閑話 進路相談②
「失礼します」
行貴と進路の話をしてから数日後。鶫は放課後に涼音に呼び出され、生徒指導室に来ていた。
――この部屋に来るのもすっかり慣れたな。
そう思いながら、鶫は涼音の対面の席に座る。遊園地の一件以降、涼音は他のクラスメイトに知られないように鶫を呼び出すことが何度かあった。
それは鶫の目の件だったり、涼音が見ている赤い糸の話など様々だったが、そんな穏やかなやりとりの甲斐もあって、以前よりも涼音の精神は安定している様にも見えた。
それに最近は言動もしっかりし、受験生の担任にふさわしい貫禄も出てきたような気がする。……まあ流石にそれは言い過ぎかもしれないが。
だがこんな風に事前連絡もなく急に呼び出すのは、涼音にしては珍しかった。
もしかしたら、何か別件の話があるのかもしれないと思いつつ、鶫は口を開いた。
「涼音先生、今日はどうしたんですか? ……あ、まさか行貴がまた何かやらかしたとか?」
鶫は恐る恐る涼音にそう問いかけた。
教師たちは問題児である行貴が、鶫の話だけは耳を傾けることを知っているので、時々鶫に注意の代行を頼んでくることがあった。中には理不尽に「お前が気を付けて見ていないから!」と怒る者もいるが、鶫は行貴の保護者でもなんでもないので、その怒りはまったくの的外れなのだが。
そして例によって、今日も行貴はサボりである。注意がスライドしてもおかしくはない。……恐らく行貴も出席日数は足りるように計算しているのだろうが、そんな態度でも鶫より遥かに成績が良いのだからやってられない。
すると、涼音は苦笑して首を横に振った。
「ふふ、そんなに警戒しなくてもいいのに。別に今回は悪い意味での呼び出しじゃないから」
「え、そうなんですか?」
「どちらかというと良い話になるわね。……でも話す前に七瀬君に聞きたいんだけど、私の親戚の緋衣雪君と面識があったりする? えっと、彼は帝都大で色々な研究してるちょっと有名な人なんだけど、知っているかしら?」
「……あー、はい。まあ一応」
鶫は意外な人物の名前に少しだけ驚いたが、緋衣雪――雪野雫は涼音先生と親戚だと言っていた記憶がある。二人は色々な意味で全く似ていないので、すっかり忘れていた。
「芽吹先輩の紹介で一度お会いしたことがあります。ほら、例の遊園地の件で話が聞きたかったみたいで」
そうして戸惑いながら口を開き、鶫は緋衣と最初に会った時のことを涼音に報告した。……出会った当初は、まさかこんな風に関わることになるとは考えていなかったが、それは今は関係ないので黙っておく。
「そうなの? なら話が早いわね」
そう言って小さく頷いた涼音は、手に持っていた封筒から書類を取り出した。それをスッと差し出しながら、涼音は話し始めた。
「帝都大学から、七瀬君に推薦入学の話が来ているの。要望を出しているのはさっき言った緋衣君ね。この場合、入学の時に面談はあるみたいだけど、筆記は免除されるみたい。七瀬君はどう思う?」
さらりとそう告げた涼音に、鶫はぽかんとした顔をして口を開いた。
「……えっと、本気で言ってます? いきなりそんなことを言われても、こちらとしては不安しかないんですけど」
話が急すぎて、まるで新手の詐欺にでもあっているような気分だった。
鶫が不安そうな目で涼音を見ると、涼音はクスクスと笑いながら言った。
「こんなこと冗談で言うわけないでしょう?これは間違いなく正式な書類よ。それに去年も芽吹さんに同じ形式の書類が来ていたから間違いないと思うけど」
確かに去年、鶫の先輩である芽吹も大学側から是非にと請われる形で推薦を貰っていた。
だがそれはあくまでも芽吹が優秀だからであり、鶫のようなパッとしない普通の学生が貰えるものではない。
「ちなみに、推薦の理由とかって教えてもらえますか?」
