第175話 仮初の聖人

 天狗の亡骸を獣の口に放り込み、鶫はようやく安堵したように息を吐き出した。


――土地の強化を受けたイレギュラーと、珍しいギミックタイプの魔獣。その両方が合わさった魔獣が出る確率は、もはや宝くじの一等が当たる確率に近い。こんな大当たりは全く嬉しくなかった。

 無事に怪我もなく倒せたからいいものの、色々と倒し方を模索したせいで少し頭が重い気がする。

 それに加え、工夫にして火や氷まで出したのに全部意味がなかったのが悲しい。せっかく頑張って考えたのに。


……こんな時、魔獣の倒し方を契約神が教えてくれればいいんじゃないか、と思う人がいるだろうが、基本的に神様が答えを教えてくれることはない。

 理由は単純明快――観客オーディエンスが萎えるからだ。

 魔法少女は神様たちにとって動く娯楽エンターテイナーである。非力な人間が知恵を絞って魔獣と戦うという演目を見学に来ているのに、そこに契約神――つまり後援者が舞台に干渉するのはあまりにもつまらない、というのが神様の意見らしい。


 例えそれで魔法少女が死んでしまったとしても、最後まで命が燃える輝きを見続ける方が神様たちにとっては面白いのだ。

 故に、多くの観客に非難され馬鹿にされる覚悟がない限り、契約神がギミックタイプの敵の倒し方を教えてくれることはない。

 この辺は神様の性格と魔法少女との関係性によって変わってくるだろうが、前述の考え方をする契約神の方が多いのが現状である。


……ベル様の場合は、本当に危険になった際には助言くらいはしてくれそうな気もするが、それは死にそうになってからじゃないと分からない。

 まあ今回のようにギミックタイプの敵と戦うことになるなんて滅多にないので、そこまで気にする必要はないのだが。


 そうして何事もなかった風に結界を解いた鶫は、少しだけバツの悪そうな顔をしながら職員のいる待機場所へと戻った。

……あれだけ大口を叩いたというのに、結果だけ見れば戦闘時間が優に三時間を超えてしまっている。

 すっかり日が落ちた空にはキラキラとした星が浮かんでおり、時間の経過を分かりやすく示していた。


 そんな中、職員たちはバタバタと撤収の準備をしており、暗い中の作業になってしまって少し申し訳ないな、と思いながら鶫はそっと彼らに声を掛けた。


「あの、すみません戻りました……」


 鶫が気まずさを誤魔化すように少し笑いながらそう告げると、ぼぼ全員がバッと鶫の方へと振り返った。その勢いに、思わずびくりと肩を揺らす。


――鶫が知る由もないことだが、天狗との戦いが始まった時点で現場の職員たちは追加の応援を呼ぶべきか話し合いを始めており、別の意味で第二の修羅場が発生していたのだ。

 結果的に応援は呼ばずに暫く様子を見ることになったのだが、葉隠桜は数時間足らずで正解を叩きだして魔獣を撃破してしまった。

 そんな功労者が隠れるようにひっそりと戻ってきたのだから、過剰に反応してしまうのも仕方がない。


 そして誰かが鶫に声を掛ける前に、目を潤ませた星見が弾かれたように鶫に向かって走ってきた。そうして掴むように鶫の手を取ると、焦ったように口を開いた。


「――葉隠さん!! 怪我はない!?」


「あ、えっと、大丈夫ですよ?」


 鶫が動揺しながらそう答えると、星見はくしゃりと泣きそうな顔をしながら、良かったぁ、と呟くように言った。


「葉隠さんが結界に入ったら急にイレギュラーとか、条件を満たさないと倒せないギミックタイプだとかみんなが言ってて、わたし、どうしたらいいのか分からなくて……」


「……心配させてしまったんですね。幸いにも怪我はしていないし、本当に気にしないでください」


 そう返しながら、鶫はホッとして胸を撫で下ろした。どうやら鶫の大言壮語は特殊な魔獣のせいで有耶無耶になったらしい。

 鶫がそんな内心を隠しつつ星見を宥めていると、星見は小さく息を整えながら安心したように笑って言った。


「無事でよかった……。あの子もね、少し前に運ばれた病院から連絡があって、失血で危なかったけど一命は取り留めたって」


「それは、……ええ、早く元気になると良いですね」


 素直に友達の命が助かったことを喜ぶ星見に対し、鶫は複雑な気持ちを感じていた。

 C級の子の命が助かったのは良いことだ。それは間違いない。――だが、その子はこれから先どうなるのだろうか。


 魔法少女を続けるのは色々な意味で困難……というよりも、自ら死を選ぶ時点できっともう心は折れてしまっている。けれど、果たしてそれを契約神が許すのだろうか。


