第6章 - 3 沖縄

 3 沖縄



  

 後ひと月も過ぎれば、クリスマスという頃だ。

 優衣がいきなり、群馬に行きたいと言い出したのだ。

 群馬には美穂の両親の住む実家があって、病気になる前はしょっちゅう遊びに行っていたと言う。

 涼太は当然驚いたが、

「病院の中でジッとしているより、いい景色を見て、いい空気吸ってた方が絶対いいって思うでしょ?」

 なんて聞かされて、「そりゃそうだよな……」などと素直に思えた。

 それまで、医者の言いなりだった両親も、高尾山での一件以来、優衣の望みを聞き入れ奮闘するようになっている。

「本当はもう、そんな状態ではないのですが……」

 暗に反対する医師たちに、美穂でさえ必死になって食い下がった。

「じゃあ、何かしてくださいますか? 状態を良くするために、ちゃんと手を打ってくださいよ! 心臓の移植だっていつになるかわからない。朝から晩までここにいて、何もしないまま過ごしているんです! 先生たちは……たまにフラッと現れて、ほんの数分話すだけじゃないですか!? わたしは違います! 毎日毎日一緒にいるんですよ? あの子と一緒にずっといる、わたしたちの気持ちがわかりますか?」

 だからできるだけ、娘の思う望みを叶えてあげたい。

「……移植をしないと死んでしまう。そんなのが間に合うのかどうか……わかりません。でももし、間に合わなかったなら、あの子は死んでしまうんです……」

 そう言って頭を下げる秀幸に、反論を唱える医師はいなかった。

 そうして群馬へ移った優衣の元へ、涼太も週に一度は必ず通った。

 さらに退院した後しばらくは、続いていた発作さえ起こらなくなる。

 それでも月一の検査は絶対で、そのために本来の家に彼女は帰った。

 そんな日の、クリスマスイブのことだった。

 涼太は優衣を車椅子に乗せて、初めて自分の家へ連れていく。

 最初、車椅子姿の優衣を目にして、秀美はずいぶん驚いていた。

 それでもすぐに、ゆっくりではあったが自分の足でリビングまで歩き、嬉しそうに笑う優衣に明るい顔を見せるようになった。

 そして、その日の夜のことだ。

「まだやってるのか? 涼太のやつ」

 医師会の会合で酒を呑み、すでに午前一時を回っている。

 そんな時刻に、ふと見上げた我が家の二階に煌々と明かりが点いていた。

「あいつ毎朝、早く起きて走ってるんだろう? それでこんな時間までってのは、ちょっとやり過ぎじゃないかな……」

 不安そうに頷く真弓に、謙治は玄関の天井を見上げながらにそう呟いた。

 その頃もまだ、涼太は早朝トレーニングだけは継続し、さらに家では食事や風呂の時間を除いて、ほとんどを勉強のみに費やしている。

「そういえば今日、驚くことがあったのよ」

 そうしてリビングに入るなり、真弓がそう言って語り出した話に、謙治は風呂に入るのも忘れて聞き入った。

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