言ってんのかさっぱりわかんない」
みんなが納得しているならここで口を出すのも変か? しゃあない。付き合おう。
まずは咲夜からということになった。
咲夜が立ち上がってみんなの前に出た。俺たちはテーブルに座っている格好。
「じゃ、さっき宝来がやったから今度は香苗やってね。よーい、アクション!」
なんか気恥ずかしいな、これ。早いとこ終わらせよう。
「……ガーネットのように赤く輝く瞳にオニキスのように黒く輝く髪がよく映える」
「宝石禁止にしましょ。ありきたりで面白くないわ」
途中で止めてきやがった。俺は小説家でもなんでもないのだが。しかしこれでも小説は読む方だ。お決まりのやつがある。
「薔薇の花弁のような赤い瞳が――」
「花も駄目ね。ありがち」
「理不尽!」
「なによ? 試しに生き物で例えてみたら?」
生き物? 生き物……?
指定されたことで却ってやり辛くなったぞ。
宝石や花に例えるのはこの手の描写の常套手段だが、生き物に例えている小説なぞ読んだことないぞ。いや、結構あるか? 病弱な少女を小鳥やリスに例えたり、屈強な男をゴリラなどに例えたり。ゴリラはないか。
しかし繰り返すが、俺は小説家でもなんでもない。やれと言われて準備も無しに出来るほどのボキャブラリーは無いのだ。先程まではこれに例えようかな、と頭の中で一応は考えておいたのに。
まあ、ありきたりな物じゃなく、独自の表現方法を学びたいと言うんだから仕方がない。
ええい、やけだ。糞。
「えー……ちわわのようなつぶらな瞳に、コンドルの羽のようにつやつやと光る黒い髪。海を泳ぐカンパチのような白いきめ細やかな肌に、黒と白の配色が美しいパンダのようなメイド服がよく映えていて俺は思わず心を奪われた……これでどうだ?」
じっと咲夜を見つめて長々と口上を述べた後、自信満々で言ってやった。
それなのに、おい、なんだその表情。
気づけば咲夜はげっそりとした表情をしていた。
上から下に視線を動かして描写していたせいで表情の変化に言い終えるまで気づけなかった。
「壊滅的センスね。あまりにも色んな生き物で例えられたせいで、なんだか自分がキメラになったような気分。次。林檎ちゃんやってみましょ。宝来の番ね」
そう言いながら咲夜は定位置に座る。なんだか顔が赤いが大丈夫か。そんなに俺の描写下手だったか。やはり俺に創作のセンスは無さそうだ。
「にゅふふふふふ。さあっ! 宝来っ! 思う存分、この薄紅林檎ちゃんを褒めるがいい!」
「お任せ下さい」
前に出てくるりとその場で一回転する薄紅先輩。きゅっきゅっと靴が床に擦れる。その仕草、気に入ってるんだろうなあ。スカートが長いから、回るとスカートがふわりと風に踊るのだ。
一回転した薄紅先輩は腰に手を当て仁王立ち。
あんまりメイドっぽくはないな。
咲夜は孫にも衣装って感じだったが、この人の場合制服よりも似合ってる感すらある。メイド服は一見すると少女趣味のゴスロリ服に見えなくもないので、子供みたいな体型の薄紅先輩にはむしろメイド服こそ平服であるよう。メイドってよりはやっぱりお人形か。
言わないけどな。
「ほーれ。どうしたー? 言ってみー?」
「林檎。はしたない」
ばっさばっさスカートを扇ぐ。埃立ちます。見えそうなので止めて下さい。
「ふむ。整いました」
「んじゃ。よーい、アクション!」
回復した咲夜が言うのに合わせて薄紅先輩も大人しくなった。
そして、宝来が口を開く。
「我々十三生の誇る愛すべきマスコットキャラクター薄紅林檎。そんな学生である筈の彼女は今日、見慣れた学生服では無く、シックなメイド服に身を包んでいた。決して秋葉原で見られるような軟派なメイド服などでは無い。彼女が着ているのはクラシックな、昔ながらのメイド服だ。彼女が言うには演劇部から借りてきたらしい。恐らく演劇部の人々も彼女のその魅力に心奪われ、その調度の良い、決して安くはないであろうメイド服を貸与してしまったに違いない。その証拠に借りるに当たっての重い条件まで付けてきたのだから」
おお。
アプローチを変えてきた。俺には思いつかなかった手法だ。そうか。褒めるなら別にどっから褒めてもいいんだもんな。別に顔から描写する必要はないし、何かに例える必要もない。
条件うんぬんは苺さんとやらの悪ふざけだとしか思えないが。そして、秋葉原で見られるような軟派なメイド服って辺りは御神楽先輩の前で言うな。見ろ、御神楽先輩ちょっとむっとしてるじゃないか。俺は良いと思いますよ! 御神楽先輩!
