第170話 束の間の休息
「――進路のことで、近いうちに
久しぶりに千鳥と二人でのんびり過ごしていた時、進路の話になった際に千鳥がそんなことを言った。鶫は養父の話題が出るのも久しぶりだな、と思いながら肯定するように小さく頷いた。
鶫たちの戸籍上の養父は、毎月決まった額の生活費を口座にふり込んでくれるが、基本的に鶫たちの生活には一切口を出してこない。数年前に受ける高校を伝えた際も、特にこちらに関心は持っていない様に見えた。
恐らく今回の大学受験についても、好きにしろと言われるだけで特に意見などは出ないだろうが、それでも養ってもらっている身の上なので、きちんとした報告は必要だ。
「いいんじゃないか? 確か千鳥は御鏡大の文学部を受けるんだったよな?」
「ええ。鶫と一緒に帝都大に通うのも魅力的だったけど、一緒の講義が少ないなら意味がないものね。なら、設備が充実している方を選んだ方がいいかなって」
――鶫が緋衣の代わりに駆け回っている間、千鳥はしっかりと自分の進路を決めていた。まあ千鳥は鶫と違って学業も優秀なので、どの大学を選んだとしても問題ないと思うが。
そして鶫の方も、緋衣の推薦というイレギュラーではあるが、しっかりと進路が確定しているので今のところは安泰である。
……まあ、帝都大の講義に付いて行けるかどうかは別の話だが。
鶫としても落第しないように努力するつもりではいるが、最終的にはどうなるかは分からない。
だが緋衣が言うには、最悪落第になりそうな時は裏から手を回して無理やり進級させてくれるらしい。流石にそれは
「夜鶴さんのことだから問題ないと思うけど、もし進学なんかしないで働けって言われた時はどうしようか」
鶫が冗談めかしてそう言うと、千鳥は目を細めて笑って言った。
「その時は一緒にこの家を出て、小さいアパートで暮らすのもいいかもね。私は政府からの収入もあるし、生活費と二人分の学費くらいなら何とかなるよ?」
「いやあ、流石にこの年でヒモはちょっと……。まあ俺も
鶫の場合、葉隠桜として得た報奨金が億単位であるので、夜鶴からの援助が無くなったとしても金銭的には何も問題は無い。
ただ正体を政府に教えていない影響で、鶫の名義で大金を動かすと国税局などに金の出所を怪しまれる可能性がある。まあそれでも普通に生活をしていく分のお金くらいだったら問題なさそうなので、そこまで心配はしていないが。
そんな話をしていると、ピロンと千鳥の携帯が鳴った。
「あ、蘭ちゃんからだ。今お仕事で愛媛にいるんだって。帰りにお土産を買ってきてくれるみたいなんだけど、鶫は何かリクエストとかある?」
「え、いいのか? じゃあ俺じゃこ天がいい」
愛媛ならミカンなどもいいなと思ったが、今はまだ時期が早い。だが、じゃこ天だったら通年流通しているし、買う場所には困らないだろう。
焼いて食べてもいいし、最近はだんだん寒くなってきたのでおでんや煮物にしてもいいかもしれない。そう考えると、今から楽しみでもある。
鶫がそう言って即答すると、千鳥は苦笑しながら「うーん、別にそれでも大丈夫だろうけど……」と言って頬をかいた。
――鈴城としてはもっとオシャレなものを強請って欲しかったんだろうなと千鳥は思ったが、鶫が嬉しそうだったので特に指摘はしなかった。
千鳥にとって鈴城は恋敵であり大事な友達だが、それでもやっぱり想い人の笑顔の方が大事なので。
そんな千鳥の心境など知る由もない鶫が、ふと何となしに口を開いた。
「それにしても、鈴城と随分仲良くなったんだな」
大体夏休みの中頃から、時々政府で鈴城と千鳥が一緒になって話している姿を見かけていたが、こんな風に個人的にやり取りをする仲になっていたとは思わなかった。
イギリスに行っている間も同室だったと言っていたし、その時に何か仲良くなるきっかけがあったのかもしれない。
すると千鳥は少し恥ずかしそうに笑いながら答えた。
「うん。私と蘭ちゃん、なんだか
「そうなのか? 少し意外だな。ほら、傍からみると二人は結構タイプが違うように見えるから」
「それを言ったら、蘭ちゃんと壬生さん、それに天吏君だって鶫とかなりタイプが違うと思うけど。それでも鶫はみんなと仲がいいでしょ?」
