第5話 新たな記憶 ~前編~


「...............」


「..........よっ」


 目の前には不動学園名物御三家。

 生徒会長の拓真、副会長の阿月、書記の一人、秋津響。

 超目立つ三人が、百香のバイト先であるファミレスに来店してきた。


「.....似合わない。何の用ですか?」


「.....御客? かな?」


「何で疑問系なんだよ、響っ! 三名でよろしくっ」


 無表情で小首を傾げる響をどつき、拓真が人好きする笑みで指を三本立てる。

 アットホームな個人経営のファミレスに、全くそぐわないきらびやかさ。

 各々その道では知らぬ者のいない有名人だ。

 当然のように、周囲の御客様らから、奇異な眼差しが注がれていた。


「出来るだけ目立たない隅っこの席で。御願いしますね」


 ゆうるりと扇子を持ち出して、畳んだまま口元に当てる阿月。

 その悩ましげな仕種と伏せた流し目の余波を食らい、百香の後ろから悶絶する乙女らの心の地団駄が聞こえた。


 無茶を言う。


 こんな目立つ御仁らを、どうせよと。


 しばし天を仰いだ百香は、覚悟を決めて三人を席に案内した。





「ちょっ? 待った待ったっ! ここって.....?」


 案内されたのはホール中央の開けた一席。

 ガラス張りな窓から外が一望出来る席だった。

 こちらから見えると言う事は、当然、あちらからも見える訳で..........

 案の定、外の通行人が瞠目して三人を指差している。


「まずいだろ、ここは。何でまた?」


 自意識過剰を遥かに穿つ本物の有名人。これも税金の一つと諦める程度には人々に絡まれる三人だが、その一人の響は、何の躊躇もなく席に着いた。


 驚く二人を尻目に、彼は暢気にメニューをめくる。


「奏が.....選んだ席。.....大丈夫」


 盲目的な信頼。


 あちゃーと額を押さえつつ、彼女のバイト先を確認に行こうとする響を心配してついてきた二人も、覚悟を決めて席に着いた。


 一蓮托生である。


 苦虫を噛み潰したような顔でメニューをめくっていると、拓真の横に二人の女性が近寄ってきた。

 