「うん。私も緋衣君に直接電話して推薦理由を聞いたんだけどね、以前あった遊園地の一件――七瀬君みたいに魔法少女の結界の中に入れる子は、男女問わずに契約者としての適性があるんでしょう? 緋衣君が言うには、例の炎が見える目の件も含めて、七瀬君の体質に興味があるんですって。つまり一言で言うと、研究協力のための推薦ね」
「……そんな奇妙な推薦があるんですか?」
そう言って鶫は訝しそうに首を傾げた。それではまるで、鶫の体だけが目当てのように聞こえる。
……まあ普通に考えて、そういった理由でもない限り平均レベルの頭でしかない鶫が天下の帝都大から推薦を貰えるわけがないのだが。
「あはは。確かにかなり変わった形の推薦だけど、過去にも私みたいな異能持ちが推薦を貰った例があるらしいし、そこまで問題は無いと思うわ。――あ、心配しなくても七瀬君の適性の件は校長先生と学年主任と担任の私の三人しか知らされてないから。あまり男性の適性者は例がない事みたいだから、他の人に話さないよう釘を刺されたからね。でも、適性の件は今回初めて聞いたから少しびっくりしちゃった」
「……すみません、適性の件は周りには黙っているように政府からも言われていたので」
鶫は素直に頭を下げた。
涼音には鶫の目の件は話していたが、魔法少女としての適性があることは黙っていた。下手に情報を与えて七瀬鶫=葉隠桜だと結び付けられても困るし、何より政府からも口止めされていたからだ。
……ただ、適性の件を黙っていたことで涼音がまた情緒不安定になるんじゃないかと少し不安だったが、今の様子をみるとそこまで気にはしていないようだ。涼音にとっては、あくまでも【目】に関連することのみが地雷らしい。
「それにしても、俺の体質は確かに特殊でしょうけど、わざわざ大学に在籍させてまで研究する必要があるんでしょうか? バイト扱いで必要な時に呼び出すだけでも事足りると思うんですけど」
確かに緋衣は鶫の体質に関して興味を持っているようだったが、男が魔法少女の適性を得るメカニズムは鶫じゃなくとも緋衣自身を研究すれば済む話だ。鶫にこだわる必要はない。
そう考えると、何故
「私も詳しいことまでは分からないけど、七瀬君には例の目の件もあるでしょう?ほら、緋衣君は科学もオカルトも両方取り扱っているから、これを機に研究の幅をもっと広げたいんじゃないのかもね。本格的な研究になるとかなり時間を取られるみたいだし、大学側も在籍してもらった方が都合がいいんじゃないかしら」
そう告げる涼音に、鶫はそういうものかと小さく頷いた。確かにそう考えれば辻褄は合う。
……だが、あの緋衣が自分から新たな研究――つまり余計な仕事を増やすような真似をするとは俄かに考えにくい。ただでさえ過労死寸前なのだ。鶫に構っている暇なんてあるはずがない。
――そうなると、ここまでして緋衣が鶫を手元に置きたがる理由とは何なのだろうか。
そこまで考え、鶫はハッとしたように目を見開いた。最近、緋衣と交わした会話を思い出したのだ。
イギリスから日本に帰ってきた後も、何度か緋衣から「政府の待機当番を変わってくれ」と依頼があった。どうやら例の透明マントの件で仕事がドッと増えたらしい。
鶫としても透明マント――厄介事を持ち帰ってきたという負い目がある上に、忙しすぎてあまりにもひどい顔色をしていたので、可哀そうで断り切れず仕事を請け負ったのだ。
他にも食事の差入れなどで何度か研究室に顔を出したのだが、その際に進路の話も出た記憶がある。
鶫が適当な大学に通う予定だと聞くと、冗談交じりに「雑用係としてウチに入ってくれ」と懇願されたが、鶫ははっきりと無理だと断った。単純に学力が足りないし、緋衣の下では苦労することは目に見えている。
そう鶫が答えると、緋衣はガッカリしたように肩を落としていたがもしかしたらそれがフラグだったのかもしれない。
そして鶫は口元を押さえるようにして俯きながら、心の中で叫んだ。
――あの人、本気で俺に雑用を押し付けるつもりだな……!!