「……確かにその通りだな」
千鳥にそう言われ、鶫は納得したように頷いた。何となく女の子は似たような性格の子が友達になっていくようなイメージがあったのだが、もしかしたらそれは偏見だったのかもしれない。
それは置いておいて、自分の友達と姉の仲が良いというのは少し複雑な思いもあった。
鶫は鈴城の前では男の子の見栄というか、割と格好つけている節があるので、鶫不在の時に千鳥が幼い頃の鶫の失敗談などを話しているんじゃないかと思うと、ちょっと恥ずかしい気持ちがある。まあ、別に隠すような事じゃないので口止めをしたりはしないが。
「じゃあ、リクエストは返信しておくね。後は何か伝えておくことはある?」
「そうだな……。とりあえず月並みだけど、怪我に気を付けてって伝えておいて。多分魔獣と戦うために遠出してるんだろうし」
そう言って鶫は、少しだけ心配そうに眉を下げた。
わざわざ十華の魔法少女を呼ぶのだから、最低でもB級の魔獣が相手なのだろう。鈴城の実力ならA級相手でも危うげなく勝てるだろうが、それでも油断は禁物だ。
……こうして普通に過ごしていると忘れがちになるが、本来魔法少女とは死と隣り合わせの存在だ。十華の面々は実力とメンタルが強いおかげで普段の仕事も難なくこなせているが、E級からC級までの魔法少女は目が死んでいることの方が多い。
鶫だって、彼女たちのように同僚が頻繁に入れ替わるような生活を送っていたら精神を病んでいたかもしれない。
千鳥の場合は専門性の高い転移管理部所属なので、同僚も含め命を落とすケースは滅多にない。中でも千鳥は複数移動、および外国までカバーできる転移能力持ちなので、かなり大事に扱われている。ある意味、かなり恵まれた環境にいた。
だが魔法少女という贄達の中で、こんな風に穏やかに未来の予定を立てて過ごせるのは、ほんの一握りだけだ。その幸運を、決して当たり前だと思ってはいけない。
――だからこそ、鶫の本当の姉はこの不条理な世界を変えようと考えたのだろうか。
一般市民に抵抗する術はなく、力なき魔法少女は斃れ、強い魔法少女はより強い魔獣に敗北し命を散らしていくこの世界を。……なんて、少し穿ち過ぎだろうか。
「鶫? どうかしたの?」
ぼんやりと考え事をしていた鶫の顔を覗き込むように、千鳥がそう聞いてきた。
鶫はハッとしながら、小さく首を振った。
「何でもないよ。――少しだけ、考え事をしていただけ」
◆ ◆ ◆
とある日の昼下がり。
シフトの休憩時間に葉隠桜の姿のまま外に出た鶫は、一人でゆっくりとオシャレなカフェでアフタヌーンティーを楽しもうとしていた。
女の子の姿の良い所は、こうしたカフェに一人でいても浮かないことだろう。流石の鶫も、男のままでは来る勇気がなかったのだ。
そして程なく頼んだ物が到着し、鶫はご機嫌そうにニッコリと笑った。
香りのいい紅茶もそうだが、何よりも目を見張るのは三段からなる豪勢な料理が敷き詰められたケーキスタンドである。美味しそうな軽食とサラダに、季節の果物がふんだんに乗ったタルト、色とりどりのマカロンとケーキ。もうどの角度から見ても素晴らしかった。
一人で食べるにはちょっと量が
そしてさあ食べようと鶫がフォークを手にした瞬間ピリリと政府から支給された端末が鳴った。……嫌な予感をひしひしと感じながら電話を取る。
「……はい、葉隠です」
『葉隠さん? 休憩中に申し訳ないんだけど、今すぐ戻ってきてもらっても大丈夫?』
電話は魔獣対策室――室長の因幡からのもので、この様子だとどうやら緊急の案件が発生したらしい。
「問題ないです。今から向かいますね」
『ありがとうございます!! 到着次第詳細を説明しますね』
そうして重い空気を醸し出しながら電話を切った鶫は、ちらりと名残惜しそうにテーブルの上の品々を見てため息を吐いた。
とても楽しみにしていたのだが、お仕事なのだから仕方がない。
――こうして密やかなティータイムは終わりを告げたのだった。
◆おまけ◆
「鶫ね、お土産はじゃこ天がいいんだって」
「え……、じゃこ?? なんて?」
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