第7章 - 3 顛末(8)

 3 顛末(8)




「優衣、大丈夫か?」

 一息吸っては声にして、

「優衣、起きてるか?」

 一息吐いては尋ね続けた。

 しかし彼女からの返事は最初の数回だけ。

 後は涼太の一方的なものとなる。

 そうしてギリギリ、二人は日没前に到着できた。

 涼太は遠くに見える景色を眺め、真っ先に真っ白に染まった富士山の方に目を向ける。

「優衣、見えるか? ほら、着いたぞ!」

 背中の優衣へ、彼は必死に訴えるのだ。

 しかし聞こえてくるのは吐息だけ。

 仕方なく涼太は坂の天辺、左端の壁際に優衣をゆっくり降ろしていった。

 彼女の身体を力一杯抱きしめて、彼は再び声にする。

「優衣、間に合ったぞ、ほら、富士山が……ちゃんと、見える」

 やはり優衣から反応はなく、それでも彼は続けて言うのだ。

 迫りくる嗚咽を堪え、必死に平静を装い優衣へと告げた。

「こんなところでも、けっこう綺麗に、見えるんだよな……」

 ――もちろん、高尾山からには、負けるけどさ……。

 続いて思ったそんな台詞は、残念ながら声にはできない。

 だからそんな言葉は飲み込んで、涼太は心で思うのだった。

 ――優衣、見えるか? 富士山が、しっかり見えるぞ……。

 するとその時、いよいよ陽が沈んでいこうという時だった。

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