むしろ鶫の体質の研究なんていうのはただのオマケで、そちらの方が本命だろう。
緋衣は研究者と魔法少女の二足の草鞋に加え、その一つ一つの仕事量が常軌を逸していた。鶫から見ても、いつ過労死してもおかしくはないくらい忙しそうにしている。
そんな緋衣にとって鶫――緋衣の事情を知っていて、なお且つ魔法少女の仕事を押し付けることが出来る鶫は、是が非でも確保したい人材だろう。
――緋衣さん、正体の暴露の時から俺に仕事を押し付けるのに味を占めた感じだったからなぁ。
そう考え、鶫は小さくため息を吐いた。
あの人は帝都大でもかなり重要なポストにいるし、推薦枠の利用だって容易だろう。
……別に緋衣に対する協力自体に不満は無いのだが、こんなあからさまに囲い込みに掛かられると、流石の鶫でも少し怖くなってくる。絶対に逃がさないという圧を感じるくらいだ。
何はともあれ、この場で答えを出すことは出来なかった。緋衣に真意を問わなければいけないし、なによりこんな重要なことを一人では決められないからだ。
「……少し考えさせてください。家族と相談してみます」
鶫が絞り出すような声でそう告げると、涼音は小さく頷いて言った。
「そうね。大事なことだし、しっかりと相談した方がいいわ。……それと、家族以外には推薦のことは話さない方がいいかも。貴方の適正の件が政府に口止めされている以上、他の人には推薦理由の説明もできないだろうし」
「その問題もありますよね……。俺も変に騒がれたくはないので、気を付けるようにします」
それに緋衣の事情はともかく、鶫が帝都大に通うとなると色々な問題が出てくる。
――遊園地の一件により、鶫は表向きには男性の魔法少女適性者ということになっていた。なおこれは緘口令が敷かれており、政府と高校の教師くらいしか知らない事実だが、これが世間に広まれば面倒なことになるのは確実だった。
それに推薦のことが周りに知られたら、適性があるというだけで難易度が高い大学から推薦を貰えるなんて、と普通の受験生から妬まれる可能性がある。そうなると余計に面倒だ。
……まあ鶫が所属するF組に限って言えば、「鶫ちゃんやっぱり女の子だったの? 私の予備のスカート履く? メイクする? あっ、ロングのウィッグもあるよ」とか「それ
「七瀬君の場合は事情が事情だから、大学に相談すれば表向きは一般入試の体で入学できると思うし、必要であれば学校側としても精一杯の対策を練るわ。もし推薦を受けるなら、返事は十月中にくれればいいからゆっくり考えてね」
「はい、ありがとうございます」
「話は変わるんだけど、最近は目の調子はどう? 気分が悪くなったり、ひどい頭痛がしたりとかはしていない? 私はそこまで体に影響はないけど、異能によっては体に負荷が掛かるケースもあるらしいから……」
不安そうに問いかけてきた涼音に、鶫は小さく笑って答えた。
「あ、はい。おかげ様で特に問題は無いです。最近は勝手に発動することもなかったですし。……例の炎はもの凄く集中すれば自分の意思で使えるような気もするんですけど、使うと目が痛くなるし、何というか、アレはあまり人が見ていいモノじゃないと思うので」
鶫の左目が映し出すあの炎は、死の
魔法少女としての活動時ならともかく、普通の生活を送る上ではまったく必要のないスキルだ。
鶫がそう答えると、涼音は困ったように笑った。
「別に無理に視ようとする必要はないと思うわ。私にも言えることだけど、ああいうのは視ないに越したことはないから」
そう言ってほほ笑む涼音に、鶫は何だか申し訳ない様な気持ちになった。
涼音は同じような悩みを持つ者の同族意識ゆえか、よく鶫の目の話を聞きたがった。それ自体は別に構わないのだが、涼音と鶫では圧倒的に違う部分が一つだけあった。
