第174話 暗闇の理

 あれからかなりの回数の暗闇を経験し、天狗の能力の全貌がようやく分かってきた。


・無駄に頑丈で、特に斬撃などの攻撃が通りにくい。

・光がある状態で一定以上の負荷が掛かると、首にある数珠が割れ、暗闇が訪れる。

・暗闇状態になると能力スキルが一度強制解除される。

・暗闇状態になった時、天狗は暗くなる前とは別の場所に移動している。

・天狗は暗闇の方が強い。

・暗闇状態になった時、暗くなる前に負った傷が元に戻る。

・暗闇状態で30秒が経過すると、光がある状態に戻る。

・明るくなった時、暗闇の中で負った傷が元に戻る。


 ざっと纏めるとこんな感じなのだが、かなり性質が悪いラインナップである。

 能力のリセットもそうだが、一番厄介なのは光のオンオフの際の自己修復機能だ。せっかく入れたダメージを無に返されるのは中々辛いものがある。

 翼を使えなくして上空から落としてみたり、振り回すように木々にぶつけてみたり、色々と試行錯誤を重ねた上での努力を返してほしい。


「それにしても、暗闇を作る――太陽の存在を一時的に消す能力か。まさかとは思うけど、中国の天狗も混じってるのかな? 後ろ足も心なしか犬っぽいし」


 鶫はそう呟くように言った。

 元々天狗とは、中国において凶事を知らせる流星を意味し、星の落ちる音が犬の鳴き声と似ているので天のイヌと名付けられたとされている。

 そして現在では北欧神話のハティとスコルのように、月や太陽を喰らう存在として逸話が残っているらしい。恐らく暗闇を作り出す能力の元ネタは、そこから来ているのだろう。


……災禍をもたらす凶星か。天から現れる魔獣さいがいにしては随分と洒落た形を取ったものだ。流星の如くさっさと燃え尽きてしまえばいいのに。


 そう心の中で毒づきつつ、鶫は小さくため息を吐いた。

 問題はどの逸話においても天狗には明確な弱点が存在しないということだ。

 強いて言えば鯖がそれにあたるのだが、こんな山奥で海の魚を用意するのは不可能だし、そもそも鯖がまともに弱点として機能するかどうかも怪しい。


……というよりも、こんな風にまともに攻撃が通らないタイプの魔獣はかなり珍しいのだ。

 A級レベルになると弱点が無く、打撃や特定の属性一炎や氷などに耐性を持つタイプの魔獣が出てくるのだが、この天狗は少し毛色が異なる。

 頑強な物理耐性。自己修繕機能。視界を奪う暗闇の作成。そして能力の強制解除。――これらの能力を合わせると、本体の戦闘力の低さを差し引いたとしても、どう考えてもリソースが足りない・・・・のだ。


 土地の畏れを吸収してA級レベルの力を付けたとしても、このレベルの能力を使用するとなると、明確な弱点マイナスの一つでも無ければスペックが釣り合わない。

――きっとその弱点を見抜けるかどうかが、勝敗のカギになるだろう。


 さて、どうしたものかと考えながら通算二十回目の暗闇バトルに突入する。

 能力と実力の相性で考えると、互いに決定打が無いのでいつまで経っても決着がつかない。

……最終的には鶫の体力切れが先になりそうだが、それまでに何とか攻略法を見つけなければ。


 そう考えつつ、慣れたように暗闇の中で刀を弾く――とは言うものの、天狗の刀も業物を模しているのか、生半可な強度の糸では簡単に切られてしまうのでかなり気を遣うのだが。

 そして不思議なことに、光がある時にこの刀を砕いて使えないようにしておいても、暗闇になるといつの間にか元の状態で復活しているのだ。本当に訳が分からない仕様である。


 チッ、と舌打ちをしながら弾いた刀を糸で手繰り寄せ、そのまま刀の柄を掴んで天狗を正面から袈裟斬りを仕掛ける。効果は無いだろうと薄々分かっていたが、何となく苛立ちをぶつけたくなったのだ。


 だが天狗は意外にも機敏な動きを見せ、ひらりと鶫の太刀を避け、駄目押しとばかりにいつの間にか抜いた小太刀で鶫の持っている太刀を弾いてみせた。純粋に、刀を扱う者としての力量の差が出たと言ってもいい。

……こんな事なら、刀の扱い方を壬生から教わっておけばよかった。


 そうしている内にあっという間に三十秒が過ぎ、光が戻ってきた。

 鶫は懲りもせずに小太刀で襲い掛かってくる天狗を拘束しつつ、考え込むように口に手を当てた。


――これで天狗に設定された弱点が絶対に自分に用意できないものならば詰みだが、ある程度の自然現象なら工夫次第で何とかなる。

 炎ならば糸の摩擦。水は地面の水分を糸に吸わせれば用意できるし、電気は転移で上空の空気を刺激して雷を誘発すればいい。


 魔法はイマジネーションとよく言われるが、一番大切なのは術者本人の『可能である』と信じる精神こころだけだ。鶫としては科学的に可能だということが分かれば、再現くらいは出来ると考えている。その辺の細かいやり方は緋衣が食事のお礼にと教えてくれた。

