第4話 ファッションショー2

 十五分後――。

 再び部室の扉が勢いよく開かれた。

「にゃははははははー!! 見てこれ見てこれ可愛いでしょ可愛いでしょ!?」

「どうしたんですかそれ……」

 メイド服に身を包んでいる薄紅先輩が立っていた。黒を基調に、白のエプロン。頭にはカチューシャが乗せられ、首元にはチョーカーが。さっきまで履いていた黒のニーソックスも白になっており、ご丁寧に靴まで上履きからその服装に見合う物へと変わっていた。

 右手は腰に当て、左手には大きな紙袋を持っている。

「おお。良くお似合いですよ」

 宝来が褒める。

 確かに。黒髪おかっぱメイド服。萌え四コマ漫画に出てきそうだ。該当する作品もいくつか思い浮かぶ。メイドと言ったらお淑やかで物静かなイメージがあるが、薄紅先輩のその溌剌とした様子も、格好とのギャップがあって良いと思えた。

「林檎。これどうしたの?」

「演劇部から借りてきた!」

 ああ、演劇部か。うちの学校の演劇部は結構精力的に活動しており、今現在ドラマや映画で活躍している俳優女優がいたこともあるんだとか。風の噂である。

 高校の部活にしてはそこそこ有名な演劇部。漫画部と違って予算も豊富に出ている筈だから衣装もたくさん所持しているのだろう。

 ……その格好でここまで来たんですね。

 校内を走って行く小さなメイドに、生徒はさぞかし驚いたろう。こういう行動がマスコットキャラクター足る由縁なのだろうか。

「演劇部?」

 その言葉に御神楽先輩が眉根を寄せた。演劇部がどうしたと言うのだろう。

「無料(ただ)?」

「……」

 薄紅先輩は御神楽先輩の問い詰めにそっぽを向いた。そしてぼそっと言う。

「今度の文化祭でこれ着てちょい役で咲夜もみかも出演してって……」

「わたしたちも!?」

「……なんで林檎ちゃんがメイド服一着借りるのに、私たちまでそのわけのわかんない条件に含まれてるんですか?」

「……これと」

 そう言って薄紅先輩が袋から一枚の用紙を取り出した。

《誓約書:今度の文化祭の演劇に漫画部、薄紅林檎、御神楽みか、西蓮寺咲夜の三名が出演することを条件に、演劇部の衣装を貸し出し致します。貴殿はそれに同意するものとする》

 たった今作りましたみたいな手書きの文章。下には薄紅先輩の名前と、朱肉で赤く彩られた親指の指紋がべったり。

「これ。貸してくれるって言うから……これにサインくれたらいいよって……ちょい役ならいいかなって……」

 そう言いながらさらに袋からごそごそと取り出したのはもう二着のメイド服とその他靴やソックスアクセサリーの類。今薄紅先輩が着用している物と同種類の物と思われた。

 それを見て御神楽先輩が怒る。

「もうっ! 演劇部ってことは苺(いちご)でしょう!? まーたこういうことするんだからっ! 乗っかる林檎も林檎! これあげるからこれやってとか、これしてあげるから代わりにこれやってとかいっつもいっつも安請け合いしてっ!」

「でもあんまり嫌なこと言われないし……劇も出てみたかったし……」

 どうやら演劇部の苺とかいう恐らく二年生(?)が、首謀者らしい。

 ていうか薄紅先輩っていつでもどこでもこういう扱いなんだな……。なんだろう。小さい子供に飴あげる感覚なのかな。『これ着たいっ! ねーねー着てみてもいい?』『いいよ。その代わりこれやってくれたら貸してあげる』『うんっ! わかった! やるやるっ!』みたいな。

「まあでもこんな紙、突っぱねて返しに行けばいいんじゃないですか? 話してみたけど駄目でしたとでも言って。その苺さんとやらもそこまで強引ではないのでしょう?」

「うーん。まあ、そうかな」

 宝来が言って薄紅先輩が応えた。

「丁度いいわね」

「……なにがだ」

 咲夜がそれまで読んでいた小説をぱたんと閉じて目の前に座る俺に言った。何かまた碌でもないことを言い出す気だな。

「着てみましょう。御神楽先輩も。別に返すのは着てみてからでもいいですし、せっかく持って来てくれたのにこのまま返すのも勿体ないですよ」

「え? 着るの? なんで?」

「はい。男どもは出てった出てった」

 そうして御神楽先輩の問いには答えずに、咲夜は俺たちを締め出した。なんなんだ。

 まあ、どうせ萌え四コマに限らずメイド服って漫画だと何かと登場するアイテムなので、大方この機会に着てみたかったとかそんなんだろう。

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