鶫の場合は能力のオンオフが出来るが、涼音はそうではない。常に死の糸が視界に付き纏っているのだ。そんな地獄のような視界の持ち主に、鶫の大したことのない体験談を語るのはなんとなく罪悪感があったのだ。
少し気まずくなった鶫は、話題を変えるように涼音に問いかけた。
「涼音先生の方は、最近何か変わったことはありましたか?」
「私? ええと、何かあったかしら……。お昼に躓いて祈更先生にコーヒーをかけちゃったことくらいしか思い浮かばないわね」
「ああ、だからあの人珍しくジャージだったんですね……」
そう言って鶫は軽く頭を押さえた。祈更の珍しい姿にクラスメイト達がはしゃいだせいで、課題を三倍に増やされたのだ。……機嫌が悪かったのは分かるが、八つ当たりも大概にしてほしい。
その後は特に何もなく、推薦関係の資料を貰って鶫は生徒指導室を後にした。
実際に推薦の誘いを受ける受けないはともかく、選択肢が広がったのは良いことである。
……だがそもそもたとえ推薦で入ったとしても、学力の方が圧倒的に足りていないのだが、それはどうすればいいのだろうか。流石に学習面まで配慮されると裏口っぽくて気が引けてくる。
――後で緋衣さんに詳しい話を聞かないとな。どうせ雑用係が欲しいだけだろうけど、事前に説明くらいしてくれればよかったのに。
そんなことを思いつつ、鶫は大きなため息を吐いた。
◆ ◆ ◆
「ほんとにあの子を此処に呼ぶつもりなんだ。そんなに気に入ったの?」
緋衣の研究室の中で、手のひらほどの小さな妖精――緋衣の契約神であるナーサティヤがそう楽しそうに問いかけた。
緋衣はナーサティヤに目もくれず、カタカタとパソコンを見つめながらそれに答える。
「彼にとっても利益のある話だし、使えるものは使うべきだろう? ――それに遠野の奴から監視も頼まれているからな。手元に置いておけば一石二鳥だ」
――イギリス遠征の後、透明マントを引き取りに行った際に、緋衣は遠野を通して八咫烏から七瀬鶫を監視するように指示を受けた。
八咫烏いわく、七瀬鶫は大火災の際に邪神の影響を強く受けたらしく、暴走の兆しが見えているそうだ。故に医神であるナーサティヤに監視……もとい注視をしていてほしいらしい。
その話をされた時、最初はまた仕事を増やすつもりかとブチ切れそうになった緋衣だったが、よくよく考えてみれば七瀬が側にいた方が、緋衣にとっても都合がいいことに気が付いた。
なにせ、七瀬鶫はあまりにも使い勝手がいいのだ。
回数制限なしの転移能力があれば他県にある資料や実験部材もすぐに手に入る上に、掃除や食事の用意など細々とした気も利き、何より一番面倒な魔法少女としての仕事を押し付けることができる稀有な人材だ。
政府の無茶ぶりの所為で死ぬほど忙しい日々を送っている緋衣にとっては、鶫はまさに救世主のような存在だった。
ちなみに頭脳面に関しては全く期待していない。そもそも緋衣の場合、多くの研究を抱えているものの緋衣の発想に着いてこれる研究者がほぼいないので、芽吹クラスの天才でなければ助手としては役に立たないのだ。流石にそこまでの働きを求めるつもりはない。
……緋衣としても、鶫の善意にかなり甘えている自覚はちゃんとあるのだが、過労死一択の修羅場を切り抜けるまではどうしても鶫の手を借りたかった。
緋衣がそう告げると、ナーサティヤは納得したように頷いた。
「ああ、例の見張りの件ね。でもさぁ、彼らが思っている以上にあの子の魂って安定してるんだよねぇ。ホントに暴走の兆しとかあるの? 今のところ、そうは見えないんだけど」
ナーサティヤはそう言って可愛らしく首を傾げた。
ナーサティヤいわく、七瀬鶫の中には確かに奇妙な気配は日に日に存在感を増しているが、どうにもそれが危険なモノだとは思えないらしい。
八咫烏が言うような邪神にしては気配が穏やかで、宿主を害してやろうという意志が全く見えないそうだ。それどころか七瀬を守っている様にも見えるので、ナーサティヤとしては判断がつかないらしい。
