第177話 面会の予定
赤口町――汚染された禁足地へ向かう旨をベルに伝えた結果、ものすごく嫌そうな顔をされた。どうやらあそこは日本の神様だけでなく、外国の神様からも嫌がられているらしい。
……黎明の星が何を降ろそうとしていたのか非常に気になるが、名前を知ることによって悪影響を及ぼすタイプの神もいるので、きっと知らないままの方が色々と都合がいいのだろう。
そうしてベルに散々渋られながらも、来週の土曜日に禁足地の探索を行うということで話が付いた。因みにベルは現地には着いてはこないそうだ。
理由としては二つあり、単純に気分が悪いから行きたくないのと、禁足地にいるのが弱い神だった場合、ベルの強大な気配に気付いて逃げてしまう可能性があるらしい。それではわざわざ確認しに行く意味が無いので、今回は同行NGとなっている。
まあ禁足地に足を踏み入れる事に多少の危険性があることはベルも理解しているので、当日はお守りの様な効果があるアーティファクトを貸してくれるらしい。もちろん政府には無許可なので、これから八咫烏に殴り込み……もとい交渉に行ってくれるそうだ。
その気遣いは本当にありがたいのだが、やり過ぎて再度謹慎にならないかだけが心配である。
そんな段取りを付け、遠野に日程の報告をした次の日の夜、千鳥から夜鶴と会う時期の相談を受けた。
「今日の夕方に夜鶴お爺様に連絡をしたんだけど、来週の土日だったら都合がいいみたい。鶫はその日予定は空いてる?」
「……あー、ごめん。来週はちょっとどうしても外せない用事があるんだ。もしかしたら日を跨ぐかもしれないし、夜の場合でも厳しいかな」
禁足地に行って帰ってくるだけなら1日もあれば終わりそうだが、何が起こるか分からないし、汚染された神力の影響も怖いので、禁足地から出てきて直ぐに人に会うのは避けたい。
千鳥は恐らく耐性があるので大丈夫だろうが、あまり年配の夜鶴に負担はかけたくなかった。
「そうなの? 困ったわね。お爺様も別の用事の間に時間を取ってくれるみたいだから、あまり日取りをずらすのも迷惑よね……」
そう言って悩みだした千鳥に、千鳥の膝に座っていたシロが声を上げた。
「例の養い親の件か。ふむ、別に会うのは千鳥のみでも良いのではないか? どうやら鶫は彼の者に嫌われているようだし、いてもいなくても別に変わりはないだろう」
そうしみじみと言い放ったシロに対し、鶫はうわぁ、と引き攣った表情を浮かべた。
――世の中には、言っていいことと悪いことがある。これはどう考えても後者だ。
「……確かにその通りかもしれないけどさ、そういう心無い言動をするから『姉君』に疎まれたんじゃないか? もうちょっと言い方ってものを考えた方がいいと俺は思うけど」
この白兎の神様とは一年近く一緒に暮らしてきたが、まあまあ失言が多い。別に悪気はないのだが、人がどう思うのかをまったく考慮していないのだ。
しかも基本的に言っていることはそこまで間違っていないので、なおのこと性質が悪い。
……こんなことを考えるのは失礼かもしれないが、シロの姉とやらもシロのこういう所が苦手だったに違いない。
鶫がそう告げるとシロはあからさまに動揺し、ガーンという効果音が出そうなほどに耳をピンと伸ばした後、ヘにゃへにゃと頭を抱えて丸くなってしまった。
どうやら鶫が思っていた以上に衝撃を受けているようだ。……ちょっと言い過ぎたかもしれない。
「もう、シロ様は打たれ弱いんだからあんまり虐めないであげて。かわいそうじゃない」
そう言ってシロの肩を持つ千鳥に、鶫は小さくため息を吐いた。
別に千鳥がシロを可愛がるのは止めないが、あの愛らしい兎の
その上、年頃の女の子の膝に我が物顔で乗るなんて、人間に置き換えたら犯罪モノだと思うが。
そんな嫉妬はさておき、鶫は予定をどうするべきかと頭を悩ませた。禁足地へ向かう予定はずらすことが出来ないので、夜鶴との時間は取れるかどうか分からない。
進路など、重要な話なので出来れば面と向かって報告するのが礼儀だとは思っているが、シロの言う通り、きっと向こうも鶫に会いたいとは思っていないだろう。
……むしろこの場合は会わない方が正解なのかもしれない。結局シロの言う通りになるのがちょっと癪だが、今回に限っては仕方がない。
「もし夜鶴さんの都合がつかない様なら、俺は今回は遠慮しようかな。後で夜鶴さんへの手紙を書いておくから、千鳥が渡しておいてくれないか?」
鶫が申し訳なさそうにそう告げると、千鳥は「仕方ないわね」と言って頷いた。
一方、千鳥の膝にいるシロが「え? 結局そうなるならなんでさっきは怒られたの?」といった顔をしていたが見なかったふりをする。なぜなら問題点はそこではなく、言い方なので。
「夜鶴お爺様には、私の方からちゃんと伝えておくわ」
「ああ、よろしく言っておいて」
