第131話


集合住宅の中の生存者だった少女を助け出した俺は、再び透明化の魔法を使って姿を隠し、浮遊魔法で燃える建物の上空へと移動した。


それから、亜空間に収納してあった『ある物』を取り出した。


「この大きさで良さそうだな」


紫色に輝くそれは、魔石。


モンスターの核となる魔力を秘めた石で、これを触媒にして、俺は今から大魔法を使う。


「あまり体内の魔力を使いたくないしな…」


もちろん発動する魔法に必要な魔力は、俺の体内魔力から十分に賄えるのだが、しかし、体内の魔力を使うと、倦怠感が体を襲うのだ。


気だるくなるのが嫌で、俺は大魔法を行使するときはなるべく魔石を使うようにしていた。


「この魔法を使うのは、久しぶりだな…」


魔石から魔力を抽出し、術式を組みながら、俺は最後にこの魔法を使った時のことを思い出す。


あれは確か、魔王を倒す旅の途中、干ばつに苦しむ村を訪れた時のことだったか。


『おぉ…雨が…!半年ぶりの雨が…!』


『あなたは生き神さまなのですか…?』


魔法を発動した時の村人たちのセリフが頭の中に思い浮かぶ。


当時の俺は、まだ体内魔力量も少なく、その魔法を発動した直後に気絶して、二日以上寝込んだんだっけ。


「天候操作の古代魔法…これで、周囲一体に雨を降らせる」


そう。


俺が今から使おうとしているのは天候操作の魔法だった。


古代魔法の中でも特に魔力消費の激しいこの魔法を使って、俺はここら辺一体に雨を降らせる。


火は轟々と燃え、まだ消化活動が追いついていない。


このままだと他の建物にも火の手が映る可能性があり、それだけは避けなければならないだろう。


そのために、俺は雨を降らせ、火消しを行うつもりだった。


「よし…出来たな」


やがて術式が完成する。


俺は頭上に描いたサークルの形の術式に、魔石から抽出した魔力を注ぎ込んでいく。


しばらくして、魔法の効果が現れたのか、空に雲が集まり始めた。


ほどなくして、ポツポツと雨が降り始める。


「見ろ…!雨だ…!」


「このタイミングで…!?」


「快晴だった空に突然雲が…!?」


「予報では一日中晴れって言ってなかったか!?」


「何が起こっているんだ!?」


下では、集まった野次馬たちが突然降り出した雨に驚きの声を漏らしている。


俺は術式にさらなる魔力を注ぎ込み、雨の威力を強めた。


すると、最初ポツポツと降っていた雨は、次第に勢いを増し、ついにはザーザーと音を立てて土砂降りになった。


「うわっ!?本格的に降ってきたぞ!!」


「ちょ、どこか建物の中に…!」


「でもこれで火が収まるんじゃないか!?」


濡れるのを嫌った野次馬たちが、どこか雨宿りできる場所を探して方々に散っていく。


そんな中、雨は着実に炎の勢いを弱めていった。


「雨だ…!」


「すごい…!炎がどんどん弱まっていく

ぞ…!」


「きっと神様が助けてくれたんだ…!」


最後まで残った集合住宅の住人と思われる人たち、そして消化活動にあたっていた消防員たちが、消えていく炎に歓喜の声をあげる。


ほどなくして、炎は完全に消え去った。


「「「うおおおおおお!!!」」」


「よかった!本当によかった!」


「奇跡だ!!」


ずぶ濡れになりながら、人々は拍手し、これ以上火の手が広がらなかったことを喜び合う。


「ふぅ…」


火消しを終えた俺は安堵の息を吐いた。


それからそのまま透明化した状態で上空を飛んで、その場を離れる。


これは後日知ることになるのだが、俺が降らせた雨は、『人々を救った奇跡の雨』として翌日の新聞に載ることになるのだった。



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