番外編 十華のお仕事!

 現在、『十華』とは魔法少女として最高峰の称号と言っても過言ではない。


 投票によって選ばれた十人――つい数か月前は六人組で六華と呼ばれていたが――は政府内において強い権力を持ち、様々な特権が付与される。

 そして引退後は、ほぼ確実に政府職員の椅子が用意されるという好待遇ぶりだ。向上心や野心が強い者にとっては、喉から手が出るほど欲しい地位だろう。


 そんな一見メリットしかない様に見える十華だが、勿論デメリットも存在する。


 十華の人員はシフト制で最低二人は政府に待機することになっており、A級やイレギュラーの魔獣が確認された際には、待機していた人員が対応することになっている。

 その際の出動はほぼ強制となっていて、それはたとえその十華の人員が在野の魔法少女だったとしても断ることは出来ない。


 十華に選ばれるくらいなのだから、A級の魔獣なんて相手にならないだろう? と考える者も世の中には多いが、あながちそうとも言い切れない。

 過去に選ばれた少女達の中には、たとえA級の魔獣を倒す実力があったとしても魔獣との相性が悪く、戦いの中で命を落とす者も少なくはなかった。


 一番ひどい時では六華の六人が総入れ替えになった年もあり、その過酷さが伺える。それでも上を目指す者が絶えないのは、輝かしい英雄ぐうぞう――朔良紅音に皆が憧れているからだろう。


――そして十華の仕事の中で最も過酷と言えるのは、後詰・・の対応である。これはある意味、直接魔獣と戦うよりも精神を削ることになるからだ。

 

 高ランクの魔獣戦では、昇級を狙っている魔法少女や、知名度を上げたいA級の魔法少女が名乗り出ることも多い。

 基本的にはシミュレーションで一定以上の実力を持っている魔法少女にしか戦闘は許可されないが、そういったセーフティを設けても負けて死んでいく者は少なくないのだ。


 本人たちが納得済みで挑んだ結果がそれならば、誰も文句は言えない。けれど、無残に散っていった仲間を見送った後、嘆く暇もなく魔獣と戦わなくてはいけない少女の気持ちを、一体誰が理解できるだろうか?


 ある者は「それも自然の摂理」と達観し、ある者は「可哀そうに」と哀れみ、ある者は「弱いのがいけない」と断言し、ある者は「しょうがないよね」と諦めた。そしてある者は「努力が足りない」と憤り、ある者は「自分じゃなくて良かった」と安堵した。そうやって自分の心に折り合いが付けられる者だけが、その椅子に座る資格があるのだ。


……十華に際物ばかりが集うのは、そういった精神面での影響が大きいからなのかもしれない。


――それはともかく、十華にはそういった体や精神に多大なるダメージを負わせる仕事の他にも、政府の広告塔――いわゆる【魔法少女の好感度アップ】を担う仕事もある。


 それは例えば災害の被災地への慰問だったり、大規模イベント等へのゲスト出演など多岐にわたる。


 それらの仕事は基本的に政府所属の魔法少女が担い、在野の魔法少女――葉隠桜が呼ばれることはあまりない。……だが、時には例外が存在することもある。今回はその一例を紹介しよう。






◆ ◆ ◆





「はい、これ葉隠さん指名のイベント出席依頼です。日時は来週の土曜日だそうなので、よく資料を確認しておいて下さい。……分かってると思いますけど、拒否なんてしないで下さいよ。他の人も忙しくて、貴女の代わりに行く人員なんて急には用意できませんから」


 葉隠桜の姿に変身した鶫が食堂で三時のおやつ――デラックス特盛フルーツパフェを黙々と食べていると、不機嫌そうな顔をした日向がそんなことを言いながら鶫の前に白い封筒を差し出してきた。


 鶫が赤い大きな苺を咀嚼しながら不思議そうに日向を見上げると、日向はバツが悪そうな顔をして話し出した。


「何ですか。私がこれを持ってきたのがそんなに変ですか」


「いえ、別にそんな事はないですけど」


「……貴女に渡すように事務の人から頼まれたんですよ。大方、私が言えば断りづらいとでも思ったんじゃないですか?」


 言い訳の様にそう告げた日向に対し、鶫は苦笑しながら口を開いた。


「それにしても、私に指名依頼ですか。珍しいですね」


「貴女みたいに在野で気楽なご身分の人には、あまりこういった仕事は割り振られないですからね。ほんと、苦労している私の身にもなってほしいです。……まったく。柩さんが抜けた穴は大きいんだから、皆もっと頑張ってもらわないと困るんですよ」


 ザクザクと突き刺すような日向の物言いに苦笑いを浮かべながら、鶫は白い封筒を手に取った。


 普段は在野の魔法少女という事に配慮され、あまりこういった依頼が葉隠桜に回ってくることは少ない。ベルが決定権を握っているという理由も大きいが、単純に時間的な余裕が無いのだ。