「ええ。……それにしても、鶫ってば本当に忙しいのね。研究のお手伝いってそんなに大変なの? ここ最近なんか、深夜に帰ってくることも多いじゃない」
千鳥にそう不思議そうに問いかけられ、鶫は誤魔化すように笑った。
実際は研究の手伝いではなく、魔法少女としての仕事を肩代わりしているのだが、まあ似たような物だろう。
「まあ、うん。俺の場合は雑用が殆どだけど、目を掛けてくれてる人が死ぬほど忙しくてさ。あのままじゃ倒れちゃいそうだし、出来るだけ助けてあげたいんだ」
正直な所、緋衣はもう魔法少女と研究者の二足の草鞋は限界なんじゃないかと思う。だが魔法少女を辞めた場合、医神のバックアップを受けられなくなるので、そうなると過労死一直線である。それでは本末転倒だ。
……できれば大学入学の前には緋衣の仕事が落ち着いていて欲しいのだが、今のままでは望み薄だろう。
これはもう本格的に仕事量を調節するように働きかけた方がいいかもしれない。
「そうなんだ。研究者も色々と大変なのね。帝都大にいる芽吹先輩も、最近は忙しいらしくてあんまり連絡もとれないし。――それにしても、鶫がいないとなるとお爺様と会う場所をどうすればいいのか……。流石に家で二人きりで会うのは緊張するし」
そう言って苦笑する千鳥に、鶫は小さく肩をすくめた。
「じゃあ取りあえずはホテルのロビーとかでいいんじゃないかな。多分あの人はこの家には泊まらないでホテルに行くだろうし、その方が夜鶴さんも楽だろ」
夜鶴はこちらに来る時は、いつも鶫でも名前を知っているような有名なホテルに泊まっている。それならばきっとホテルのロビーも広いだろうし、話をするくらいなら問題は無いだろう。
鶫がそう告げると、千鳥も納得したように頷いた。
「うん、それがいいかもね。一応それでお爺様に連絡してみるわ」
そう言って、夜鶴の件はひとまず決着がついた。
……全部千鳥に任せきりになってしまうのは申し訳ないが、都合が合わないのではどうしようもない。
それにしても、と鶫は思う。
こうして夜鶴は鶫たちの生活を無償で援助してくれているが、本当に夜鶴は自分たちと縁もゆかりもない人物なのだろうか。自分たちが思い出せないだけで、鶫、もしくは千鳥が何かしら関係があるのかもしれない。
普通に考えると千鳥側の可能性が高いのだが、その場合鶫はさぞ得体の知れない子供に見えたことだろう。……なんだか余計に会いたくなくなってきた。
それでもいつかは話を聞かなければならないとは分かっているが、せめて千鳥の記憶が戻るまでは先送りにしたい。ズルい考えだとは理解しているが、どうしても勇気が出なかった。
――幼子が積み上げた積木のように脆い平穏が続くことを、鶫は心の底から望んでいたから。
◆ ◆ ◆
――同日の夜。
千鳥から連絡を受けた夜鶴は、来週の土曜にホテルのロビーにて千鳥と会うことを約束した。
もう長い間千鳥とは顔を合わせていないが、きっと以前よりも
そう考えると心の癒えない傷がずきりと痛むが、決して孫に会いたくない訳ではない。……自分の不甲斐なさを情けなく思うばかりだ。
そしてもう一人の仮初の孫は来ないようだったが、夜鶴としてもその方がありがたかった。
はっきり言って、男の身で正体を隠して魔法少女として活動するという頭のおかしい行動をしている人間に対し、どんな顔をしていいか分からなかったからだ。
けれど、少しだけ安心もしていた。
二人が魔法少女として活動しているということは、それなりの収入を得ているということだ。
前線に出てこない千鳥はともかく、十華として活動している鶫の資産は、今や夜鶴のそれを優に超えているだろう。
それはたとえ今すぐ魔法少女を引退したとしても、一生何不自由なく暮らせる金額だ。夜鶴の遺産を合わせて考えれば、夜鶴の身に何かあったとしても二人は問題なく暮らしていけるだろう。
――そう思ったからこそ、夜鶴は大きな決断をすることができた。
「それにしても、来週の土曜日か
そう言って夜鶴は静かに目を伏せた。
――以前から友人である朝倉に相談していた『八咫烏』との邂逅が、ついに叶うことになったのだ。
朝倉が伝手を使って何度か政府の役人と交渉を行っていたのだが、八咫烏との話し合いが最近になってようやく実現することになった。今日の朝、急に連絡がきたのは驚いたが、きっと向こうも早めに連絡をしたかったのだろう。朝倉は本当に友達想いの男である。
当日は話す内容が内容なので、政府から離れた場所で待合せた後、別のセキュリティがしっかりした場所へと移動するらしい。
夜鶴は政府をあまり信用していないので、不安な気持ちはあるが今回ばかりは相手の懐へと飛び込むしかない。
「あの時は言い逃げをされたが、今度こそ詳しい説明をしてもらう。あの大火災で何があったのか。そして
――その為ならば、命を懸けても構わない。夜鶴はそう強く決意した。
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