第5章 - 4 富士山(5)

 4 富士山(5)




 涼太は新宿駅に到着するまで、まさかこんな状態になるなんて露ほどにも思っていなかった。

 京王線の階段を上りかけ、自分に起きている現実を初めて知った。

 脚が、まるで動かない……。

 こんなことなら、車で一緒に帰ってくればよかったと、思ったところで遅過ぎた。

 彼は別れ際、無事下山できた喜びを、一人で味わいたいなどと思ってしまった。

 そしてさらには実のところ、これまでにない照れを優衣に対して感じていたのだ。

 だから速攻、電車で帰ると告げて、彼は優衣の車を見送っていた。

 ただなんにせよ、これまでの予行演習で、ここまでになったことなど一度もなかった。重さだけで言うなら、優衣が誰より格段に軽い。

 けれどきっと、そんなことだけではないのだろう。

 少なくとも今日一日、かなり緊張していたろうし、それ以外にも本番ならでは……のことがたくさんあった。

 とにかくまるで自分の脚じゃない。

 立っていてもいつなん時、膝がカクっといってしまいそうで怖かった。

 涼太は生まれて初めて座りたいと思って列に並び、そのお陰で始発から腰を下ろすことができる。

 そして電車が走り出し、ふと大きいあくびを一回だけしたと思った。

 すると次の瞬間、降りるべき駅名が聞こえた気がする。

 ――嘘、だろ?

 夢ウツツって状態のまま、必死になって聴覚だけを覚醒させた。

 ところが再び聞こえてきたのも、やっぱりさっきとおんなじ駅名……。

 ――俺、寝た? 

 なんの確信もないままに、彼は慌てて立ち上がる。

 そうして両脚が伸び切った瞬間、右脚の膝から上がいきなり力を失った。

「カクン!」なんて音が聞こえてきそうな唐突さで、膝が曲がって身体が一気に前のめりになる。

 すると次の瞬間だ。

 目の前に立っていた誰かが涼太を慌てて抱え込んだ。

「おい! どうしたんだ!?」

 声の主は彼を抱え、驚き一杯の顔を向けた。

 しかし涼太は下を向いたまま、「どうも」とだけ告げる。

 そしてよろよろと出口の方へ歩き出してしまうのだ。

 すると、またまた次の瞬間、

「涼太! おい! ちょっと待てって!」

 それはまさしく聞き覚えのある声だ。

 だから慌てて振り返る。

 するとそこに父、謙治が立っていて、そのまま押し出されるように電車から降りた。

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