薄紅先輩は満更でもなさそうにうんうん頷いている。こいつわかってんなって顔だ。
宝来の描写は続く。
「さあ、まずはそんな彼女を紹介しよう。薄紅林檎十七歳。六月三日生まれの双子座O型。好きな食べ物は苺のショートケーキで好きな言葉は《なるようになる》」
そっからやるのか……。いや、いいけど。
つーか、記憶力のせいで若干気持ち悪い。
宝来の言葉はさらに続く。
「そんな彼女がどうして十三生の誇るマスコットキャラクターなどと呼ばれているのかと言えば、なんと言ってもその愛らしさにある。ご存知だろうか? 人間に限らず生物は小さな体に丸い目を持つ人間の赤ちゃんや猫。子犬に保護欲が刺激されることを――思い至る人も多いのではないだろうか? そう――ネオテニーと言う生物学用語が存在する。幼生の特徴を残したまま性的にも精神的にも成熟する生物を指した言葉。代表的な例を挙げればメキシコサンショウウオだ。別名ウーパールーパー。ウーパールーパーは幼体の特徴を残したまま成熟するという大変珍しい生き物である。蝶や蛙などのように変態しないということ。これは予測になるが、彼女はそれに当たると言えるのではないだろうか? つまり、存在そのものが我々の保護欲を刺激しているのである」
……うん?
方向性が怪しくなってきたぞ……?
ネオテニー? ウーパールーパー?
「では、そんな薄紅林檎を見てみるとしよう。
丸顔、頬は赤く、おかっぱ頭のような髪型。身長はなんと百四十にも満たないという研究結果が出ている。女性の成長は、およそ十三歳ぐらいまでに決まってくると言われている。そんな彼女は現在十七歳。成程。確かに。だがその体はどうだろう? 低身長ながらも女性として体の凹凸がはっきりと出ていれば、その存在事態が我々の保護欲を刺激する――とは言い切れないのではないか?」
研究ってなんだよ。
ああ。薄紅先輩がぷるぷる震えだした。
「凹凸――無い! さっぱりである! 昨今、貧乳の女性を指してまな板と呼称する表現が見受けられるが、ここで皆もよくよく思い出して欲しい。まな板には凹凸がはっきりと存在するのだ。よくよく触れてみれば表面がざらついているのが分かるだろう。我々が普段から使用しているようなプラスチック製や合成ゴム製のまな板には僅かながらも凹凸が存在しているのだ。これを頭の片隅に置いたまま尻部へと移行しよう。うむ。やはり無い。小ぶりな可愛らしいお尻である。決して女性らしい豊満なお尻というわけではない」
まな板の凹凸って……ああ、あの滑り止めみたいな小さなざらざらのことか……。あれを体の凹凸に例える奴、生まれてはじめて見たよ。
まあ、うちのまな板は木製だから凹凸無いけどな。
咲夜は机に両肘を付いて顔の前で手を組み、そこに額を付け顔を伏せた。
御神楽先輩は何故か水筒を取り出してコップにお茶を注いでいた。湯気が立ち上っている。それを震えている薄紅先輩の前にそっと置いた。
そうして俺は理解する。ああ、この位置だと壁際の本棚に被害が及ぶなと。
俺はこの前から部室に置きっぱなしになっているパーテーションをガラガラと引いてきて、宝来の後ろに設置した。
宝来は未だ得意気に喋っている。
「以上のことを踏まえれば彼女は!! 薄紅林檎は!! まな板などと呼称されるべきではないのである!! ではなんだ!? 荒涼たる大平原か!? はたまた壁か!? いっそ端的に貧乳と呼ぶべきか!? 否!! 断じて否!! 彼女を指すに最も相応しい言葉があるではないか。その胸。その尻。名は体を表すという言葉もある……あの木製の薄い板……ホームセンターなどでもよく売っている。皆も見たことがあるだろう…………そう、彼女こそまさしくベニヤ板と呼ぶに相応し――あっつううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううういっ!!」
「ばかああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
薄紅先輩がたった今御神楽先輩に差し出されたばかりの熱々のお茶(?)を宝来にぶっかけた。おまけにコップも投げつける。コップは綺麗な放物線を描き、宝来のおでこに当たった。
「あるもんっ! あるもんっ! おっぱいもお尻もちょっとはあるもんっ!」
「ベ、ベニヤ板先輩……熱い」
「だああああああああれがベニヤ先輩かあああああっ!! 今度その名前で呼んだらプールに沈めてやるっ! もうっ! もうっ! もうっ! 嫌いっ! もう宝来とは一生口効かないっ」