 政府の所属であれば、魔法少女の権利はきちんと保証されているので神様が契約の無理強いをすることは出来ないが、今回に限って言えば神側の面子にも関わってくる。

 ベルも暫くC級の子の契約神が他の神から馬鹿にされるというような話をしていたし、このまま引退――負け逃げのような形での幕引きを神様が受け入れるのだろうか。

……その子と契約神の関係次第だが、場合によってはかなり揉めそうな気配がしている。


 あまりにも泥沼化しそうな時は最終兵器である遠野に相談して、仲裁が得意な神か職員を派遣してもらった方がいいかもしれない。念のため、相談だけはしておこう。

 流石にそれ以上首を突っ込むのは部外者として良くないと思うので、鶫はそっと彼らの問題が穏便に解決することを祈った。


 それから現場の職員たちに囲まれながら魔獣についての報告をしつつ、帰り支度を手伝った。重たい荷物をトラックに乗せる際も、転移を応用して荷台まで運べばすぐに済むので楽でいい。

 本来であれば魔法少女は手伝わなくても問題は無いのだが、この現場のスタッフは色々あって疲れていそうなので、これくらいの手助けは必要だろう。


 そうして早めに片付けが終わり、さあ帰ろうとなった時に星見に声を掛けられた。


「これから病院に向かう予定なんですけど、もし良ければ葉隠さんも一緒にお見舞いに行きませんか?」


 そんな星見の問いかけに、鶫は小さく首を横に振った。


「ごめんなさい。この後は、魔獣対策室に行ってイレギュラーの報告をしないといけないから」


 そう言って鶫は申し訳なさそうに眉を下げた。別に断るための方便という訳ではなく、毎回行っていることである。

 他のイレギュラーと戦った際も、ラドン戦以外はちゃんと報告をしていたのだ。


……まあ、星見としても一人で病院に行くのが不安なのだろう。それは理解できるが、全くの初対面である葉隠桜が見舞いに行っても気まずいだけだと思うのだが。


 友達の件で心細いのは分かるが、A級の魔法少女は数が少ないので早く立ち直ってくれることを願うばかりである。


 そうして星見の提案をやんわりと断った鶫は、職員の人達にもお別れを言い、名残惜しそうな顔をする星見に見送られながらその場を後にした。




◆ ◆ ◆




 葉隠桜がふわりと風のように消えていった場所を見つめながら、星見は呟くように言った。


「……まだ、ちゃんとした謝罪もお礼も言えてなかったのに」


 八つ当たりをしてしまったこと。泣いて迷惑を掛けたこと。何より、自分たちの代わりになった所為でイレギュラーの魔獣と戦うことになってしまったこと。いくらお礼の言葉を尽くしたとしても足りない気がした。


「もし予定通りあの子が戦っていたら、きっと勝てなかった。そして、恐らく私も……」


 B級に近い実力の魔法少女と、A級クラスのイレギュラー。その結果なんて、戦わずとも分かる。

……大事な友人が死にかけたのを喜ぶつもりはないが、それでも今の状況は運が良かったとしか思えない。

 あのまま昇級試験に挑んでいたらあの子は魔獣に殺されていて、それに動揺した自分もきっと勝利条件を見つけられないまま死んでいたことだろう。そう考えると、カタカタと体が恐怖で震えてくる。


――魔法少女が死と隣り合わせの仕事だって、自分では分かっていたつもりだった。

 だから星見は訓練を重ねて着実に実績を積み上げてきたし、昇級が他のA級の子達に比べるとペースが遅くても、無理な戦いだけはしないようにしてきた。

 けれど、そんな努力もほんの僅かな不運イレギュラーがあれば、あっという間に無意味になってしまう。それが、どうしようもなく恐ろしかった。


「……でもあの子は、私よりもずっと恐ろしかったんだろうな」


 そう呟きながら、ぎゅっと首に掛かっていたネックレスを握る。魔法少女になる前に買った、あの子とお揃いのネックレスを。


「――今度こそ、もう間違わない。ちゃんと話をしないと」



――その後暫くして目を覚ました友人は、星見との長い話し合いの後、早々に引退を宣言した。

 契約神とは少し揉めることになってしまったが、事情を知っている葉隠桜が早い段階で仲裁に入るように政府に進言をしてくれていたので、何とか事なきを得た。あのまま放っておけば、かなりの大事になっていたことは間違いない。


――本人は全く意図していなかっただろうが、関係者の中で葉隠桜の評価がさらに上がった形となる。



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