第4話 ファッションショー

「あたしも着たーいー!」


 部室の扉を開けると薄紅先輩が駄々をこねていた。一体何を着たいと言うのだろう。

 既に俺以外の漫画部員は全員揃っており、定位置に付いている。

 咲夜は今日は漫画を描かずに一冊の小説を読んでいた。背表紙からしてライトノベルだと思われる。宝来は小説を書いているようだ。たまに私物のモバイルPCをこうして部室に持ち込んでいる。勿論、先生は了承済み。

 そして御神楽先輩は、不満そうに唇を尖らす薄紅先輩をなだめているようだ。

「どうしたんですか?」

 自分の定位置に座る。

「あっ。香苗くん。あのね? 実は――」

「香苗聞いてよー! あたしもあそこでバイトしてかわいいお洋服着たーいーって言ったら今もうバイト募集してないって言うんだよー?」

 腕をぶんぶん振って俺に訴えてくる。かわいい。

「そうなんですか?」

「そうなの。一応店長さんにも聞いてみたんだけど、もう新しく人を雇う余裕も無いし、人手も暫くは足りてるって言われて……」

 遠慮がちに言う御神楽先輩の声はどんどん萎んでいった。

 まあ、あなたがいるならあの店も百人力でしょうね。というよりあの店、いくら地方都市の駅ナカビルで見つけにくい場所に有るとはいえ、ここら辺じゃ一番人が栄えている駅前という好立地。にも関わらず、あの人の入りようとあの時給……実際に店員も暇そうにしていたし、人手は足りてるどころか余っているんじゃないかとすら思える。それでいてヘルプなんていたし、働くにはちょっとアレな店なんじゃないか? 

 近いうちに潰れなければいいが……そうだ。そうならないように俺が通い詰めて貢献せねばなるまい。来週にでも行こう。

 今月三回目かー……。くー! 財布が辛い!

「じゃあ制服持ってきてっ!」

「それは無理だよお。お店の服勝手に持ってきて学校で着たら怒られるよお」

 そりゃそうだろうな。コンプライアンス的に。

「ていうかこの前薄紅先輩、あたしは無理だよーとか言ってませんでしたっけ?」

 確か自分の体には自信が無いと言っていた筈だが、俺から言うとセクハラっぽいのでちょっと濁して言う。

「言ったっけ? そんなこと? いいのっ! 見てたら着たくなったのっ」

 うちの妹がまだ保育園に通ってた頃思い出すなあ。俺がゲームとかボール遊びしてるの見ると始めは興味無さそうだったのに、私もやりたいー!! とか騒ぎ出すんだよなあ。そっくりだなあ。言わんけど。

「そう言われても……」

 御神楽先輩も困っている。どうしたもんかな。

「……もういい!」

 薄紅先輩はそう告げると部室の扉を思いっきり開けて部室を出て行く。走って行く後ろ姿。

「なんか思い詰めてましたけど追い掛けた方が良くないですか? 鞄は置きっぱなしだし、どこに行ったんでしょう?」

 扉に手を掛け薄紅先輩が去った後を気にしているように見える御神楽先輩に声を掛けた。

「大丈夫よ」

 すると、横から咲夜が口出しして来た。

「林檎ちゃんが、ただ背が低いだけなら、十三が誇るマスコットキャラクターなんて言われてないわ。あの先輩は都筑先輩程じゃないけど私よりもよっぽど行動的なんだから」

「そうですね。彼女は拗ねて塞ぎ込むようなタイプではありません。言って駄目ならどうにかしようとするタイプです」

「宝来の言う通り。……たぶん私らも巻き込まれるわよ」

 宝来がカタカタとキーボードを繰りながら応え、咲夜がページを捲りながらそれに応じた。

 そして、御神楽先輩は溜息を吐きながら何の躊躇も無く扉を閉めた。

「もう。開けたら閉めようねっていくら言っても直らないんだから」

 ……心配そうに見えたのはどうやら見間違いだったらしい。


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