 このひと月、戦いの魅せ方を考えるついでに糸の可能性を研究し続けたのは、もしかしたら今日の為だったのかもしれない。


火と水はもう試したし今度は落雷でもぶつけてみようか、と考えながら手に持っていた野太刀を天狗に向かって投げつける。まあ、言ってしまえば八つ当たりである。


 天狗は糸に拘束されながら鶫のその蛮行を見ていたが、特に身じろぎもせずそのまま胸元に刃先が当たった。ぼすっと鈍い音はしたものの、特にこれといってダメージが入った様子はない。

……まるで意に介していない天狗の様子が妙に腹立たしいので、来世はサンドバックに転生すればいいと思う。


 鶫はやれやれと肩をすくめたが、ふとある事に思い当たり、小さく声を上げた。


「……あ、そうか。そういうことかな?」


 天狗は鶫が投げた刀を避けようともしなかった。


――なのに何故、暗闇の中・・・・では斬られるのを回避・・するような行動を取ったか。


 つまりは、そういうことだろう。




◆ ◆ ◆




【十華】葉隠桜専用スレ【十位】


1:名無しの国民

ここはA級魔法少女葉隠桜の総合スレッドです

雑談・考察等々ご自由にどうぞ

・他の魔法少女の話題は専スレへ

・荒し禁止/スレチ禁止


~~~


223:名無しの国民

今回のざっくりとした経緯

・急なトラブルによる出向

・土地のバックアップによる等級詐欺の魔獣が出る

・しかもかなり珍しいギミックタイプの魔獣だと判明(恐らく一定条件を満たさないと倒せない)

・しかも魔獣は能力の強制解除スキル持ち

・約20回目のトライ中

・もうすぐ夕飯の時間new!!


224:名無しの国民

普通ここまで酷いファンブル出すことある?


225:名無しの国民

>>223さらっと夕飯を追加するな

いや、葉隠さんにとっては一大事なのか……?


226:名無しの国民

葉隠さんが負けるイメージは湧かないけど、このままだと飢えて死ぬ可能性があるな


227:名無しの国民

秋だから山の中にキノコくらいあるんじゃない?


228:名無しの国民

>>227

結界で作られた疑似空間だから、森の幸があったとしても腹の足しになるかはあんまり期待できない


229:名無しの国民

葉隠さんマジでお祓い行った方がいいって

イレギュラーとぶち当たるの多すぎだろ


230:名無しの国民

時々いるんだよな、こういう不運に愛されてる人間が

大抵は誰にも知られず消えていくけど、残った一握りが英雄って呼ばれてるイメージがある


231:名無しの国民

>>230

神の試練的なやつ?ヘラクレスみたいな?


232:名無しの国民

>>231

ヘラクレスの不幸は大体ゼウスとヘラのせいだからちょっと違う


233:名無しの国民

ギリシャの神の話は縁起が悪いから止めよう?


234:名無しの国民

素行の悪さのせいで半分くらい出禁になってるだろそいつら


235:名無しの国民

×ゼウス:他の地域の女神たちからクレームがでて出禁

×ヘラ:ゼウスの血を引いている神にちょっかいを出して出禁

○アテナ:今は契約者無し。ガチャ爆死8回目

×アポロン:魔法少女に手を出そうとして出禁

×アプロディーテ:他の地域の女神と喧嘩して出禁

○アレス:契約者有り。現在A級。素養がある少女を見つけるのが上手い

○アルテミス:契約者有り。現在C級

○デメテル:契約者無し。鑑賞専門

△ヘパイストス:推しの魔法少女に大量のプレゼントを送り付ける事案が多発し、他の契約神からクレームが出て謹慎中

○ヘルメス:契約者無し。エンジョイ勢。楽しそうな現場ならどこにでもいる

×ポセイドン:ゼウスと同上

○ヘスティア:契約者有り。現在B級。契約者がメシマズなのが悩み


236:名無しの国民

有名な十二神の中で五柱がすでに出禁か……


237:名無しの国民

オリュンポスはもう終わりだよ


238:名無しの国民

この感じだとヘルメスは鞍馬山にも見に来てそうだな

そういえば葉隠さんの方はなんか進展あった?


239:名無しの国民

無い

成果がなくて飽きてきたのか、奪った刀を雑に天狗に投げて遊んでた

子供みたいでちょっと可愛い


240:名無しの国民

>>239

なんかまだまだ余裕がありそうで安心したわ


241:名無しの国民

実際のところ暗闇の中での戦いってどうなの?

俺らは暗視スコープを通したみたいに映像を見れるけど、実際は真っ暗なわけじゃん?


242:名無しの国民

葉隠さんは暗闇からの攻撃も対応できるみたいだけど、

普通の魔法少女だったら能力の強制解除からの闇討ちは結構キツイよな