「さあな。八咫烏が言うにはかなり危険なモノらしいが、詳しい説明も無い上に、これといった証拠も無いからな。というより、八咫烏たちの言っていることが正しいのかさえ僕には分からない」
――そもそもの話、彼らは何をもってして七瀬鶫の中にいるモノを【
その存在は少なくとも十年前から現在に至るまで、宿主や周りの人間に害をなしたことは一度もなかった。七瀬が神と契約した時ですら、反発する様子すらなかったのだ。
しかも親戚である涼音から聞いた話から推測すると、七瀬の危機に手を貸すような素振りすら見せている。八咫烏が言うようにソレが見境の無い悪しき化物であったならば、そんなことが起こりうるのだろうか。
それにナーサティヤが他の神に話を聞いたところによると、ソレを危険視しているのは主に日本古来の神が多く、他の神はソレの気配にすら気付いていない者の方が多いらしい。気付いている少数の神も、「何か変なのが入ってるな」と思うくらいで、特に危険な気配は感じていないそうだ。
……というよりも、七瀬を溺愛しているという例の契約神が何も行動を起こしていない時点でおかしいのだ。何か表に出せない事情があるに決まっている。本当に政府は迷惑な仕事しか回してこない。
緋衣は軽くため息をつき、ナーサティヤを見つめた。
「何が正しいのかはまだ分からないが、僕としては八咫烏よりもお前の言うことの方が信用できる。実際に暴走するかどうかともかく、気休め程度に監視するふりをしておけばあちらも文句は無いだろう」
「ふうん、悪賢い処世術ってやつだね。ま、八咫烏のことは好きじゃないけど、一応こっちも気を付けてはおくよ」
「ああ、頼んだ」
八咫烏直々の依頼にしてはあまりにも軽い対応だったが、そもそもこの依頼自体がきな臭いのだ。真面目に付き合ってやる義理は無い。
「でもさぁ、あの子推薦の件受けてくれると思う? 断ったりしたら意味が無いんじゃない?」
そんなナーサティヤの問いに、緋衣は心底不思議そうな顔で首を傾げた。
「だって断る理由がないだろう? 面倒な受験もないし、僕の助手という体にしておけば多少の無理は通せる。七瀬がこれからも正体を隠して魔法少女として活動するつもりならば、これ以上ないほどの良い進学先だと思うが」
「うーん、キミは相変わらず合理主義が過ぎるね。もう少し人の心を理解した方がいいと思うよ」
「……まさか神に人の心を諭されるとは。まあ断られた場合は他の方法を考えてみるさ。――それにこう見えて僕は説得が得意な方だからな。きちんとメリットを説明すれば彼も理解してくれるだろう」
緋衣がそう告げると、ナーサティヤは「説得……? 泣き落としとか脅迫の間違いじゃないの?」などと呟いていたが、泣き落としも立派なネゴシエイトの一種である。
――最終決定権は七瀬鶫本人にあるが、どうにも彼は押しに弱い……いや根が優しい性格をしているので、懇切丁寧に説得をすればきっと頷いてくれることだろう。
「別になんでもいいんだけどさ、説得は嫌われない程度にしなよ? それで手伝ってもらえなくなったら本末転倒でしょ」
そうナーサティヤに呆れたように諭され、緋衣は肩をすくめて頷いた。
「……分かっているとも。本当に嫌がっているなら無理強いはしないさ」
……とても、いや、かなり苦渋の選択だが、本人がどうしても否と言うならそれは仕方がない。最悪の場合、妥協点を見つけて本当に死にそうな時にだけ手伝ってもらえれば御の字だろう。
そう言って、緋衣は天を仰いだ。何もかも、仕事が多すぎるのが悪いのである。
――さて、裏でそんな会話があったとは知りもしない鶫は、果たしてどんな答えを出すのだろうか。まあどう転んでも面倒なこと(小間使いor受験勉強)にしかならないのは確かである。
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