……柩が抜けた穴も理解しているし、それなりに協力したい気持ちはあるが、二重生活を送っている鶫には少し難しいのも確かである。


 そして鶫は、さっさと封筒を開けろ、とでも言いたげな日向の圧を感じながら、そっと封筒の中身を取り出した。


 政府が変なイベント事を依頼するとは思えないが、それでも確認は必要である。内容によっては、鶫の契約神であるベルが反対する可能性もあるからだ。


――でも、月に一回くらいは仕方ないか。政府だってベル様が拒否しそうな依頼は寄こしてこないだろうし、きっと大丈夫だろう。そんな風に考えながら、鶫は資料の内容を見つめた。


 そして鶫は詳細が書かれている資料を上から下まで目を通し、困惑した表情で日向を見つめた。


「あの、これ全国の特産品を使ったグルメイベントと書かれているのですが……、いえ、そこは問題ないんですけど、――どうして私がそのイベントの大食い大会にゲストでエントリーする事になっているんですか?」


 グルメイベント、それはまだいい。ベルだって反対はしない筈だ。だが、何故そこに当然のように大食い大会の文字があるのだろうか。鶫には全く理解できなかった。


 十華は政府にとって戦略的英雄アイドルである。別に大食い大会自体が悪いわけではないが、こんな色物の様な企画を受けるのはイメージ的にどうなのだろうか。


 鶫がそう告げると、日向はテーブルの上――鶫が空にしたいくつもの皿をげんなりとした目で見ながら呆れた様にいった。


「来るべくしてきた依頼だと思いますけど。こんな豚みたいに食べ散らかしてる癖に、なに可愛い子ぶってるんですか?」


「ぶっ、!? ……え、私そんなに食べてばかりいる印象がありますか? 少しショックなのですが」


……言うにも事欠いて豚である。あまりにもひどい例えだ。

 鶫がムッとしながらそう問いかけると、日向は驚いた様に片手で口を覆って言った。


「嘘でしょまさか自覚がないんですか!? オフでの目撃例が検索しても食べ物関係のことしか出てこないのに!? それに毎回ファンから大量の食料品が送られて来てるくせに、なにふざけた事を言ってるんですか。大食い以外の何物でもないでしょうに」


「う、うう、そんなはっきり言わないで下さいよ。ちょっと認めたくなかっただけなのに……。恥ずかしいじゃないですか……」


 羞恥で顔を赤く染めながら、鶫は両手で自分の顔を覆った。


――政府には、政府所属の魔法少女宛てにファンから贈られてきた物を精査する部署がある。危険物や、その魔法少女が不快に思うような物を弾いてから贈り物のリストを渡し、受け取りたい物だけを本人に選んでもらっているのだ。……選ばれなかった物の処遇は言うまでもない。


 これは知名度が高ければ高いほど贈り物の量が多い傾向がある。また魔法少女によって贈り物の特色が変わり、例を挙げると雪野は専門書、壬生は刃の付いた物、薔薇そうびは花など、個人の特色に沿った物が多い。


 本来であれば在野の魔法少女――葉隠桜には関係ないはずだったのだが、十華に就任したことにより実質的に政府所属とみなされ、プレゼントが解禁されたと判断したファンが大量の品物を政府に送り付けてきたのだ。


 綺麗な服やアクセサリー、可愛いバックやハイセンスなインテリアなど色々な物が送られてきたが、その大半を占めていたのは――そう、食料品である。


 大きな紙袋やコンテナに入ったいかにも産地直送と思われる米と野菜、冷凍保存された大きな魚。季節の果物や、お菓子。そして日本各地の飲食店から送られてきた優待券と食事券などが、大型トラックから溢れんばかりに運ばれてきたのだ。

……倉庫に呼ばれて、その有様を見に行った時の職員の生暖かい視線が今でも忘れられない。


 食べきれそうな分だけを受け取り、残りは政府の食堂に寄付したり、お菓子などは政府の各部署に配るなどしてできるだけ廃棄せずに消費しているが、毎回のように大量の食料品が送られてくると、流石に自分が世間にどんな風に思われているのか不安になってくる。


――確かにいろんな場所へ赴いて、ベルと一緒に大量の食事を注文していた記憶はある。だが、せっかく普段は千鳥の振る舞いを真似ておしとやかに振る舞っているのに、まるで大食いキャラの様に世間に認知されるのは些か心外だった。……最近は少し食べる量が増えた気もするが、それでもまだ常識の範囲内だろう。


 鶫がやんわりとそう告げると、日向は呆れた顔で首を横に振った。


「どう考えても手遅れだと思いますけど。ま、別に私は貴女が世間にどう思われてても関係ないので。十華としてみっともない姿を晒さないならそれでいいです。で、受けるんですか? 受けないんですか?」


「……一応私の契約神に確認は取りますが、多分大丈夫だと思います」


 そう告げると、日向は「そうですか。じゃあ最終的な返答は事務員にお願いします」とだけ言って去ってしまった。


 鶫は小さくため息を吐きながら、頭を抱えた。


――イメージ戦略、間違えたかなぁ。少なくとも、大食いキャラとして認知されるのは遠慮願いたかった。


 その後、ベルに確認をとると「物を食べるだけ? 別に構わないぞ」と快く承諾してくれた。……反対してくれれば楽だったのに、と鶫が思ったことは内緒である。




あとがき――――――☆☆☆

なお、大食い大会は当然の様に優勝し滅茶苦茶盛り上がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る