しかも暗くなると天狗の位置も変わるから、マジでどこから攻撃が来るか分からないし


243:名無しの国民

暗闇化はある意味初見殺しだからな

問題は対応できたとしても倒す術が見つからないってことくらいか


244:名無しの国民

最初の予定だとC級の子が昇級試験にする予定だったんだろ?

運が良かったな。戦ってたら死んでたよその子


245:名無しの国民

確か緊張で倒れたんだっけ?

ギリギリまで戦闘の宣言してなかったのが救いだよな

宣言しちゃってたら、たとえ気絶してても戦わなくちゃいけないし


246:名無しの国民

割を食ってるのが葉隠さんじゃなきゃ、素直に命が助かって良かったねって言ってあげたのに


247:名無しの国民

でも今回は長期戦になりそうだな

葉隠さんも色々試してるけど、あんまり上手くいってないみたいだし

まだ疲れてはいないっぽいけど、何となく行き詰ってそう


248:名無しの国民

17回目のトライで落ち葉を集めて拘束した天狗を燃やしてみたり、

18回目で疑似的な風の刃を作ってみたりしてたけど全部ハズレだったね

何が正解なんだろ


249:名無しの国民

でも動画を見てて思ったけどさ、転移と糸の拡大解釈が凄すぎない?

蜘蛛の糸とかの多様性もそうだけど、科学を応用した自然現象の再現はテンション上がるよね


250:名無しの国民

>>249

すごく分かる

14回目の氷の槍とかその集大成だよな

転移で上空に飛んで、水を吸った糸を温度差で固めて槍を作るとか、

科学の実験を見てるみたいで超楽しかった


251:名無しの国民

あ、また数珠が罅割れてきた

今度はどうするのか、な……?


252:名無しの国民

どうしたんだ?

あと少しで暗くなるのに、葉隠さん目を瞑ったまま全然動かないぞ?


253:名無しの国民

真っ暗になった!

うわっ、このままじゃ斬られちゃうんじゃ――




◆ ◆ ◆




 天狗の数珠がピキピキと罅割れる音を聞きながら、静かに目を閉じる。呼吸を整え、全身に力を行き渡らせながらその時を待つ。


――事を成すなら、こちらが気付いた・・・・ことを悟られていないこの一瞬が好機だ。


 パキンと硬質な音が響き、瞼の裏に感じていた一切の光が消える。

 半径一メートル以内にのみ感知用の糸を出し、鶫は最低限の装備のまま天狗を迎え撃った。


――来る。


 ほんの僅かな空気の揺らめき。糸に触れた刃の感触を捉えながら、左下からの斬り上げを微かに横に動くだけで避ける。

 いつもならここで距離を取ってから攻撃をするのだが、今回は違う。


 鶫は刀を振り上げたままの天狗の懐に一歩踏み込み、その腰に刺してある小太刀をするりと抜き取った。そしてそのまま、体重を掛けるようにして小太刀の切っ先を天狗の喉に突き立てた・・・・・。その手ごたえに、思わず頬を緩ませる。


「――やっぱりな。だからお前は、あの時・・・刀を避けたんだ」


 今までのように弾かれることもなく、喉に刃が沈んでいく。……魔獣の上だけ見れば、仮装した少年を痛めつけているように思えて少しだけ気分が悪い。だが、これで条件・・はクリアした。


「お前は魔法少女てきからの攻撃には耐性があったけど、暗闇の中においてはその逆――魔獣みかたからの攻撃に弱くなっていた。自前の武器だって広義で見れば魔獣の一部だからね。攻撃が通らない理由がない」


――天狗の絡繰りに気が付いたのは、天狗が鶫のやけくそな斬り付けを避けたからだ。

 大してダメージが無いのであれば、太刀を防いだりせずさっきの鶫のように一歩踏み込んで攻撃すればよかったのに、天狗はそうしなかった。それはつまり、迎撃よりも優先すべきことがあったからに他ならない。

 暗闇の中とそれ以外でダメージ判定が違うのは最高に性格が悪いと思ったが、魔獣なんて性格が悪いのが当たり前なんだからしょうがない。


 鶫はそう言って、深く差し込んだ小太刀を横に振りぬき天狗の首を落とした。

 すると暗闇が消え、世界が赤い夕焼けの景色に染まった。


 天狗の首は、未だ地面に落ちたままだった。


 自己修復をしない――つまり、鶫の勝利である。


「……やっと勝てた。はー、良かったぁ」


 鶫は持ったままだった血まみれの小太刀を地面に突き刺し、ズルズルとその場に腰を下ろした。

 ギミックタイプの魔獣の存在は知っていたが、ここまで面倒だとは思わなかった。


 何はともあれ、勝ちは勝ち。生き残った方が正義なのである。

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