「はうあっ!?」
薄紅先輩から告げられた最後の言葉に宝来は固まる。キメッキメの髪型も今はしっとりと濡れてヘタっていた。雫がぽたぽたと机に垂れる。
「宝来くん。いくらなんでも今のは宝来くんが悪いってどこ行くの――」
御神楽先輩が言い切る前に、気づけば宝来は一目散に部室から駆け出していた。
最近よく見るなあ、この光景。
「うっそだろあいつ。この状況で逃げやがった」
「どうかしら……? 鞄置いたままだしどこに行ったのかしら。逃げるような奴でも無いけど反省するような奴でも無いし」
「つい最近逃げたのを俺は見たが」
まあ、あいつのことだから小説家としての興が乗って思わず喋り倒してしまったとかそんなんだろう。
この前の恋バナの時もそうだったが、薄紅先輩に親愛の情は抱いているようだった。別に傷つけようとかそういうわけじゃなく、本当に褒める――というより称える、の方が正しいか――つもりで言ったに違いない。その証拠に一生口効かないとか言われてショックは受けているようだったし。
ただ、阿呆なだけなのだ。
「うぐうう。ふぐうう。ぐひゅうう。みかあああ」
「はいはい。帰ってきたら宝来くんにまたお茶掛けようね」
「掛けるっ! 絶対掛けるっ!」
「わたしは腕抑えてるからねー」
先輩たち二人は恐ろしい計画立てていた。
そうして御神楽先輩が薄紅先輩をしばらくなだめていると宝来が帰ってきた。手にコンビニの袋らしき物を提げて。
「あら、おかえり」
「どこ行ってたんだ?」
俺と咲夜には答えず真っ先に薄紅先輩の元へ。近くに居た御神楽先輩が身を引いた。
さて何を言うつもりだろう。これ以上何か言うようなら止めねばなるまい。
「林檎先輩」
「……」
薄紅先輩は答えない。
「申し訳ありません!」
「ふんっ」
珍しく宝来がちゃんと謝っている。しかし薄紅先輩はそっぽを向いた。
まあ、あそこまで言われればな。
そんな薄紅先輩の前に宝来は袋から何かを差し出した。
「お詫びにこれを」
差し出されたのはたった今買ってきたと思われる苺のショートケーキだった。
フォークも一緒に添えて。
そういや苺のショートケーキが好きな食べ物の一つだったな。いやいや。いくら子供っぽいとは言え、ああまで言われて食い物で釣られるんだったらそれこそお子様――。
「ああああああっ! 苺ショートだあああっ! 食べりゅうううっ!」
「許して下さいますか」
「うんっ。いいよー! もうやっちゃ駄目だよ~」
「ありがとうございます!」
そう言って薄紅先輩はプラスチック製の蓋を開け始める。
なんだこれ。
え? いいの? 薄紅先輩、それでいいの?
幸せそうな顔でケーキのフィルムを剥がし、さらにそのフィルムを舌で舐めとりに掛かる。少々エロさを感じるベニヤ板先輩もとい薄紅先輩。
さっきまでのことなどもう忘れているような顔。
「りんご!? 林檎本当にそれでいいの!?」
「? 謝ってるんだから許してあげよ?」
「えー?」
御神楽先輩も困惑している。
宝来はほっとしたのか一息吐いて再び俺の横に座った。頬に汗を浮かべていて、さらに髪がうっすら湿ってて気持ち悪い。
「ふう。肝を冷やしました」
「……」
「ふふ。こうして見るとマスコットと言うより天使と言った方が正しいでしょうか。子供は天使と言ったりしますし。彼女が十三で愛されるのも納得がいきますね。全く、口を効かないと言われた時は神に見放されたような気分でした。コンビニまでの僕の走りは自己最高記録を更新していたと言っても過言ではありません。都筑先輩の時以上でしたね、あのスピードは」
「……」
「何か仰って下さいよ。で。一体何の話でしたっけ、これ」
そういえば何の話だったかこれ。
えーと、確か。
「咲夜。四コマ漫画のお着替えイベントの参考にはなったか?」
街へ繰り出して、普段はしない格好をした子に、『かわいい』『似合ーう』『きれーい』以外にどうやって褒めるべきか。小説のようにとは言わずとも、ボキャブラリーを増やしてみようみたいな趣旨だった気がする。
今更だが、なんだそれ。
咲夜はうんうんと頷くと――。
「さっぱりなんなかったわ。萌え四コマ漫画に小説的表現なんか用いるべきじゃないってことがわかったくらいよ」
と、答えた。
わかってくれてよかったよ。
それから暫くの間、俺たち漫画部の面々は、薄紅先輩が幸せそうにケーキをぱくついている姿を見て和んでいた。
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