 ほら見たことか。


 心の中で毒づきながら、拓真は穏やかな笑みで女性を見上げる。

 他の二人と違い、ファンの心象が稼ぎに直結する拓真は、うんざりしつつも無下には出来ない。

 響は、その冴えた冷たい美貌が売りだ。辛辣な冷笑すらも御釣りがくるほどの眼福で受け入れられる。

 阿月も茶道書道の作品が主体である。本人その者の人格はあまり影響しない。


 この手の輩に一番手こずるのは拓真だった。


「あの、少し良いですか?」


 興奮し上ずった女性の声。


 よろしくないです。


 心の中でだけ反論し、拓真が顔を上げた時。

 通りかかったウェイトレスが、申し訳なさげに女性らへ声をかけた。


「すみません、通らせていただいても宜しいですか?」


 聞かれて、女性らは慌てて通路を空ける。

 ありがとうございます。軽く会釈して、ウェイトレスは両手に料理を持って通りすぎた。

 ウェイトレスが通ったのを確認して、あらためて三人に声をかけようとした女性らだが、またもや通りかかったスタッフに遮られる。


「え? あ.....やだっ」


 何度もスタッフに遮られて、ようやく女性達は気がついた。


 この席の周囲はキッチンに直結しており、スタッフらの動線の中心なのだ。

 つまり、自分達が遮られているのではなく、自分達がスタッフの動線を遮っているのだ。

 ここに立ち止まるという事は、料理を運ぶ人や、食器を下げる人々の通る道を塞いでしまう。


 赤面してスゴスゴと自分らの席へ戻った彼女達を見て、勇気を出しかかっていた乙女達も、無謀をせず席につく。


 その一連を呆然と見ていた拓真に、響が微かに口角を上げた。


「.....な? .....奏だもの」


 何でお前が自慢気なんだよ。もう彼氏面かよ。


 しかし、確かに見事な采配である。適度な間隔で周囲を回るスタッフ達。これは偶然ではない。彼女が頼んだのは明白だった。


「そうだな。助かるよ。さあってと、何を食おうかな」


 気の合う仲間との普通の食事。こんな機会は滅多にない。

 普通の高校生の日常。カメラ目線や、販促用に作られた顔ではない三人の素の姿は、別の意味で貴重である。

 冷淡な美貌が売りな響すら、微かな笑みをはき、食事を楽しんでいた。


 普段も本当に無表情なのだなと感嘆しつつ、たまに上がる彼の口角に、周囲の御客は身悶え、頬を染める。


 予期せぬ幸運に恵まれた事を神に感謝し、長居するため注文を重ねる御客達。

 回転が悪いにも関わらず、この日ファミレスは、何時もの二倍近い売り上げを叩き出した。


 ある一角の客を除いて、皆が幸せな時を過ごした一夜であった。


 その一角には、疲れきった御客様。

 ひそやかに上がる黄色い声にも気づかず、テーブルに突っ伏していた。


「あ~..... ギリ終電に間に合った。この時間だと、ここしかやってないんだよな。助かるわ、開いててくれて」


 ノタノタとオシボリで手を拭くのはブラック企業戦士。

 ほぼ毎日終電で帰宅し、ほぼ毎日、このファミレスで晩飯をとる。

 常連オブザイヤーに輝く人物であった。


「お疲れ様です。今日も何時もので?」


 お冷やとオシボリを運んだ百香に労われ、男性は、ほにゃりと顔を緩めた。


「うん。あと、食後に.....」


「アイスココアですね?」


 にっこり微笑む美少女。


 ああああ、癒される。


 毎日の細やかな心洗われる一時を堪能し、男性は明日への鋭気を養っていた。


「マスター、食後のアイスココアに生クリーム倍で。今日はかなりお疲れみたいです」


「あー、何時もの人ね。皆勤賞だし、サービスしちゃいましょうか」


 注文を受けてきた百香に頷き、細マッチョなマスターは、了解とばかりに敬礼をする。

 このマスターは百香と同じ養護施設の出身で、彼女が学校に通いつつも働きたいという話を聞き、生活費くらいなら稼がせてあげようと雇ってくれたのだ。

 一見、スポーツマンのように大きな体躯をしているが、中身は乙女の性同一性障害者である。

 だが、本人はそれを楽しんでおり悲壮感の欠片もない。

 優しい彼氏さんに会った事もある百香が、羨ましがるくらいに人生をエンジョイしていた。


「あの目立つ殿方と知り合いなの? 百香ちゃん」


「あ~、まあ。何というか」


 何とも表現の仕様がない。知り合いと言えば知り合いだが、一方的に知られているだけで、百香自身は噂程度にしか彼等を知らないのだ。


「ふぅん。ま、百香ちゃんはお堅いから心配はしていないけど。さ、コーヒーでもバラ蒔いてきてね♪」


 一度頼めば、おかわりは百円のコーヒー。可愛い女の子が回れば、間違いなく売れる。


 小銭稼ぎにも余念のない先輩に苦笑し、百香はゼロ円のスマイルを振り撒きながら、コーヒーポットを持って店の中を回っていった。


 そしてラストオーダーも終わり、閉店時間。

 名残惜しげに出ていく客らを見送り、ようよう店内が静かになる。

 スマホで撮影しようとしていた御客様らに、店内撮影禁止を仄めかして、それらも阻止してくれたスタッフ達が、チラチラと三人を気にしつつ閉店作業を進めていた。


「凄いわーっ、今日の売上、倍よ、倍っ! ありがとうね、貴方達♪」


 ケーキのサービスを受け、閉店後も居座る三人だが、マスターは御満悦である。


「百香ちゃんも座りなさいよ。ケーキ食べて? 御茶もだすわ」


「いや、まだ作業が残ってるし.....いぃぃっ?!」


 しぶる百香を押し出すスタッフ達。

 背中をグイグイと押され、困惑顔なまま百香は三人と同じテーブルに着いた。


 振り返った百香にサムズアップするスタッフ達。


 アレか..........


 にゅーんと背中を丸め、百香は上目遣いに三人を見上げた。


 その可愛らしい姿に、響のみならず、拓真や阿月も庇護欲をかきたてられる。


 なに? この可愛い生き物。ツンとした感じなのに、モジモジとする仕種が何とも言えない。


「あのね? 御願いあるの」


「.....御願い?」


「「何でもどうぞっ!」」


 即答な二人に、一瞬、響の眼がギラつく。が、すぐに鳴りを潜めた。


「そのね。スタッフに協力してもらう代わりにサイン頼まれたの。七枚。御願いします」


 おずおずと差し出される数冊の手帳やノートとサインペン。

 それを受け取り、三人は軽く破顔する。


「御安い御用だ。楽しい一時を、ありがとうね」


 キッチン裏から見守っていたスタッフらに、拓真は軽くキスを投げた。

 その色気炸裂な手つきや笑みに、悶絶するスタッフ達。


 そこまでなの?


 きゃーきゃー黄色い声をあげている仕事仲間を胡乱げに見つめる百香の前に、ケーキと紅茶が置かれる。


「一本で良いですか?」


 無意識に砂糖を摘まんだ阿月を制し、百香はソーサーを手にした。


「いや。ここは良い茶葉をつかってるの。ストレートで頂くわ」


 言われて三人は軽く眼を見張る。よくよく考えてみたら、彼女は生まれてから事件が起きるまで、良いお家の御令嬢だったのだ。

 生来の教養が残っているのだろう。綺麗な所作に神経の行き届いた仕種である。


「こんな楽しい一時は本当に久しぶりだった。何か御礼がしたいなぁ。欲しいモノとかない?」


 御機嫌な拓真の言葉に、百香はあからさまに嫌~な顔をした。


「特にない。モノは足りてるから」


 警戒されていると感じた三人は、それとなく百香の事を尋ねる。

 プライベートに関わらないよう慎重に。

 

 聞けば、部屋は風呂なし六畳一間。バイトと学園の往復だけな生活。


「御風呂がないって..... 入浴はどうしてるんですか?」


 真面目な顔で阿月が尋ねた。


「銭湯だよ。石鹸と洗面器があれば十分だしね」


 しれっと答える百香に、三人は眼を丸くする。


「いや、待った。石鹸だけ? シャンプーやリンスは?」


「そんな贅沢しないよ。シャンプーじゃ洗濯も出来ないじゃない」


「いやいやいや、おかしいよねっ? 何で、銭湯で洗濯?」


「下着とか、お湯の方が汚れが..........」


「すとーっぷっ!! お待ちなさい、百香ちゃんっ!! そこからは乙女の秘密よっ!!」


 キッチンから身を乗り出して叫ぶマスター。

 プロテインのCMにでも出てきそうな姿で乙女を語る謎生物。


 驚愕の事実を耳にし、何とかせねばと頭を抱える三人である。

 

 

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